第15話 征伐祭④
○○○
「すごいな……アノン」
彼はこの遥か離れた地で、情報の収集と精査と、それらを元にした推理を繰り広げ、まさに完全なる独力で正解を導き出した。
彼は正真正銘の安楽椅子探偵である。
「彼が───勇者が全ての元凶なんだろ?」
あの日々を思うと、今でも苦い記憶が蘇る。
「恐らくは」
アノンの問い掛けに、俺は一つの単純な思惑を以て、ついに頷いた。
断定を避けたが、彼が全ての原因であることに、もはや疑いはなかった。
「勇者リューグーインに関して、キミの知ってることを教えてはくれないか?」
アノンが俺へと乞うた。
隠しても無駄だ。彼ならば、俺が今言うか言わまいかに関わらず、俺と竜宮院との間に何があったかということすら、断片的な情報から導き出すだろう。
「わかった。どこから話そうか」
親友であるアノンになら、国の偉いさん達の前で話すより先に、これまでのことを詳らかにしてもいいかと思った。
しかし、俺の思惑はそれだけではなく───
温くなったお茶に口をつけた。
返答を静かに待つアノンに、俺はゆっくりと話し始めた。
まずは竜宮院のことからだ。
焦点となっている彼が、俺から見てどのような人物であったか、そして召喚されて以降、彼がどのような生活を続けていたかを話した。
この話の本質は、竜宮院の人格がどうとかいう話だけでは、全く足りていない。
彼には"何か"があって、"その何か"によって多くの者が人生を狂わされた。
それを伝えるためには、かつて彼の周辺にいた俺、そして彼女達の話は避けて通れないものであった。
俺と懇意にしていたパフィ、ミカ、アンジェ、エリスらの名前を挙げ、彼女達が竜宮院に告白し、侍るようになったこと。それに伴い、仲の良かった彼女達が豹変し、それまでとは全くの別人の様に俺に冷たく接するようになったこと……その全てを話した。
あの日々の話をするのは、中々にしんどかった。それでもアノンなら……と考えその全てを話した。さらに話はボルダフでの出来事に続く。
プルミーさんと連絡を取れたことで、俺はようやく、自身が何らかの異常事態に巻き込まれていることに気付けた。
そして先日───《封印迷宮》で彼女達と再会を果たし、対話を深めるにつれ、彼女達がかつての様子に戻った。
全てを一度で話すのは、中々に大変であったが、それでも俺の身に起きた話を、何とか漏らすことなく彼に伝えられたのだった。
聞き終えた彼は、顎に手を当て、一分ほど思考に時間を費やしたかと思えば、
「イチロー、キミの話を聞いてわかったことがある」
「……あんだよ?」
「その話をする前に、君に一つ言いたい」
「何だよ……勿体ぶってからに」
「これまで……この世界のために頑張ってくれてありがとう。それから私は、君が無事に生きててくれて、嬉しい」
顔がぶわぁっと熱くなった。
俺は今、赤面している。
「やめろし! 昨日から褒められ過ぎてむず痒いわ!」
「そんなことを言わずに聞いてくれ。
これから先、君が進んで迷宮攻略をする必要はない。この世界の危機は、この世界の人が何とかするべきなんだ。これまでの不義理に対して、君には国から正式な謝罪がなされるべきで、その偉大な功績には、相応の報奨が支払われるべきなんだ。それについても、私が認めさせてみせよう」
「それだけどよ、さっきも言ったと思うけど───」
俺の返答を聞き終わる前に、彼は俺の口に手を当てた。
「ストップ。キミの言いたいことも、その意図もわかっている」
ちょっと待ってて、と言いアノンが席を立った。冷たくなったお茶のお代わりを用意し、空になった皿に茶菓子を補充した。
「キミの話から勇者に関してわかったことがいくつかある」
「……」
「なあに、状況を整理すれば簡単にわかることさ。勇者はね、二つの能力を持っている」
アノンが断定してみせた。
「プルミー氏の持つ"二つの記憶"というエピソードを鑑みるに、勇者は、範囲や対象がどこまでかはわからないけれど、他人に"偽の記憶"を植え付けるような能力を持っている。
これを仮に、《能力α》と呼ぼう。
それから急な心変わりを果たした彼女達を鑑みるに、やはりとも言うべきか、彼は《魅了》、《操心》、《操身》、《洗脳》のような特殊な"力"を使っているに違いないだろう。
