第11話 英雄の凱旋 Merchant's Side

◇◇◇



 ヒルベルトは名の通った商人であると同時に、敬虔なクラーテル教の信者であった。

 幼少期の頃、彼は馬車に跳ねられて死に瀕するような大怪我を負った所を、偶然通りがかったクラーテル教のシスターに助けてもらい一命を取り留めた。薄れいく意識の中、一生掛かってでも対価を差し出しますと頭を下げた母に、シスターは微笑んでこう言った。


「私が今日、この時間、この場所を通ったのは全くの偶然でした。その場にあなたがいたというのは、あなたを助けてあげなさいという神様の思し召しでしょう。だから礼はいりません」


 その後彼らの家族は、クラーテル教へと改宗し、敬虔な信者となったのであった。

 自分には彼女のような魔法の素養はないけれども、彼女のように人を助けることができる人になりたい───これこそがヒルベルトの生涯に渡る信念の一つであった。




◇◇◇



 女三人揃えば姦しいとはよく言ったものだ。

 ヒルベルトは目の前の光景に溜息をいた。


「バカみたいにしつこくてさぁ」

「わかる。あのしつこさは性格出てるね」

「『気持ちいいか』『気持ちいいだろ』って何回聞くんだよ! キショ過ぎだろ!」

「それもわかる。何回も何回もおんなじこと言わせんなよって感じ」

「それにやってる最中に偉そうに説教垂れるのよ」

「キッショ! 死ねよ!」

「まあ、いるよね。前の仕事でもいたよ。じゃあそんな偉いお前は何でこんなとこにいるんだよって人」

「滅びろよ」

「ねー」

「ほんと、顔は良いんだけど頭と性格が終わってる」

「それも、わかる。見栄ばっかしで中身がないのよ」

「振ったらカランカランって音がしそう」


 目の前の三人は『姦しい』の例に漏れず、奉仕対象である勇者竜宮院への悪口で死ぬほど盛り上がっていた。ヒルベルトはその様子に眉間を揉んだ。そして両手を二度ほどパンパンと打ち合わせた。


「さあさあ、みなさん!! あなた方の今日のお仕事は終わりですよー!! 次回呼ばれても、対処できるようにゆっくりと休んで英気を養ってくださーい!!」


 彼の呼び掛けに応じ、女性達は各々「はーい」「わー」「いくわよー」とその場から動き出した。

 そして去り際に、「ヒルベルトさんありがとー」「ありがとね」「またねー」とこれまた三人三様、彼に声を掛けたのだった。


 彼は「はいはい」とあしらった。

 彼女達にこんな仕事をさせてる自分が───と思うも、彼はここでやめるつもりは毛頭なかった。

 誰も気付くことのない彼の怒りは、今でも彼の心の内を燻り、勇者が燃やし尽くされるのを今か今かと待ち望んでいた。




◇◇◇




 勇者のルーティンはおよそ把握していた。

 次に自分が呼ばれるまで、時間にするとしばしの猶予があったが、それにしてもいい話を聞けた。


 彼は《連絡の宝珠》を手に取り、勇者を飼うという《箱庭計画》の最高責任者の一人に連絡を取った。

 内容は、先程の女性達から聞いた話である。


「彼はどうも、今回の《封印迷宮》は己の手柄であると考えているみたいですね」


 ヒルベルトが告げると、普段は飄々としてるはずのが、一瞬声を忘れ、


『おいおい……それは、中々に───』


 彼の言いたいことも、その気持ちも、分かりすぎるほどにわかった。彼女達から聞いたときは己の耳がおかしくなったのかと疑ってしまったほどであったのだから。


「これはあの計画にもってこいのネタではないでしょうか?」


 ヒルベルトは提案してみせたのだった。




◇◇◇




 先々を踏まえた話し合いもそこそこに、ヒルベルトはようやく遅目の昼食にありついた。ちょうど食べ終えた時間に、


「ヒルベルト様、勇者様がお呼びです」


 ほい来たとばかりにヒルベルトは食堂を出た。

 勇者の部屋に入る際は、息が上がっている演技は忘れない。

 これこそが、勇者の自尊心を擽り、彼を満足させる一肩になると知っていた。この積み重ねこそが、彼を『豚』のように飼う計画のために、最も肝要なものであった。



「これは、これは、勇者、様、ぜぇぜぇ、どうも、私を呼んで、くださった、みたいで」


「まさか勇者様にそこまで言っていただけるなんて!『勇者様にお褒めいただいた』とこれからは子々孫々伝えていく所存でありますよ!」


「もちろんでございます! 勇者様の相棒を自認するこの私───ヒルベルトめが勇者様のお求めになるものを是非とも当てて差し上げましょう!」


 道化の真似も板に付いてきた。

 ヒルベルトは、そう自嘲したが、その先に勇者の首があるのならいくらでも馬鹿になってみせることが出来たのだった。

 彼の内心に気付くことはなく、勇者が食事を求めた。


 いくつも身に着けている彼の指輪をはじめとしたアクセサリ。そのいずれもが高価な魔導具であることを彼らは知っていた。またそれだけでなく、その魔導具の効果の詳細までもが、いくつかの例外を除いて、およそ判明していた。


 その中でも《毒無効の指輪》は素晴らしいッッ!!

 だって彼に何を食べさせても問題ないッッ!!

 それに何を飲ませても問題はないッ!!

 豚も煽てりゃ木に登る。


「さすが勇者様、『上質を知る』とはまさに勇者様のこと」


 勇者は煽てりゃ何でも食べる。

 勇者には何を食べさせても良いのだッッ!!




◇◇◇




 彼が大物振り「君達もどうかね?」というのを「いえ、わたくし達が、勇者様と席を共にするなんて……(恐れ慄き)」と答えると、竜宮院は水を得た魚がばしゃりばしゃりと跳ね回るが如く、


「ふむ。君には、礼儀正しさがあるね。好ましいよ。だから精進を忘れなければ、君も立派な商人になれるんじゃないかな? 保証は出来かねるけど」


 と満面の笑みを浮かべ、ヒルベルトにアドバイスを送ったのだった。ヒルベルトは「ははーありがたきお言葉ー」と答えたが、勇者が口にした物を思うと笑いを堪えるのに必死であった。




 食事が終わり、しばらくするとドアを叩く音が聞こえた。

 ここから先、彼がどんな風に踊ってくれるのか、ヒルベルトは楽しみで仕方がなかった。








──────

次回から主人公サイドとなります。

感想楽しく読ませていただいてます。

この数日めちゃくちゃいただいたので、少しだけ返信いたします。







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