第11話 subtle / 覚る

○○○





 翌朝、少し睡眠不足気味であったが、体調はほぼ万全と言えた。

 王都に来るまでに、何度も打ち合わせを重ね、最終的な対策は既に終えていた。あとは身支度を整えて登城するだけだ。




 俺と宿を同じくしたのは、センセイ、アノン、アシュ、テゾーロ兄弟であった。エリスは実家へと戻り、オルフェはエリスの付き添いをミカは教会へと向かった。アンジェとプルさんは古くからの知人を頼った。


益荒男傭兵団ベルセルガ》代表者のサガ? ちょっと知らない子ですね。そう言えば、昨夜、必死に逃げようとする眼鏡のインテリイケメン(カミュ)を引っ張って、歓楽街に消えていったゴリラの噂を聞きましたね。まさか彼らでないことを祈るのみです。


 さて、宿で支度を終えみんなが俺の部屋に集まった。


「イチロー、これ」


 アノンが俺に手渡した。


「何これ?」


「顔を隠す必要があるからね」


 それは狐を模した面だった。

 装備を隠すための黒衣を羽織り、とある指輪・・・・・を二つ嵌めた。

 それから多少の羞恥はあれど何も言わずに面を装着してみせた。


「くくっ、似合っているじゃないか」


 俺の姿にアノンが笑みを浮かべた。

 笑うなし! カッコイイだろ!


「イチロー、大丈夫!」


 一瞬、眉を潜めたアシュが親指を立てた。

 ねぇ、それ何のポーズなの?


「僕は、かっこいいと思うんだけどなぁ」


「だな、クールでミステリアスでイチローくんにピッタリだ」


 テゾーロ兄弟が、手放しに俺を褒めてくれた。ただ、本心からこれをカッコいいというのならそれはそれで、厨二病の恐れがある。

 あ、俺と同じだわ。 


「そうじゃそうじゃクロエ達の言う通りじゃ! ムコ殿、素晴らしく似合っておルゥーーぷふぁぁぁ!!」


 ネット世界であれば「大草原不可避」とでも言わんばかりの盛大な笑い方であった。俺は悲しい悲しいなのだった。


 だがしかし、それもこれも、俺の緊張をほぐすためのセンセイ達の思いやりに違いな「ファーーー!! ぶるすこふぁーーー!!」


 アカン! 多分違うわこれ!!

 これぜってーそんな高尚な思いやりじゃねぇーわ!

 俺は心を無にすると、彼らにすんと背を向けたのだった。


「わー、ムコ殿が怒ったー!」


「イチロー、ごめんー!」


 ふん、俺は怒ってるんだ。




○○○





 時間というのは無慈悲なもので、それを望もうが望むまいが、誰にでも平等に降り積もる。

 バカなやりともそこそこに、あっという間にその時は訪れた。

 名残惜しいが、全てが終わってからまたやればいい。



 用意された馬車はさすがに豪華であった。

 目的地に向かう際に、多少の混雑はあったが、これといった大きな問題も起きず、瞬く間にアルカナ王城へと着いた。

 不思議なことに、武器のチェックなどはされず、すんなりと門を通ることが出来た。

 マジックバッグのある世界だから、キリがないのかもしれない……とアノンに言うと、今回は特例だそうで、王宮側も相応の対処をしているとのことであった。





◇◇◇





☆《多重清浄結界》☆

 悪しき心を持つ者の魔力や膂力といったあらゆる能力を減少させる清浄結界を、六重に重ね掛けしたもの。

 発動には、優れた光魔法の遣い手が必要であり、六重ともなると、大司教クラス以上の術者が少なくとも六人はいると考えられる。





○○○




 今回の招集は《封印領域》討伐の功を労うための催しであり、主に活躍したクランやパーティや探索者が呼ばれることとなった。

 クランやパーティであれば、その組織のリーダーが代表者として登城するのだが、如何いかんせん人数が多い。


 ボルダフにいた俺達ですら、十三人もいる。単純に三倍するとほぼ四十人だ。人数が多くなるのも当然のことであった。


 そういったわけで、俺達はそれぞれの戦線で背中を預けあったメンバーごとに、異なるゲストルームに分けられ通された。



 とてつもなく広いゲストルームには恐らく高価な調度品がいくつも飾られていた。心を落ち着かせるためにソファに腰を下ろすと、ずぶずぶと腰が沈んだ。あ、これ間違いなく高いソファーだわ。