それがスキルによるものか、アイテムによるものか、はたまた『魔眼』や『魔口』といった『
こちらは《能力β》と呼ぼうか」
彼の口から告げられると、改めてストンと腑に落ちることがあった。あのときも、あのときも、あのときも───
「《能力α》が《能力β》によって起こされた可能性も否定はできないけれど……けどそうなると───」
俺にはもう、俺の話を聞いた彼が、どこまでの真実を掴んでいるのかわからなかった。
「キミが言うには、勇者の持つスキルは《限界突破》、《勇者の剣》、《成長率5倍》、《光魔法:極》だったね?」
俺は頷く。
「残念ながら、スキルに関しては専門家ですらわかっていないことが多い。怪しいのは《勇者の剣》であるけど、彼が《スキルを隠すことが出来るスキル》を持っている可能性はどうしたって否定できない」
つまり《隠蔽スキル》というやつだ。
「まあ、それに関しては、ここでいくら悩んだところで決して答えは出ない」
「なら、どうすれば───」
「彼の二つの"能力"が何によってもたらされたものかは、ワタシにもわからない。それでも、"そこに何かがある"ということを知っていれば、対策を練ることは可能だ。難儀ではあるがね」
「どうやって……」
「先程挙げた三つ───スキル、アイテム、『
「そんなことが……出来るのか?」
「ワタシなら出来る。もちろんキミやオーミ氏の助けは必要だけどね」
己の顔が綻ぶのを感じた。
彼もそれを察知したのだろう。
「さて、これでキミが素直に国からの招集に頷けなかった心配を、取り去ることが出来たんじゃないかな?」
「ああ……そうだな」
俺が国からの招集を受けるつもりがなかった理由は二つある。
一つは、事実を明らかにすることで、ミカ達三人が苦境に立たされることがわかっていたからだ。
それにもう一つは竜宮院の能力のことだ。
彼女達の釈明をするには、竜宮院の能力について話すことは避けては通れない。けれど、あまりにも荒唐無稽な話過ぎて、誰が信じるというのだ。しかし───
「全ては勇者のせいであり、彼女達自身も被害者であったのだと認めさせることが出来たら、彼女達は大幅な減刑が望めるだろうね」
俺の憂いをアノンが取り去ってくれた。
「……ありがとう、アノン」
心の中心に固く鎮座していたしこりのようなものがホロホロと崩れていくのを感じた。
俺は、彼女達がこれ以上の苦難に陥らない未来を提示されてホッとしたのだ。
しかし、目の前のアノンには、何かが足りないようだった。だからそれは彼の衝動だろう。彼が俺の手をぐいっと掴み引っ張った。
「私は悔しい」
フードの奇人は俺と触れ合う距離にいる。
「君は彼女達のことを案じてホッとしているようだけれど、私は違う」
彼に握りしめられた手が痛いくらいだった。
「私はね、君が認められていない現状を思うと、悔しくて悔しくてたまらないんだ。それに、君が汚名を着せられている状況にどうしても我慢がならない」
ポタリと、俺の手に
「ただこれは、私個人の勝手な気持ちだ。君にも色々あるのだろう。私はね、人がそれほど強くないことを知っているつもりだ。だから、君に国からの招集に応じろなどといった無理強いするつもりは、毛頭ない」
彼は、最後の最後まで不遜な態度を崩さない。けれどそこには───
「安心したまえ。君が招集に応じずとも、彼女達は私の方で何とかしておいてやろうじゃあないか」
とびっきりの思いやりがあった
この話を最後に、俺達は今回の語らいを終えた。
召集に応じるべきなのかどうか。
未だにもう一歩踏み出すには時間が必要だ。
けれど、手には今も彼の
センセイを探して、そろそろ二人でセナのいる隠れ山へと帰ろうかと考えていた帰り際、アノンが思い出した様に告げた。
「明日の午前頃に、《
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引き続き前回と同じ宣伝をします。
1つ目ですが、近況ノートにて
宣伝の詳細とサポ限だった近況ノートのお話を、皆様に読んでいただけるように設定変更したお話の報告がございます。
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