第9話 英雄の凱旋③

◇◇◇



 竜宮院王子は四人の女性の内の最も好みの女性を残して、三人は帰らせた。


「私を選んでくださってありがとうございますわー!」


 彼女は甘い声と共に、未だベッドで上体を起こしたままの竜宮院の後ろから被さり、胸を当てた。竜宮院はその感触に再び元気を取り戻した。


「さあっ! 今からもうひと踏ん張りだ!」


 過密スケジュールをこなし、何とか仕事に終わりが見えてきた際の管理職が如きセリフと共に、残した女性へと覆い被さったのだった。



◇◇◇



 仕事に没頭していた竜宮院は昼過ぎになったときようやく己の空腹に気付いた。彼は女性にヒルベルト───かねてより勇者である彼と付き合いのある商人───を呼んでくるように指示した。彼女が足早に部屋を飛び出すと、十分もしない内にヒルベルトは現れた。


「これは、これは、勇者、様、ぜぇぜぇ、どうも、私を呼んで、くださった、みたいで」


 恰幅のいい彼は走って来たのだろう。息を荒らげて言葉を発するのに多少の時間を要した。

 その様子は『僕のためにこんなにも急いできたんだな』と竜宮院の自尊心をくすぐり満足させた。


「ヒルベルト! 来てくれたか! けど少し遅かったね。君も一端の商人なら、顧客を待たせるということがどういうことか、分かっているはずだ。まあ、君には見込みがあるから、これからも精進したまえ」


「まさか勇者様にそこまで言っていただけるなんて!『勇者様にお褒めいただいた!』とこれからは子々孫々ししそんそんに伝えていく所存でありますよ!」


 ヒルベルトは満面の笑みで竜宮院を持て囃した。


「それで、ヒルベルト。僕がどうして君を呼んだか分かっているだろうね?」


 問われたヒルベルトは持ってきたカバンをがさごそと漁ると、


「もちろんでございます! 勇者様の相棒を自認するこの私───ヒルベルトめが勇者様のお求めになるものを是非とも当てて差し上げましょう!」


 机にずらりと美女が印刷された用紙を数枚並べたのだった。


「勇者様の、求めているものは、ズバリ食事と女性───ですね?」


 ヒルベルトはニヤリと笑い、竜宮院は彼の持ってきた資料に目を通した。彼は再度、己の股間が屹立するのを力強く感じた。

 しかし、ピンッと資料を机に放り投げると、


「5点」


「え……?」


「呆れた」


「いったい……私の何が間違っていたと……?」


「僕の求めていたものは『美しい女性』と『僕の空腹を満たすに足る美味しい食事』だ。君の解答はただの『食事』であり、ただの『女性』だ。これでは半分も与えることは出来ない」


 竜宮院の答えに女性とヒルベルトがほんの数瞬だけ目を合わせた。

 そして「なるほど、さすが勇者様。一つの事象の裏に、複数の意図を張り巡らせるとは……まさに護国救世の英雄の所業……これは一本取られましたな!」とヒルベルトが自身のおでこをコミカルに叩き「かはは」と笑った。しかし───


「待て」


 そこで竜宮院の声が待ったをかけた。ことさらに勿体ぶった声であった。まさか気取られたか……ヒルベルトは身を固くした。


「ふむ、君の称賛は素直に受け取ろう。しかし看過できないことが一つだけある。君は僕のことを『護国救世の英雄』と呼んだ。その気持ちは良くわかる。けれどもこれからは僕のことを───『稀代の英雄』───と呼びたまえ」


 ヒルベルトの心配は杞憂であった。連日連夜続く酒池肉林でデロデロに蕩け切った竜宮院の脳味噌に、もはや他人の機微などわかりっこない。


「なんと……!!『稀代の英雄』…ですと!!」


 彼の隣にいる女性はこの呼称を口にしたばかりに竜宮院に気に入られてしまい、ここに残ることとなった。非常に気の毒なことである。


「ッッ!! 『稀代の英雄』ッッ!! 何とッッ! 何とッッ!! これほどまでに勇者様にぴったりな二つ名はございません!! 私、感動してしまって涙がとまりません!!」


 彼は濡れてもない目にハンカチを当てた。


「ヒルベルトよ、みなまで言うなッ! お前の気持ちは理解しているッ!!」


 ババっとカッコいいポーズをキメた竜宮院はヒルベルトは近づくと、彼を固く抱き締めた。

 まさに美しき友情のワンシーンであった。




◇◇◇




 茶番が終わると、ヒルベルトの指示によって超スーパー高級・・・・・・・な食材をふんだんに使用した超スーパー高級・・・・・・・な料理が料理が運ばれてきた。竜宮院はそれに目を輝かせた。

 彼は、目の前に置かれた料理を一心不乱に口に運ぶと、あるときはシャッキリポンと舌鼓を打ち、またあるときはウメーウメーと堪能し、いつもの様に見当違いの蘊蓄をこれでもかと垂れ流し、グルメリポーターの如く喋り続けた。


 その後、テーブルがぐっちゃりと汚くなってきたところで、ちょうど竜宮院の腹もくちくなり、「片付けろ」と命じた。


 食欲を満たされた彼の次のお悩みは、今日はどこのお店でどの銘酒・・の海へダイブしようかという難問であった。

 彼がヒルベルトと共に、めくるめく議論を繰り広げていると、コンコンというノックの音が聞こえた。


「何だい?」 


「失礼します勇者様。王都より御遣いの者が来られました。竜宮院様にお話があるそうです」


「用件は?」


「何でも、お遣い様によると、《封印迷宮》攻略に最も貢献した人物として、勇者リューグーイン様の名が挙げられたという話です。ですのでその功績が認められ、アルカナ王国国王及びパフィ姫様による、勲章と貴族籍の授与式を行いたいとのことです。お遣い様はそのことについて、日時などの具体的な詳細を勇者様にお話したいと仰ってます」


 竜宮院が満面の笑みを浮かべた。


「入ってもらえ」


 彼はヒルベルトと女性へと目を向け。


「二人共……僕と遊びたいんだろ? そうしたいのはやまやまだけど少しだけ待っていてくれ。どうも、断れない諸用が入ったみたいでさ」


 何故か彼は腕を伸ばし身体をストレッチし始めた。そして、


「よーし、よし! ヒルベルトよ! 正装の準備に取り掛かりたい! 僕に相応しいセンスを持つ者を呼んでくれたまえ!」


 ヒルベルトは内心を全くおくびにも出さずに、手を擦り合わせながら「がってんしょうちですよぉー」と竜宮院の指示に従ったのであった。

 



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