第6話 Days Before The Catastrophe⑥

◇◇◇





 アシュリー・ノーブル。

 聖騎士である彼女には封印を護るという使命があり、彼女の生命の全ては"文字通り"封印を護ることにのみ消費される運命にあった。


 本来であれば彼女の人生の少し先、そこには"確実な死"が待ち受けていた、はずであった。

 いわば逃れ得ぬ呪縛に囚われた彼女であったが、その鎖を完膚なきまでに破壊してくれたのはイチローという青年であった。


 己が死に瀕する危機に陥っても、見返りも求めない彼の高潔な姿は、こうありたいという彼女の理想の姿そのものであった。


 今現在、彼女も屋敷の維持をユストゥス達に任せに、ボルダフ領主から用意された高級宿に逗留していた。

 生来の面倒見の良さからか《封印領域》関連の後始末をアノンや領主に頼まれてしまいどうしても断ることができず、日夜仕事に追われていた。


 そうこうしてようやく、平穏を取り戻しつつあったある日のことである。


「久し振り」


 イチローが彼女の元に訪れた。



◇◇◇




 アシュリーは迷うことなく、彼を部屋へと招き入れた。


「俺の話を聞いて欲しいんだ」


 彼が会いに来たのはあのときの約束を果たすためだった。

《封印迷宮》内部にて、『ロウ』という名前が偽名であること、彼の本当の名がアルカナ王国第四の聖騎士である『ヤマダイチロー』だと判明したとき、彼はアシュリーに後日説明すると約束していた。

 彼のどこか覚悟を決めたような表情が、いつもより大人びて見えた。


「私も君の話が聞きたいと思っていたんだ」


「助かる。気になることがあったら何でも聞いてくれ」



◇◇◇




 彼は一人でずっと戦っていたのか。


 アシュリーは彼の話を聞くと、彼の孤独の日々に想いを巡らせ、瞳を濡らした。

 イチローはアシュリーの涙に驚き、慌てた。


「泣き止んでくれよ」


 彼が眉を下げた。


「別に俺は自分が可哀想だなんて思っちゃいないんだ。けど、そうじゃなくて、あー、上手く言葉が見つからねー……なんつーかよ……ありがとな」


 彼女はこくりと頷いた。




 アシュリーは彼の話を反芻していた。

 それはあまりにも突拍子も無くて、あまりにも不可思議な話であった。

 けれど……アシュリーはあの日々を思い出した。

 私達聖騎士は職務を全うし、命を懸けて国を護っていた。しかし何の力が働いたのか、聖騎士職の評判が徐々に、しかし確実に落ちていった。

 あれだけ賑わっていた屋敷には、訪れる者はいなくなり、自分と、ユストゥス達長年仕えてくれていた使用人だけとなった。

 広く、閑散とした屋敷を思い出した。

 寂しくも悲しい、渇いた記憶だった。




 なるほど、イチローの話で多くのことに説明がついた。

 ただ、聖騎士の事情がどうだとか、彼がどこの誰かだとか、そういったこと以上に大事なことがある。

 短い間ではあるが、私は彼を見ている。


『調子はどうだ?』『駄目だったら言えよ? センセイに診てもらうから』とアシュリーの体調を慮り何度も尋ねる彼も、縁もゆかりも無い世界のために怪物に立ち向かう彼も、己を裏切った仲間のために涙を流した彼も、私は見ている。


「信じてくれるか?」


 イチローが問い掛けた。


「話してくれてありがとう。君のことを知れて良かった。ただ一つだけ、勘違いしないで欲しいことがある」


「……」


「私はもう信じてるよ」


「アシュ……」


「信じないわけがないだろう?」


 実を言うとね、とアシュリーが続けた。


「数日前にアノンが私の所にやってきた。挨拶もそこそこに開口一番『近い内にイチローが来るだろうから話を聞いて力になってやってくれ』って言うんだ」


「アノンがそんなことを……」


「ああ、けどそれこそ野暮な話だ。いや、野暮と言うより余計なお世話かな」


「余計なお世話?」


「そう。アノンから頼まれずとも、私は私の意思で君の話を聞いただろうし、君を信じただろう。それに君から助力を請われたら喜んで力になっていたはずだ」


 彼女の瞳に確たる意志が見えた。


「というわけで、先にアノンから伝えられたことは癪に触るけど、イチロー……困ってるんだろ?」


「ああ……けど、いいのか?」 


 そんな顔をしないで───

 勢いか、本能か、無意識か───アシュリーは彼の手を己の両手でぎゅっと包み込んだ。


「私が君の助けを無下にするわけないだろ?」


 そうだ。


「だからね、君が何と戦うのか、私は何に対して力を貸せば良いのか教えてくれ。その上で、私は全力で君をサポートしよう」


 アシュリーは彼に頼られて嬉しいのだ。

 



◇◇◇



 彼が帰り、部屋に一人になったアシュリーは己を恥じた。

 その日、彼の話を聞くまで、アシュリーは一つ勘違いしていた。

 彼女はイチローのことを"何でも出来る理想の聖騎士"だと思い込んでいた。

 彼女の中にあったイチロー像は、圧倒的な強さと、他者を慮る優しさを持った、現代社会で例えるならアメコミのヒーローのようなものであった。

 しかし彼女は、イチローの話を聞く内に己の間違いに気付いた。

 彼は強く優しい……けれどそれと同じくらい繊細で、人の悪意に傷つくこともあるし、涙することもある───ただの普通の青年であった。

 そんな当たり前のことにすら、思い至らなかったなんて……。

 

 けど、今日は彼のことを知れて良かった。

 また一つ彼が好きになった。



 彼女は一息くと、自らの屋敷に戻ることを決意した。

 共にこれまでの苦役を堪え忍んできた仲間達・・・に、助力を願うつもりであった。彼らもまた、気高く、高潔な精神の持ち主であった。ある程度の事情を話せば間違いなく力を貸してくれるはずであった。

 ただ、アシュリーが、イチローに助けを求められたならどうするか───それもアノンに予測されてるに違いなかった。真っ先に助力を請うべき彼ら・・に未だに声を掛けていないのがその証拠だ。


 ったく、人は駒じゃないんだぞ。

 今度会ったら問い詰めてやるんだ。


 けれどアノンの思惑がどうであれ、私は私の判断で君の力になってみせる。

 アシュリーは心から強く願った。






──────

どうしてどいつもこいつも泣くんだ

準備みたいなのは多分次で終わりです。

シテ…ユルシテ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る