第14話 征伐祭③

○○○



「あー、アノンの気持ちは、本当に、涙が出そうなほど嬉しいんだけどよ、少しだけ考えさせて欲しい」


「……キミならそう言うんじゃないかとも思っていたよ」


「おいおい……」


 いくらアノンと言えど、そこまで予想出来てるなんて───


「これまでの七つの新造最難関迷宮を攻略したのが全てキミの功績であると認められた場合どうなるか? そんなものは少し考えただけでわかる」


「……」


「勇者パーティの手柄の全てが本来は君のものであったと認められたのならば、今まで全ては自分達の功績であると主張していた四人は虚偽を報告していたことになるね」


 その通りだ。


「結果として、彼ら四人の評判は地に落ちるだろう。いや、それだけならまだいい。最悪の場合、彼ら四人は他人の功績を己のものと誇り、国や国民を欺いた罪人として誹られる可能性すらある」


 アノンの瞳は全てを見透かす。

 俺は知っていたじゃないか。


「なら、キミはこの四人のことを考えてワタシの申し出を保留したのか?───それじゃあ、点数は半分だろうね」


 彼は、嘘偽りを許しはしない。


「少し、話は変わるんだけどね。ワタシには気になっていることがある」


「何だよ?」


 気になっていることがある───などと言ったところで、彼は既に彼なりの結論へと辿り着いているに違いない。


「ワタシの知人に、かつて勇者パーティと《時の迷宮》攻略を共にした人物がいる。名をイライザといい、彼女はSランククラン《愛をこめて花束をシェリィ・フルール》所属パーティ《翼ある双蛇カドゥケウス》のリーダーを務めている」


 イチローにも、少し話したことがあるね? とアノンは俺に尋ねた。俺の反応を待たず彼は続けた。


「その彼女によると、一目見てわかるほどに聖女と賢者は勇者リューグーインに付き従い、彼に言われるがままに振る舞っていたのだと。聖女は特に酷かったようで、それこそ、勇者の指示に従い、冷徹な顔を崩すことなく、重傷者が出ても回復魔法を拒むほどだったそうだ」


 俺の知る彼女達なら絶対にそんなことはしない。


「もう一度言うが、イライザは保身のための嘘など吐かない。ワタシにはそれが分かる。つまりそれまでは人格者とされた勇者パーティの面々が、このような愚行を取ったということが事実になる。

 ならば、彼女達は一体全体どうしてそんなことをしたのか?」


 俺にも全てがわかったわけではない。

 けれど判明してることはある。

 彼女達の変わりようは全て───


「イチロー、ごめんね……そんな顔をさせてしまって。けれど、ワタシは続けるよ。

 ひいては今のこの時間が、これからのキミのためになることを願って」


 俺は見えないはずのフードの奥の彼の瞳を見つめた。


「いいよ、続けてくれ」


「キミが《封印迷宮》から帰還しギルドの医療室にて臥せっていたとき、ワタシは彼女達三人に《封印迷宮》に関する話を聞きに行った。彼女達は揃いも揃って、全ては自分が悪いのだと罪を悔いていたよ。次の国からの招集では、罪を告白するとも言っていた」


 俺は彼から目を逸らさない。

 彼がおもむろに右手を顔の前にやった。


「一つ、勇者パーティに加わる前の彼女達の評判。二つ、イライザから話で聞いた彼女達の話。三つ、ワタシ自身の目で見た彼女達の印象───」


 順に三つの指を立てた。


「この三つを比べることで、かねてより抱いていたワタシの中の違和感はかつてないほどに大きくなった」


 さらに、ぱっと拳を握ると、


「違和感を説明し得る答えは一つしかない。

 単純に考えて、《時の迷宮》を探索したときの彼女達は異常であった。そして何が原因か、今現在彼女達は元に戻った。そう考えないと辻褄が合わない」


 彼は再び天に向け人差し指を立てた。

 正解に一歩一歩と、確実に近づいてくるアノンの足音を聞いた気がした。


「じゃあ、異常とはどういったものか? 誰によってそれがもたらされたか? という問題が見えてくる。

 イライザとの合同パーティ結成時期と、キミが行方をくらませた時期は近い。だからキミが抜けたあとの四人を見てみよう」


 あの日、俺は《刃の迷宮》を最後に、彼女達から背を向けた。


「そもそも人格的にも優れていたとされた三人の異常は、それ以降数多く見られるようになった。一番多くもたらされる情報は、彼女達は勇者の指示を待ち、彼の従順な下僕しもべの如き振る舞いを見せた、というものだね」


 あのときの彼女達の濁った眼を思い出す。

 けれど……俺はもう、目を逸らさない。


「それじゃ、肝心の勇者はどうだったか?」


 正直な話、俺は竜宮院が憎い。


「そもそもがキミの功績を我が物とするほどの厚顔無恥な人物だ。その後の彼についても、良い話は一つも聞かない。具体的な話は言うに憚られるほどさ。やはりとも言うべきか、彼は一貫して高慢で傲慢で尊大な姿勢を見せていたそうだよ」


 アノンはあざけるように鼻を鳴らした。

 

「もう、わかるだろう? いや、キミは既に真実を知っているに違いない。

 彼女達は"誰"の指示を待ち、"誰"に対して下僕の如き挙動を見せたのか? そしてこの事態で一貫して変わらなかったのは"誰"であるか? そしてこの件で最も利を得たのは"誰"なのか?」


 アノンが「ふー」と一呼吸いた。

 そして───


「これこそが答えだよ、イチロー」


 俺へと告げたのだった。




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