第5話 Days Before The Catastrophe⑤

◇◇◇





 辺境周辺で活躍する《旧都ビエネッタ》と言えば、アルカナ王国の探索者であれば知らぬ者はおらぬほどの、有名なS級クランであった。

 その中でもクランの中心的存在であるクロエとクロアのテゾーロ兄弟は、一際強い存在感を放っていた。


 その彼らはクランを脱退する覚悟を決め、運営を信頼できる者への引き継ぎの大部分を済ませ、ボルダフにて穏やかな生活を送っていた。


 しかしそんな矢先、二人は王国から招集を受けた。彼らが大災害 《封印領域》にまつわる問題の解決に尽力したためであった。

 もちろん《旧都ビエネッタ》という組織としての功績が認められたため、彼ら二人だけではなく幹部連中も招かれていた。

 当初二人は、国から名前の挙がった幹部に全てを任せて、自分達は辞退しようと考えていた。




◇◇◇




 そんなある日、二人はイチローと約束していたディナーを共にすることになった。

 場所は、高ランク探索者が利用するような、高価で有名ではあるがオシャレには程遠い食事処であった。


 二人が店に入り名前を告げると店員に先導された。行き先は個室。そこに先にいた彼が手を挙げた。彼はどこか緊張した様子だった。それに部屋は、高ランクパーティが利用するだけあって防音処理がなされている。


 食事が始まっても、イチローは思い詰めた表情のまま。二人は彼が胸の内を晒してくれるのを待った。やがて彼が、どうか力を貸して欲しいと頭を下げた。


「頭を上げてよロウさん。ね、兄さん?」


「だな。当然だろ、ロウ」


 二人に断るという選択肢はなかった。

 彼らの言葉を皮切りに、食事をしながらではあるが、イチローが事情を話し始めた。


 勇者と己との因縁───今度の国から招集された際に勇者と対峙すること。


 悩ましげな彼の表情に苦悩が見えた。

 彼の憂いを晴らしてやりたい。しかしどうすればいいのか……?

 勇者の持つ謎の能力……まるで雲を掴むような話だ。


「そうだなぁ……」


 腕を組み難しい顔をしたクロエ。

 隣にいるクロアがクロエの袖をちょいちょいと引っ張った。


「大丈夫だよ、兄さん。今回は僕がロウさんの力になれそうだよ」


 己の身内たるクロアには、力を貸せる何らかの方向性が見えたようだった。

 クロアの言葉にイチローだけでなく、クロエの表情もパッと綻んだ。


 それから三人は楽しい時間を過ごした。

 気の抜けたクロエは朗らかによく笑った。会話の中でイチローが料理好きと知ると、天然なのか「今度一緒に料理しようよ!」と誘った。


 背伸びしたい年頃のクロアはクロエのワインを口にし、思わず『(> <)』な表情になり「うへぇー」と小さく舌を出した。


 

 時間もそれなりに経過し、そろそろ店を出るかというところで、クロアが思い出したようにマジックバッグから、何かを取り出し、テーブルに置いた。


「ロウさん、これなんだけど」


 それは幾何学模様が至るところに彫り込まれたフリスビーを二周り大きくしたような円盤状の何かであった。


「これは?」


「これは、小型化と持ち運びの両方を目指した、《改良型鶴翼の導きクレイン》のプロトタイプです」


 イチローは唖然とした。

 彼の知っている《鶴翼の導きクレイン》のサイズとあまりにも違っていたからだ。


「希少鉱石や魔石なんかのレアな素材が大量に必要な点や、消費魔力量が異常に多いこと、その他にもリファインしなくちゃならない点は数え切れないくらいあって、これから先改良を続けたとしても、どうも量産はできそうにないんですが……まあ、それでも何とか『プロトタイプ』と銘打てるくらいの出来にはなったかなと」


 クロアは専門的な話になるとことさらに饒舌になる。


「おいおい、おいおい」


 イチローは掛ける言葉が見つからず、『おいおい』を二度繰り返した。


「今日───ロウさんに会える日に、間に合わせるために、少し頑張ってみたんだよ!」


 と言っても、ボルダフに来るまでにおおよその試行が終わっていたことを、横で聞いていたクロエは知ってても言わなかった。


「すげえな……いや本当に」


 イチローの賛辞にクロアが「えへん」と胸を張った。

 彼もクロアが有能な開発者であることは、以前の《鶴翼の導きクレイン》のエピソードから知ってはいた。けれど、たったこれだけの短期間でこうも改良出来る物なのか。彼はそういった技術には疎かったが、それでもわかる。普通なら、間違いなく否だろうと。

 しかし現実としてクロアはそれを成し遂げた。

 影に日向にSランククランを裏方で支え続けてきたクロアは、本物の天才に違いなかった。




「それなら───」


 反射的に口をついて出た言葉に、イチローは自分自身が驚き、すんでのところで飲み込んだ。彼は、己の浅ましさと醜さを突きつけられた気がして、苦しむ顔を俯かせた。

 口にしようとしたことは悪魔の願いであった。

 俺はいったい何てことを言おうとしたんだ。


「いいよ、ロウさん」


 声を掛けたのはクロアであった。

 イチローの表情に重く苦しい葛藤が見てとれた。クロアは彼の苦しみを解消できるのなら、何でもしてあげたいと思ってしまった。


 クロアの声に突き動かされるように、イチローがゆっくりと面を上げた。もはやどうやったって己を止めるすべはなかった。


「クロア、これから俺は無茶を言う。無理ならそれでも構わない。けど、これは、多分お前にしか、出来ないことだ。金も、材料も、いくらでも、出す。報酬も、言い値で、払う」


 彼の顔に影が差している。良心のとがめか、彼の喉がひくついていた。


「───だからよ、俺の願いを頼まれてはくれないか?」

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