第41話 続 聖騎士 vs《遍く生を厭う者》⑤ 

○○○




「うおぉりぃあッッ!!」


遍く生を厭う者アイニカ》を背後からホールドし、捻りを加えて全力で目いっぱい上空へと放り投げた。

 彼が「ぐうわぁ」だとか「何をするぅ」だとか騒いでいが、そんなものはもう関係なかった。トリプルアクセルどころではない錐揉み回転で、身動き一つ取れない彼は重力落下し、そのままスケキヨよろしく頭から地面に突き刺さった。


「だっしゃあァァッッ!!」


 頭部が床にめり込み身動きの取れない《遍く生を厭う者アイニカ》───その胴体を、掛け声と共に思いっきり蹴り抜いた。

 すると首を地中に残したまま、胴体だけがすっ飛び、カートゥーンアニメの様に、壁にめり込んで間抜けな形に穴を開けた。


 やがて壁に空いた穴から黒いうにょうにょが這い出て、地面に埋まった頭部と合流を果たした。


 どうせ蘇る。


 何度だってやるし、何度だって言う。

 俺に出来ることは、やれるとこまでやる───ただそれだけだ。


 屍人の王が身体を再構成し終えた。

 こちらも既に準備万端。

 光魔法で創った十一の腕、その先端を一つにまとめギュルギュルと幾重にも幾重にも捻っておいた。


 蘇ったばかりの《遍く生を厭う者アイニカ》が、明らかに狼狽して呟いた。


「何だそ───」


 言い終わる前に準備しておいたソイツを一気に開放した。追い討ちだ。巨大なスクリューと化したソイツは、リスポーンキルよろしく復活したばかりの《遍く生を厭う者アイニカ》の身体を圧倒的暴力で蹂躙し、


「ばおおおおおあおおッッッ!!!」


 彼は大きな奇声を上げ、黒い粒子をまき散らし破裂した。






○○○






 特異点シンギュラリティという言葉がある。

 最近ではとりわけ技術的特異点を指すこの言葉は、わりと耳馴染みがある言葉なのではないかと思う。

 多くの場合、人工知能が語られるときに必ずといって良い程セットで語られる───人工知能技術が成長していき、ある一点特異点に到達すると、それまでとは比べ物にならない程の成長を始めるというアレである。


 この特異点シンギュラリティの概念は何も人工知能にだけ適用される話ではない。

 例えば俺達人間の成長過程でもこれと同様のことが言えたりする。結果の見えない這うような成長でも、努力を続けることで、ある日を境に出来なかったことが急に出来るようになった、なんて話も少なくない。


 長々と何を言いたいのかと言えば、この戦いで俺は、どうやらこの《成長の特異点シンギュラリティ》に到達したみたいだった。


 魔力量を気にせずに使い続けた光魔法は、もはや息をするくらい簡単に使いこなせるようになり、四肢をはじめとした欠損部位の代替として用いたそれは、今となっては微塵の違和感すらない。


 いや、それどころか通常の肉体に代わって、光魔法によって構成された、より強靭で、よりしなやかな四肢をはじめとした、多くの代替部品を得たことで、俺の肉体の動きは、俺の理想のイメージに追い付き、完全に上回り、置き去りにした。



 けれど───






○○○

 

 





「全力だッ!! 今から私はッッ!! 全力で貴様を消滅させるッッ!! 貴様を殺すのではないッッ! 貴様という存在をッッ!! その忌まわしい身体ごと消滅させるのだッッ!! 」


「はあ?」


「そうすれば貴様という男も静かになろう!! 茶番もこれで終わりだァッッ!!!」


「……」


遍く生を厭う者アイニカ》が絶叫を上げた。すると彼の頭上に極濃の暗黒が集まった。ソイツはより黒く、より大きく、脈動しながら急激な成長を果たした。出会い頭に見た、漆黒の球体は直径十メートルほどであったが、彼の頭上のそれは、ベコンベコンと偽王城の天井を破壊し飲み込む程に大きく、少なくとも直径十五メートルから二十メートルはあろう球体となった。

 しかし───


「全然なってねぇな」


 今ならわかる。

 あんなのはデカいだけだ。圧縮も足りてないし、中身はスカスカ。そんなんもんじゃ───


「俺は倒せない」


 三秒と少しあれば充分だ。


「【チャージ】」


 右手人差し指と中指とで銃口を作り、そこに光の魔力をこれでもかと圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮───


