第10話 英雄の凱旋 Girl's Side

◇◇◇



「私を選んでくださってありがとうございますわー!」


 笑顔を貼り付けて、心にも無いことを口にした。早々に退散出来た三人が羨ましかった。

 キキは勇者に向けた媚の含んだ笑みとは裏腹に、己の不運を嘆いたのだった。


 この仕事を請け負うようになって知り合った三人───フクとサナリーとジョゼとは中々に深い付き合いとなっていた。

 解放されたらしばらくは呼ばれることはないだろうし、三人を呼び出して酒でも奢らせよう。

 キキはそうでも思わないとやってられなかった。



◇◇◇




 彼女達の仕事は、勇者の相手をすることであった。

 本当にそれだけのシンプルな仕事だ。

 ただ仕事内容には、そういった行為も含まれており、単純に楽な仕事だとは言えないけれど、それでもかつて自分が勤めていた場末の店と比べると天国の様な状況と言えた。


 いや、比べること自体が烏滸がましい。

 いつ彼に指名されても問題ないようにスタンバイし、彼に呼ばれるとすぐさま支度し彼の元へと送られるという手順であったが、スタンバイし待機しているだけでもお給金が発生するのだ。しかも以前の職場で働いていたままでは到底お目に掛かることのない大きな金額だ。しかもしかも、驚くことなかれ、勇者からの指名が入るとさらに数倍以上の額が支払われるのだ。


 指名リストに加えられた女性の中でも多額の借金を背負った者達は鼻息も荒く、我先にと指名されるのを待ち構えていたのだった。


 そもそもが、変わった仕事だとは思う。

 この仕事は最初から特殊なものであった。


 雇い主に関しては秘密だとされたが、奉仕相手が勇者であるという事情を鑑みるとバカでもわかることがある。これには国の何らかの思惑が絡んでいるに違いなかった。


 仕事を請け負うことを了承して以降、それなりの教育をぎゅぎゅっと詰め込まれたとは言え、それでもつい先頃まで無学だった自分だ。そんな自分でもそれくらいのことがわかる。

 秘密とされている職務は、公然の秘密であり、勇者に関する事象が公然の秘密とされるぐらいの大規模な試みによって成り立っている。だからキキは、もしも、もしも勇者に口を滑らせてしまえばどうなるかと考えて、背筋が寒くなるのを感じた。


 とは言え、参加者は例外なく、この仕事にありつけたことに感謝していた。ひいてはこの試みを行っている人物や、直接的な雇用主に対しても大きな感謝をしていた。


 ここには目の前の一人・・を除いて、かつての職場のように、人を人と思わない人間はいない。

 それに、これまで生きてきて聞いたこともない魔法で顔まで美しくしてもらい、十分な賃金も報酬も頂いている。

 何より、これからの未来を切り拓けるだろう知恵と教養を授けてもらった。


 休日に仲間と飲むときの話だ。

 自分達はこれから先細るだけだった命を助けてもらい新たなる人生を授けられたのだと、涙を流す者もいたほどであった。


 大きな恩義がある以上、さすがに口を滑らせるような恥知らずは私達の中にはいないだろう。キキはそう確信していたのだった。




◇◇◇



 求められるままに彼を満たすのが、仕事であるとはいえ、何とかならないのか。

 自分本位で、身勝手で、しつこくて、しつこくてしつこくて、こっちが演技しても全く気付きもしない、典型的な独り善がりな男のソレであった。


「どうだい!」


「───」


「ふふ、凄すぎて声も出ないかっ!」


 出ないのではなくて、面倒くさいから出さなかったのだ。

 そうそう、独り善がりといえば、今回指名されて先程まで勇者の側にいた四人の役割分担についても笑える話だ。


 二人は彼に先んじて起き、残る二人は彼より後に起きる。

 これは、意図的なものであった。

 彼女達は彼が説教しやすいポイントをあえて残していた。そうすると勇者は喜んで食いつく。今回もそうだった。

 彼は、人数は違えどいつも誰かが寝過ごすという状況に違和感すら覚えず、偉そうに意味のない講釈を垂れるのだ。


 しかも講釈を垂れるに飽き足らず、『無知蒙昧』『蛮族』『後進世界』と彼女達や、彼女達の世界全体を貶める言葉を彼は躊躇いもなく口にする。我慢が仕事とは言え、彼のくだらない話を聞くぐらいなら、司祭様の説法を聞く方が何倍もためになるだろうと、彼女は内心でうんざりして溜息をいた。


 終わらない行為に辟易としながらも、仕事だと割り切り、キキは先程のことを思い出していた。


 ───勇者業には過度なストレスは付き物


 何を言ってんだこのバカ! あんたは好き勝手して食っちゃ寝してるだけじゃないか!


 キキは先程、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。しかもそれはキキだけではない。残りの三人の表情からも、彼女達全員が同様のことを思っていたことは明白であった。


 勇者から開放された後の飲み会は、間違いなくこの話になるだろう。そしてモノマネの得意なサナリーが、勇者の誇張したモノマネをするのだ。想像してキキが微笑んだ。


「君のその表情、いいねぇ! そそるよぉ!」


 勇者の喜色の声に、キキはしまったと後悔したのだった。


「君がもう少しだけ、教養を身に着けてくれれば、僕も君をもっともっと大事に出来るだろう。わかるね? 教養をつけるんだ」


 ずっと我慢していたキキは内心で彼を罵倒した。

 教養もクソもカスもねーよ! この××××野郎!


 元々出自のよろしくないキキ本来の言葉はお上品とは言えない。

 けれど、そこには、彼女なりのいっぱしの正義があった。


『WIN-WIN』だとか『アマクダリ』だとか『出向』だとか、いくら大層な御託を並べたところで、あんたが何もしてないことを正当化して、それどころか、遠く離れた場所で誰かが苦労して達成した功績を横から掠め取ってもいい理由にはなりやしない!

 あんたはそもそも教養以前の問題なんだよ!!


 彼女は言えるものなら、大声で叫んでいたに違いなかった。




◇◇◇ 



 キキの内心に関わらず、行為の最中でさえ、勇者は世迷言をやめやしない。彼女は、そろそろか・・・・・と思った。


 時間的にいつものミーティングは終わったであろう。

 あの三人は、今回見えた勇者の考えや言動をしっかりとヒルベルトに伝えてくれたのだろうか?

 

 誰であれこんな奴に不幸に落とされるなんて許されない。

 神様、本当にいるのなら、その誰かを助けてあげてください。


 勇者と身体を重ねつつもキキは願った。

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