第9話 稀代の英雄勇者 誕生前夜②

◇◇◇




 ヒルベルトは勇者から大人数で乗れてなおかつ、自由に動けるくらい巨大な馬車を用意しろと無理難題を出された。

 彼は、ひいこら言いながら何とか彼の言う通りの馬車を用意してみせた。必然的に半端ないほどの高額な魔導馬車になったことに彼は臍を噛んだ。このお金は勇者を扱う予算内ではある。けれど、困窮している人達に使えるのならばどれだけの人を助けられるか……。



 ヒルベルトは己のすべき職務を考え首を振った。彼の仕事はそれだけではなかった。

 勇者の指名した女性達にも声を掛け、アポを取り付けねばならなかった。中でもキキとサナリーは、勇者の名を出すと、隠すことなく苦虫を百匹噛み潰したような、とても男性には見せられないような表情を浮かべた。


「けーっ! ぺっ!」「あいつ馬車に轢かれんかな?」「馬車がかわいそうよ」「なら魔力穴に落ちて消滅して欲しい」「魔力穴ね。落ちたらバラバラになるっていう」「バラバラになってくれ! 頼む!」「あたしは粉微塵になって欲しいかなって」


 ヒルベルトは耐えられずに耳を塞いだ。

 今回は密室にて、数日間ずっと彼と共に過ごしてもらうことになる。彼女達には気の毒だと思ったが、何とか最後まで気張ってもらわないといけない。実際に彼女達をあてがってから、勇者による被害が大幅に減ったのだから……。

 キキ達女性陣には頑張ってもらい、勇者には最後の最後まで、ドロドロのデロデロの状態でいてもらう必要がある。




◇◇◇





 王都へ向かう初日の話だ。

 招集の手順などについての話になった。これは竜宮院にとって必要最低限の常識に関する話であった。

 しかし長きに渡って甘やかされてデロデロに蕩けた竜宮院の脳には重かったのか、彼はすぐに飽きてしまった。その代わりに、バカバカしいと言わんばかりに「はんっ」と吐き捨てた。


「そもそも、さ」


 ヒルベルトは嫌な予感に背中に汗が伝った。


「今回のイベントは僕の功績を褒め称えるためだろう?」


「その通りでございます」


「だろ? ならば少し考えたら分かることだけどさ、僕が《封印迷宮》を滅ぼさなかったら、近い未来にこの国、いやこの世界は滅んでたわけだ。つまり僕はそれだけの偉業を成し遂げて多くの命を救ったということになる」


「……そう、ですね」


「にも関わらず、礼儀を求められるだなんて、こんな滑稽なことってあるのかな?

 そもそも俺の功績を称えるなんてのたまっている奴自体が、俺より下の者アルカナ国王だ。お前達には感謝されこそすれ、功績を労われるなんて、おかしな話じゃあないか。だけど、まあいいよ、そこは器の大きな俺が、百歩譲って目を瞑るとしよう」


 詭弁だ。いや、詭弁ですらない。だって彼はずっとレモネにいたではないか。そうだ、彼は狂っているのだ。今だってそうだ。自分がマナーを知らないことを誤魔化すために、頭のおかしい論理を振りかざしているではないか。


「ただ、はっきりとわかることは、救われた側の者達にこそ、礼儀が求められてしかるべきじゃあないかってことだ。膝をついてこうべを垂れろ……とまでは言わないよ。彼にも地位があるかからね。僕も大人だからわかるよ。それでも世界を救った僕に、直角90度でピシッとお辞儀をして見せるくらいの誠意を見せて欲しいよ」


 計画を遂行するために、ここで勇者をゴネさせてはならない。ヒルベルトは必死に頭を回転させた。


「今回はアルカナ王のみならず、クラーテル教の頂点にあらせられる教皇様も、リューグーイン様の栄誉を讃えられるそうです。

 実質この国を司る二人から、同時に栄誉を承るなどというのはこの国始まって以来史上初のこととなります……。生きている間にこの様な機会をお目に出来るなど夢にも思いませんでした。まさに勇者様に感謝しております」


「そ、そうかい?」


 もう一押し。


「それにもう一つ、勇者様……これからするお話……御内密にできますでしょうか?」


「なんだい? 約束はできかねるが善処しよう。話せ」


「わかりました……。他ならぬ貴方様だからこそ、お話させていただきます。今回の招集にて、勇者様は叙爵されるというのが、貴族の中でも特にやんごとなき御方達の中で噂となっております。しかも前代未聞の"公爵位"を与えられるのではないかと……」


「公爵位……だと?」


「将来勇者様を王とするため、つまりパフィ姫様との婚姻を見据えて、最高位を与えられるのではないかというのが、専門家達の見方です」


「そうなのか……それくらい当たり前だよなぁ」


 竜宮院はだらしない笑みを浮かべた。


「今回の件で貢献した様々な猛者が呼ばれているそうですが、やはり勇者様が、最も素晴らしい功績を残された英雄であり、そもそも他とは"格"が違います。恐らく最後に名前を呼ばれ、盛大に祝われるのは、リューグーイン様に違いありません」


「何? それは最も功績を上げた者が最後に讃えられるってことかい?」


「はい、まさしくその通りであります。それまでに讃えられた者達を含めた、その場の者全てが、最も貢献した者を讃えることとなっております」


 そんなわけないだろと思ったが、もはやヒルベルトは表には出さない。竜宮院は国の重鎮のみならず、名だたるS級探索者達に讃えられる想像したのか気を良くした。


「であるならば、その役目は、僕のものになるだろうねぇ」


 ただひたすらに怠惰で脳天気な勇者であったが、彼にも一つだけ懸念があったようで、


「ふむ、ミカ達は、もう王都へと着いた頃かな? 一度レモネへと足を運べと命じたんだけど、エリスは怪我の後遺症で動けず、ミカとアンジェリカは、《封印迷宮》討伐の後始末で街を離れることが出来ないと言う。そもそも彼女達の頑張りが僕のためのものであるから、あまり強く命令はしなかったんだけど。そう考えると、物分りが良過ぎることが、僕の唯一の欠点かもね。ふふ。これも勇者のつらいところさ」


 などと、何やら言っていたが、ヒルベルトは内心で一笑に付した。


 何が『物分りが良すぎることが欠点』だ。

 何が『勇者のつらいところさ』だ。


 人から意見されることを嫌がり、すぐに癇癪を起こすくせに。

 ヒルベルトは額の傷跡を指でなぞった。

 それに、旅の食事だって、不自由することなく、旅の最中ですら揺れない馬車の中に幾人もの女性を連れ込み、好き放題にやってるじゃないか。彼は叫べるものなら叫び出したかった。


 彼が、心にフラストレーションを溜めに溜めながらも、勇者の手綱を握り、ようやくの思いで王都に着いたのは、国からの招集前日の夜頃のことであった。


 何とかここまで上手くコントロール出来たことにほっとしつつも、ヒルベルトはこの一週間で8キロ近く体重が落ちていたのだった。





──────

王都に到着しました。

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