第10話 決戦前夜

○○○



 アノンやクロエの有能さには驚かされることばかりである。

 ボルダフから王都へ行くには、翼竜を乗り継いでも、十日近くは掛かるだろうとされていた。けれどどうもそうする必要はないようであった。


 彼らによって前もって王都に送り込まれた人員が、先に向こうに《鶴翼の導きクレイン》を設置し、ボルダフから王都までひとっ飛び出来るか試運転までも済ませていたのだ。


 今回の大人数の移動に伴う、《鶴翼の導きクレイン》使用に必要な魔力や、魔石などの消耗品がネックと言えばネックであったが、魔力にしても俺が供給すればいいし、魔石だって腐る程あるのだから、いくらでも出してやればいい。


 そういったわけで、俺達は少し余裕をもって、招集の前日の昼頃に王都へと到着(?)したのだった。




○○○




 王都に着くと、既に準備していた宿に荷物を置き、ベッドに寝転がった。

 あの日───パーティを抜けた日のことが自然と思い返された。

 俺は彼らと共にいることに疲れ切っていた。そんな中エリスまでもが竜宮院の元へと行ってしまい絶望した。生きるためには、パーティから逃げ出すしかなかった。


 もちろん逃げることで多くのものを得たことも事実だ。

 隠れ山やボルダフでは数々の出会いによって、かけがえのない最愛と、多くの知己を得ることが出来た。

 しかし、逃げたことで失ったものも大きかった。

 俺は……俺は───




 目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。

 空腹に気付き、宿から外に出ると、街灯の多さに舌を巻いた。

 夜にも関わらず、街が明るく、人々の喧騒が響いている。

 そこに子供達の姿は全くと言っていいほど見えず、わいわいがやがやと騒ぐ酔客の姿が目立った。多くの者が明日の活力のために鬱憤を晴らしているに違いなかった。悪くない光景だった。


 ボルダフは、数多く見てきた街の中でも突き抜けて発展した街であったが、王都はそれ以上であった。


 そう言えば、と思った。俺が、王都へと足を踏み入れたのは、およそ二年ぶりにくらいになるだろうか。けれど懐かしさは全く感じない。俺が王都で過ごした期間は、それほど長くなく一月ひとつきほどであったが、そもそも、その期間ずっと王宮で寝泊まりし、修行に明け暮れていたのだ。街を出歩いたことなど数えるくらいしかなかった。


 飯処を探すというお題目の元、新鮮な気持ちで王都の探索を続けた。俺は半刻ほどそうしていたか、「そろそろどの店に入るか決めねーとなー」と独り言ちた瞬間であった。



 彼の背中が見えた。

 何度となく見た背中だ。

 見間違いようがなかった。 

 悪趣味な衣類装飾に身を固め、周りには、複数の美しい女性を侍らせ、手を叩いて笑う姿は、何も変わらない、あの頃のままであった。

 俺達・・が過去を思い苦しんでも、彼には何も関係ありゃしない。



 ───師匠、私は貴方の隣にいたかった



 彼は、腰に手を回した女性の頬に何度もキスの雨を降らせた。

 横顔が見えた。したり顔であった。

 繰り返したキスの最後の一撃は特に濃厚で、女性の頬に跡が残った。彼はそれを見て満足し、得意気に語ってみせた。


「このキスマークは稀代の英雄勇者たる僕からのプレゼントだ。

 明日のこの時間には既に、僕は公爵となっているだろうね。

 これで『暴力』、『権力』、『金』、『名誉』、『女』、この世界における全てのステータスがカンストしたと言えるんじゃないかな?」



 ───私は、貴方のことが、



 彼女達が過去を後悔し、涙を流したそのとき、彼がやっていたことがこれ・・なのだろう。



 ───全部、全部、全部、私が悪かった



 彼は、相変わらず彼のままであった。

 俺はその事実に、どこかホッとしていた。

 変わっていてくれてなくて、ありがとうよ竜宮院。


「けど、まあ、これまで僕は無知蒙昧の民を導いてきたのだから、これくらいの栄誉をもらっても当然と言えば当然なんだけどね……」


 俺は自身の身体の震えに気付いた。それは恐怖や緊張からくるものではなかった。怒りからくるものだった。怒りは収まることなく、俺の心の内で際限なく燃え上がっている。


 お前がもし、少しでも殊勝に振る舞っていたなら、俺は明日の招集で、徹底的に完膚なきまでにお前を潰そうだなんて思わなかったかもしれない。


 けれどよ、だからこそ、お前がそのままのお前でいてくれたことに、感謝してるんだ。

 明日のこの時間にはもう、お前はそんなニヤケ面を浮かべるなんてできないだろうよ。


 竜宮院は盛大に多くの者を引き連れ、酒場が集まった通りへと姿を消した。

 俺はそれを見届けると、背を向けてその場を去った。






──────

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竜宮院さんの連れ歩いてる女性の中にはもちろんキキ達もいます。可哀想……。





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