 俺の隣にセンセイが座り、その逆隣には───


 向かい合った前方のソファにはサガとカミュが腰を下ろした。

 サガの重みでソファが軋んでいた。サガがどっかりと足を広げ両手を伸ばしてスペースを取って座ったせいで、隣のインテリ眼鏡カミュは可哀想なことに、ぎゅっと縮こまって座っていた。いや、そんな格好で眼鏡くいって持ち上げてもカッコ悪いからな。


「ロウよ、いや、もうイチローっつーべきかァ。オレァ、門外漢だからよ、アイツらみたいには、力になれねェー。けどよォ、暴力が必要なときはいつでも言ってくれ、力になるぜェー」


 暴力というやけに物騒な単語に目をつぶれば、優しくてカッコ良くてメチャクチャいいセリフなんだけど、このゴリラ昨日高級娼館を朝までハシゴし続けたんだよなぁ。全部台無しである。


 そのとき、ガハハと大口開けて笑っていたはずのサガの空気が変わった。彼の視線の先───俺は、後方の扉に顔を向けた。


 そこにいたのは、竜宮院王子だった。

 悪趣味なほどにきらびやかな衣装に身を包んだ彼は、得意気に、見定めるように、あるいは見下すように俺達を睥睨した。


 彼の右にはミカ、左にはアンジェリカ、その背後にはエリスが付き従っていた。

 さらに驚いたことに、竜宮院の背後、エリスの後ろには着飾った七人の美しい女性がおり、彼女達がぞろぞろと列をなして部屋へと入った。


 大丈夫。落ち着け。勝負はまだ始まっていない。俺は、必死に己を抑えた。

 竜宮院がこちらに視線を向けると、極限まで目を細めニンマリとまなじりを下げた。彼の粘っこい視線がアシュやオルフェやテゾーロ兄弟やセンセイ達へと向けられた。



「うわー、やばいよこれ! 綺麗所が揃ってるねー!! 君達ほどの美人なら、いつだって大歓迎さ。ピンク髪の君ィ、生真面目そうな表情に反して良いカラダしてるねぇ。君はどんな声で啼くのかな? それからクールな君は……ん? 君、どっかで会ったこと……まあいい、君の強気な表情そそるよ、ああそそるそそるそそるぅ……是非とも崩してみたいねぇ?」



 アシュが顔を赤くし、オルフェの顔が能面のようになった。



「そこのボーイッシュな二人もいいねぇ。こっちに来てからは、君達のようなタイプには手を付けてないから、気付きを得たよ。しかも二人だ。ってことはよく似てるし姉妹かな? そう言えば、姉妹を一気にというのはやったことなかったな……」



 クロエがクロアの両耳を手で防いだ。



「その紫の着物の女……って着物かぁ。和服美人……これもこっちでは初めてだ。君は豊満さんだねぇ。母性も強そうだしぜひとも僕の母役をしてもらおうかな? ぴったりだと思うんだ」



 竜宮院が口の端を三日月の様に釣り上げて嗤った。



「みんなさ、これが終わってから僕のところにおいでよ。天国に連れてってあげるから」



 しらーっとなった空気に気付かず彼は続けた。



「えっ? 僕の名前? そんなに知りたいのかい? 仕方ないなぁ、名前を出したあとで惚れられるより、名前を出す前に惚れられたかったんだけど……けど、いいよ、教えてあげる!

 僕の名は、稀代の英雄勇者竜宮院王子! この世界を救いし者さ!!」



 明るく、はっきりと、そして相変わらずのイケボで、竜宮院は息をするかのように嘘をいた。

 彼は俺達の視線に込められた感情を微塵も解することなく、髪をかき上げ決めポーズをとった。

 そうだった、こいつはこういう奴だ。

 再び怒りに身体が震えた。これは再燃ではない。ここに来る前から、俺の心の中には既に怒りの炎が燃え盛っている。

 そこでガチャリ───再び、扉の開く音が聞こえた。

 

「───」


 視線を向けた。

 思わず出そうになった声を必死に抑えた。



「ああっ! 勇者様ぁっっ!! この日をっ! 一日千秋の思いでお待ちしておりましたぁっっ!!」



 甘ったるい声だった。

 部屋に来たのはパフィであった。

 彼女は、急いで扉を開けた勢いのまま、竜宮院の胸に飛び込んだ。








──────

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