第8話 稀代の英雄勇者 誕生前夜①

◇◇◇



 キキという女性がいた。

 現在の職業はとある国の思惑により用意された高級娼婦であったが、この件が終わり次第たんまりといただいたお金で、特に仲良くなった同僚のサナリー達四人で何かのお店でもしようかと相談をしていた。

 それがいつになるか分からなかったが、彼女達が過酷な仕事をこなすしていくために必要な夢と希望の話であったのだ。



 これはそんな矢先の話である。

 ベッドで事が終わると、勇者リューグーインが汗まみれの顔で、ドヤ顔をしてみせた。この見慣れた顔に『また、始まるわー』とウンザリだった。


「僕はこれから、《封印領域》を滅した功績を讃えられるために、王都へと向かう。馬車に乗っていくとここから一週間はかかるそうだ」


「そうなんですかー! すごいですわー! さすがですわー!」


 予想通り、いつもの彼の自慢が始まった。内心ウンザリだったキキは、これまたいつもの通り、彼を褒めそやした。


「はっは! これ封印迷宮踏破くらい当然のことなんだけどね! だからそこまで褒められると恥ずかしいよ!! あまり褒めないでくれたまえ!」


 言葉とは裏腹にもっと褒めろという彼の表情に、『お望み通りにしてあげるわこのバカタレ!』と彼女は内心で反吐を吐いた。


「憧れますわー!」「すごいですわー!」「勇者様以外誰もできませんわー!」「かっこいいですわー!」「みんな惚れてしまいますわー!」「ハンサムですわー!」「最強ですわー!」「頭いいですわー!」「天才ですわー!」「図抜けてますわー!」


 それからキキも、多少やけになって、彼と再び行われた行為中に、ややもすると『バカにしてるよね?』となりかねないほどの大量の称賛の言葉を彼へと投げつけたのだった。


「ああ、ああ、やめたまえ!……そんなに褒めるのはやめたまえよぉっ…!!」


 けれど、竜宮院は彼女からの称賛を額面通り受け取り、ドヤ顔と蕩け顔をハイブリッドさせた情けなくもおぞましい表情を浮かべた。

 いったい何なのこの男は……。


 しかしどうだろう、よくよく考えると、彼がこの街から離れたら、今の生活とはおさらばだ。貯金は十分過ぎるほどにある。私達以外のグループも同様にお金が貯まったからか、最近では、郷土料理屋をやりたいだとか、思い切って高級飲み屋をやろうだとか、話しているのを耳にしていた。

 勇者の相手をするのは大変だったけど、人生もやり直せたし、ヒルベルトという頼もしい商人との縁も繋げたし、仲間もできた。

 思い返せば悪いことばかりじゃなかったなぁ。

 彼女は過去を振り返りしみじみしつつも、一つの終わりが訪れたことに内心小躍りしていた。


 しかし人生はそう甘くはなかった。


「一週間かかる、ということはどういうことかわかるかい?」


 キキの胸中に急激に嫌な予感がよぎった。

 どこかの聖騎士であれば、『やべーよ! やべーよ!』と連呼しただろう。


「いえ、勇者様、わかりませんわー。よろしければこの浅学な私に、知恵を、答えを授けてくださいませんかー?」


「王都まで一週間以上かかるそうだ。つまりは七日以上かかる、ということはだな……僕と共に王都へと向かう女性も七人以上必要ということだ」


 彼の言葉に、キキは、何だか口の中に苦い汁の味が広がる錯覚を覚えた。


「だからね、喜びたまえ! その中の一人は君に決まったよ! キキーよ、もうヒルベルトにも君の名は伝えてある!」


 キキーじゃねぇよ。キキだよダボハゼ。

 っていうか、王都へと向かう馬車の中でおっぱじめるつもりなの? このバカタレ、クスリでもやってんのか?

 ああ、ああ、どうして、こんなことに……。


「君は、僕の二つ名である、【稀代の英雄勇者】の原型を考えてくれた功績があるからね。部下の成果を認めるのも、上司の役目さ。優秀な上司ほど、その辺を疎かにはしないのさ」


 勇者がキメ顔でキキへと流し目を送った。

 キキはそれどころではなかった。どうして【稀代の英雄】なんて単語を口にしてしまったのか……だってこんなことになるだなんて、わかるわけないじゃない。過去に戻れるのなら、私、絶対軽はずみに変な単語は口にしないわ……。


「ア、ア、アリガトウ、ゴザイマス」


 彼女はやっとのことで、まるで壊れたロボットのようにその言葉を発したのだった。


「ふふ、こんなに喜ばれるだなんて、勇者はつらいよ」


 勇者竜宮院は彼女の内心をほんの少しも知ることなく、美しく微笑んだのだった。








──────

イチローが向こうで走り回ってる一方で

竜宮院さんは……


このエピは②で終わり、

次は王都で集まる感じです

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