第42話 俺とセナ vs《遍く生を厭う者》①
○○○
見覚えのある紅い刀身によって切り取られた長方形の空間は漆黒のがらんどうとなり、そこから───
「セナ!」
俺の最愛が姿を現した。
彼女───セナは、周囲を見渡すと、俺に気付いた。
「イチロー───」
一瞬、セナがふらりと
セナは嫌がる素振りを見せず、俺に身体を預けた。
───イチロー、ごめ、ごめんね。ちょっと、だけ、待ってね
あのときのセナの声が脳裏に蘇った。
かつて隠れ山から離れようとした彼女は、俺に謝罪し、大きな不調をきたした。センセイは、不調の原因はセナの心的なものであると仄めかしていた。
セナがここにいるということは、そういった全てを耐え忍んで来たに違いなかった。
「イチロー、生きてて良かった……」
彼女の指が俺の頬に触れ、指は俺の左眼辺りをなぞった。
「こんな……痛かった、でしょう」
彼女のたおやかな指が、今は失われた俺の右耳に触れた。さらにツギハギだらけの身体に視線を向けると、セナはポロポロと涙を
立ってられなくてふらつくほどの自身の不調を顧みず、彼女はひたすらに俺を思って涙したのだ。
「確かに痛かったよ。けど、セナが来てくれたから───」
その先を口にする前に、
「馬に蹴られて黙ってくたばってろ」
俺とセナとの久しぶりの逢瀬を妨げるべく、大剣を構えてジリジリと詰め寄っていた《
邪魔者がしばらく行動不能になったのを確認し、俺はこほん、と一度咳払いした。
そして、先程の続きを、
「セナが来てくれたから、俺はもう大丈夫なんだ。何でだろうな。俺は本当にもう、大丈夫ったら大丈夫なんだよ」
彼女の温もりを感じ、俺は確かにそう思った。自分でも不思議だった。万能感にも似たそれは、絶対感とでも言えばいいのか。
俺の言葉に、セナは目を二、三度パチパチすると彼女は何とか、地に足を着け、手を伸ばし、俺の背に手を伸ばした。
「イチロー、何、それ、バカ」
俺の両腕にすっぽり収まっている彼女。その両手にぎゅっと力が込められた。
彼女に負けじと、俺も彼女をしっかりと抱き締めた。
「これが終わったら、伝えたいことがある」
死亡フラグ? そんなものは知らない。
いくらでも建ててやるし、いくらでもへし折ってやる。
「イチロー、奇遇。わたしもあなたに伝えたいことがある」
互いに言いたいことがあるだなんて、一体なんだろ? などとは思わない。彼女の気持ちは、彼女の声から、言葉から、仕草から、姿から、触れ合った温もりから───彼女の全てから、既に俺に伝えられていた。
「ならよ、ちょっと待っててくれ。アイツをぶっ倒してくるわ」
錯覚か、何なのか、不思議だった。
彼女が横にいる、ただそれだけで、俺は何でも出来る気がした。
「少女よッッ! 性懲りもなくッッ!! 先程、我が暗黒の腕で串刺しにされたことを忘れたかッッ!!」
目の前の《
「黙れッッ!! おまえがイチローをこんな目に合わせたッッ!!」
セナの美しくも激しい乱舞。
その全ての拳打が急所へと直撃し《
「ウグうオオオオオオオオォォォォォッッ!!」
《
「うーん、やっぱり今のイチローでは、まだ少し難しい」
ガーン!
万能感にも似た感触はまさかの錯覚だった模様。
「そんな顔しないで。イチロー、大丈夫だから」
セナが、半泣きの俺の、光魔法によって代替された右手に触れた。
「イチロー、あなたが戦うと言った。わたしはあなたを信じてる。これから、わたしがすることは、ほんの少しだけの小さな手伝い」
彼女から俺へと、何かが流れ込んだ。
それはセナやセンセイから感じる馴染みのある力でもあった。
「《気》を把握し、息をするかのように《光》という自然を操る今のイチローなら、《神気》を感じ、扱うことが出来る」
彼女から、俺へと流れたそれは、俺やミカの光の魔力とは位階の違う力であった。その神聖さを、本能が感じ取った。
「これは、その手伝い」
俺が受け取ったのは、力だけではなかった。
彼女の───セナの真心が、俺の心に触れた。
「もし、それであなたが勝てなかったら、イチロー、わたしが彼の相手をするわ」
彼女は、つらいだろうに、それを押してでも、何とか胸を張って告げた。
「けどそんなことには絶対にならない」
何故とは聞かなかったが、セナの言葉が続いた。
「わたしは誰よりもあなたのことを知っているもの」
俺は真正面から告げられた言葉に赤面することになった。
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