第12話 sub /

○○○



「僕のパフィじゃないかぁ!」


 竜宮院が彼女の背に両手を回した。


「僕を出迎えてくれるだなんて……愛おしい過ぎるよぉ」


 竜宮院がうっとりとした表情を浮かべて、彼女の頭部に己の頬を何度も擦り付けた。


「僕の方こそ、君に会えぬ寂しさから、どれほど眠れぬ夜を過ごしたことか……」


 竜宮院が瞳に涙を浮かべ、美しく微笑んだ。


「ああ、なんて嬉しいお言葉を……勇者様ぁ」


 竜宮院の大仰な身振りと明らかな御為おためごかしに、パフィはさらに表情を蕩けさせ、彼をさらに強く抱きしめた。

 彼女の愛情表現に満足したのか、竜宮院が、感じ入った様に「うん、うん」と頷いた。


 誰かが俺の背を、赤子をあやすよう優しく叩いた。

 センセイであった。

 大丈夫……これまで俺は耐えてきた……それに俺が絶対に救うから───


「そう言えばだけどさ、パフィ」


 彼のイケボが響いた。しかし声のトーンが急に落ち、そのあまりの落差に、パフィはもちろん、部外者である俺達も、ある意味恐怖を覚えた。


「最近、送金してくれる金額が少ない上に、今月分を貰ってないんだけどどうなってるんだい? まあ、僕の才覚があるから、人類を救うための旅に掛かる出費は、何とかやりくり出来てるんだけど」


 竜宮院の言葉に険を感じた。


「そ、それは……」


 俺の感覚に間違いはなかったようで、彼はパフィに背を向け一歩二歩と歩き出した、かと思えば勢い良く振り返った。

 そのときの彼の表情は、数秒前には愛を語ったはずのパフィを蔑んでいた……まさに邪悪、その一言に尽きた。


「あーあ、パフィの愛情もこんなもんか」


「ご、ごめんなさい!」


「まぁ、それならそれで、別に構わないよ。僕は僕で生きるから、君は君で生きればいい。どこへなりとも好きに行けばいい」


「何とか工面しようとしたのですが───」


「あきれた」


 竜宮院が追いすがるように伸ばされたパフィの手を払った。


「今、僕は言葉を失い、唖然とした。

 僕が嫌いなものは言い訳だ。それなのによりにもよって僕に対して『しようとした』だって? 出来なければそれはしていないのと同じことだ。愛情や誠意を見せるには、言葉や態度ではなく物質的なものでみせなきゃなんない。今のこの場合ならばお金だ。それがわからないようじゃあ───」


 竜宮院が彼女に背を向けて扉の方へと歩を進めた。


「───君との関係を考え直さなければならないね」


 嘘だ。奴はそんなこと絶対に思ってない。

 恐らく自信があるのだ。自分何をしたって彼女が付き従ってくれるという自信が……。


「勇者様! 申し訳ありません! 捨てないでください! お金は近い内に絶対に何とかして用意しますから!」


 パフィのセリフを聞くと、竜宮院はまさに『計画通り』と汚らしく微笑んだ。

 センセイの反対側に座った彼女・・が、俺の手に白魚のような手を重ねた。


「ああ、ああ、どうすれば、どうすれば私の気持ちをわかってくださるのですか?!」


 パフィの言葉に、待っていたとばかりに竜宮院が粘性に富んだ笑みを浮かべた。


「なら、君とキスがしたいな。それもこの世の何よりも情熱的で、100年熟成させたブランデーの様に濃厚なキスを、ね」


 竜宮院の求めに、パフィが恥ずかしげな表情を浮かべた。人目を気にしてか、それともその立場ゆえか……しかしそれでも、意を決したように彼女が返事をした。


「わかりましたわ、勇者様」


 パフィが目を潤ませ頬を赤らめた。


予定・・より少し早いですが、私の唇でよろしいのなら……」


 パフィが目を閉じた、そのとき───

 扉がけたたましい音を上げ再度開いた。


「姫様! 王族で、しかも嫁入り前の淑女が何てはしたないことを!」


 教育係らしき老齢の女性が部屋へと飛び込んだ。彼女は息を切らせたまま、パフィに掴みかかった。


「姫様! 目を覚ましてくだされ!」


「離しなさい! 貴方はその王族たる私に指図するのですか!」


 あまりの展開に呆気にとられた。恐らく、この場にいる彼ら以外はみな言葉を失っていた。

 しかし、何事にも例外はある。

 ここには、アダマンタイト並みのメンタルを持った生粋の脳筋がいたのだ。


「ちょっとちょっと、落ち着いて、そんなに興奮して大丈夫なの?」


 何気ない様子でパフィに近付いたの俺の弟子であるオルフェリア・ヴェリテその人であった。





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