第13話 征伐祭②

○○○



「やあやあ、そこにいるのはイチローじゃあないか」


「おっす、アノン」


 人を食ったような彼の話し方にも随分と慣れ、今では愛嬌を感じる俺であった。


「どこで誰が聞いてるかわかんないからよ、ここではロウで頼む」


「あー、すまない。配慮が足りなかった。それにしてもやっぱり……難儀なことだね」


 難儀なこと───彼の言うそれは、皆まで言葉にされずとも理解出来た。

 彼と出会ってからそれほどの時間を経てはいないものの、俺は彼に対して、長年の親友の様な感情を抱いている。


「いや、別に構わねーよ。少し窮屈なだけで、それほど苦労してるわけじゃねぇよ」


 俺の返答に、アノンが数秒言葉に詰まった。やがて、


「ロウ、とりあえずは座れるとこに行こう。話はそれからだ」


 彼は「こっちだよ」と俺を先導したのだった。





○○○



 俺達は大通りから一つ外れた脇にあった可もなく不可もない宿へと入った。受け付けで確認することなく、彼は勝手知ったる何とやらという感じでさっさと奥の部屋へと俺を誘導した。


「まあ、座りなよ」


 俺の顔に疑問が浮かんでいたのか、


「ここかい? この宿舎はワタシの持ち物なんだよ。

 もちろん名義もオーナーも別人だけどね。気楽に秘密を話せるような場所や、姿を隠すのに必要な場所はどうしても必要だ。その一つがここなのさ」


 彼は慣れた手付きでお茶と茶菓子をテーブルへと置いた。


「姿を隠すって……」


「情報屋を生業なりわいにしてる者に、危険は付き物さ。ワタシの持つ情報のターゲットは多岐にわたるからね……」


 とまあ、偉そうなことを言ったけど、と彼は続けた。

 

「情報を握っていると知られているようでは二流なのさ。ワタシくらいになると、必要な情報のターゲットには、ワタシがそれを既に手にしているとは気付かせない」


「それは、何というかすごいな」


 彼の言葉は決してうぬぼれではない。

 俺自身がそれを何度も目の当たりにしている。

 

「だから、実際にはそれほど危険な状況に陥ることは、滅多にないんだけどね」


「裏を返せば、危険な状況に陥ることもあるってことか」


「まあ、ね。ただ、隠れ家にしても、そうだけど、使える手札は多いに限る。《切り札》、《奥の手》、《奥義》、《最終手段》、《裏技》、《隠し玉》、《頼みの綱》。これらは、いくらあっても困ることはないから」


「いくつあんの!? そんなに、取れる手段があるんなら、そいつはもう《切り札》でも《奥の手》でもねーよ!」


 つっこむ俺。


「ははっ! 確かにそうだ!」


 吹き出すアノン。

 やがて彼は「はー」と一息くと、


「キミと話すのは楽しいよ。キミはこのワタシを前にしても、裏表が全くないからね。いや、気にしないでくれ。キミをバカにしてるわけじゃあないからさ」


 これもまた、俺のふくれっ面に気づいた彼は、フォローしてみせた。そうして俺達はひとしきり笑った。


「楽しいお話は、また次にしよう。ここからが本題だ」


 アノンは紙とペンを取り出した。


「キミの話せる範囲で構わない。今回の《封印迷宮》探索時の話を教えて欲しい」


「別にそれはいいんだけど……」


 俺の視線は、彼の手元の紙とペンに向けられていた。


「ああ、これね。キミの雄姿を本にしようと思って───」


 ガタリ。俺は席を立ち走って逃げようと───


「やだなぁ、イチロー。冗談じゃあないか、冗談」


 残念! 山田は回り込まれてしまった!


「何を後ずさってるんだい? 冗談だって言ってるじゃあないか?」


「ヒェッ……!!」


 フードに隠れて見えないはずの彼の目はバッキバキになっているに違いなかった。




○○○




 しくしく。俺は丸裸にされてしまった。

 もちろん、それは物理的な話ではなく、《封印迷宮》探索時の話であるが───


「ハァ、ハァ、いいよ! イチロー、いいよ!」


「よくねーよ!」


「あいたっ!」


 俺が興奮したアノンの頭をぺしりと叩くと、彼はようやく我に返った。


「ワタシはいったい!?」


「『ワタシはいったい!?』じゃねーよ! 怖いよ! 外の人がこの声聞いたら勘違いするよ!」


「その辺は大丈夫。任せてくれたまえ。この部屋にはしっかり防音の魔法を掛けてあるから、どれだけ大声を出そうとも、叫ぼうとも外からは聞こえやしない。キミも声を我慢しなくてもいいんだよ」


「余計にこえーよ! アノン目を覚ましてくれ!」


「はっ! ワタシはいったい!?」


「ループかな?」


 彼は尊大な態度をとるため、勘違いし易いが、実のところユーモアのある人物なのだ……ユーモアだよねこれ?


「さて、話を戻そうか」


「『戻そうか』も何も脱線させたのはアノン、お前なんだよなぁ」


「さて、話を戻そうか」


 彼の二度目の仕切り直しに、口を挟むのは野暮なのだと気づいた。


「今聞いた話は、キミが寝ている間に聖女ミカや賢者アンジェリカやプルミー氏から聞いた話と一致している」


「ああ」


「キミも聞いたかもしれないが、勇者パーティには国からの招集命令が下っている。あれは何も、勇者パーティだけが招集される、というわけじゃないんだ。いずれ伝えられるだろうが、今回の功労者であるキミやアシュリーやプルミー氏も呼ばれるはずだ」


「俺が……?」


「当然だろう。キミこそが最功労者と言えるのだから。だからこそワタシはその場で───」


 俺はアノンから熱過ぎるほどの熱を感じた。

 これだ。これこそが堅く隠された彼の心奥に違いないのだ。

 

「君は……かつての賢者や、名だたる探索者や一騎当千の猛者達を以てしても、滅すことを諦め、やむなく封印することとなった迷宮を完全に滅ぼしてみせたんだ。その功績を根拠に、世間に流布しているキミの悪評は完全なる虚偽であり、これまでに攻略された全ての新造最難関迷宮はキミによってなされた、と奏上し、国に認めさせようと考えている」


 一息に話し切った彼に、俺は言葉を見つけられなかった。

 彼はそんな俺を見てどう思ったのか、


「いやなに、心配しないでくれたまえ。

 今のところ、細工は流々着々実々ってところかな?」



 


 


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