「これでもくらぇぇぇぇい!!」


遍く生を厭う者アイニカ》が咆哮を上げ、巨大な暗黒の球体を放った───それに合わせて俺も、ギッチギチの極限ギリギリまで光魔法を詰め込んだ魔力の銃弾を───


「《完全版光弾フルバレット》」


 ───解き放った。


「そんな小さな魔法で私に立ち向かおうだなんて、気でも触れたか!」


 加速した視界で、光の銃弾の軌跡が見えた。

 光弾が《遍く生を厭う者アイニカ》の漆黒の球体に接触───その瞬間───ボヒュウゥゥゥ……───間抜けな音とともに漆黒の球体、その莫大な質量は完全に消滅し───それでもほとんど減衰していない光弾が《遍く生を厭う者アイニカ》の胸部を貫き───


「ギャァァァぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その強靭強力な屍人の身体を完膚なきまでに消し飛ばした。






○○○






 復活した《遍く生を厭う者アイニカ》の表情に明らかな恐怖心が見えた。






○○○






遍く生を厭う者アイニカ》が恐慌に呑まれたのか、「うああああぁぁぁぁぁぁ」と情けない叫び声を上げ、特攻を仕掛けてきた。

 速いことは速い。けれどもあまりにも直線的過ぎる。俺は、そいつを冷静に《光収束コンデンサ》にて───


「あ、あ?」


 一閃二閃三閃四閃───と切り裂いた。バラバラにされたことに気付かずに間抜けな声を上げた《遍く生を厭う者アイニカ》が可笑しかった。






○○○






 ああ、セナ───

 センセイ───






○○○






「こりねぇなぁ」


 必死の形相になった《遍く生を厭う者アイニカ》のグミ撃ち───俺はそいつを全て打ち返してやった。


「ウグわあああぁーー!」


 自身で放った闇魔法を全身に浴びた《遍く生を厭う者アイニカ》は黒い爆炎に包まれた。






○○○






 ヒカル───






○○○






 全身はもう傷のついていない箇所はなく、通常ならば致命傷となる深い傷、その全ては光魔法で代替し覆い隠した。

 両の手足なんてとっくになくなり、今や光魔法で創った擬似的四肢が代わりを果たしている。






○○○






 じいちゃん、ばあちゃん───






○○○






 必死さからくる鬼のような形相で、《遍く生を厭う者アイニカ》が大剣を横薙ぎに振るった。そいつは俺の胴体を真っ二つに切り裂いた。コンマ以下の時間で俺は切断箇所を光魔法で接続した。


「───で?」


 俺が尋ねると、


「うおおおおおおおおおおおあおおぉぉぉぉ!!」


 彼は叫び声と共に、再び剣を上段に構えた。

 遅い。バックステップと共に上半身の力だけでグラムを投げ付けた。


「ドゥんッッッ」


 それは心臓部を貫き、《遍く生を厭う者アイニカ》はバタリと倒れた。トドメに《光収束コンデンサ》で消滅させた。





○○○





 ごめん、父さん、母さん───





○○○






 フランケンシュタイナーからマウントをとって光の拳でパウンドパウンドパウンドパウンドパウンドパウンドパウンドパウンドパウンド───《遍く生を厭う者アイニカ》は「やめ、やめ、やめあああぁーー!!」と悲鳴を上げて上半身を消滅させた。






○○○





 みんな───





○○○






 再び《遍く生を厭う者アイニカ》を上空へと放り投げた、闇の腕はもちろん光の腕で相殺し───すかさず俺も跳躍し空中で彼の身体をロック───パイルドライバーで脳天を地面へと叩きつけた。





○○○





 もう俺は、帰れないかもしれない。





◯◯◯





遍く生を厭う者アイニカ》の十の暗黒の腕を十一の光の腕で相殺───既に駆けていた俺は、するりと《遍く生を厭う者アイニカ》の巨体を登ると、肩車の様な姿勢から首に両足を巻き付け、勢いを付けて時計回りに回転し、首を捻り切った。






◯◯◯





 いったいいつまで続ければ───





◯◯◯




 何度目になるかの打ち合いだった。

遍く生を厭う者アイニカ》の闇の腕が俺の光の腕とバンバンドンドンと大気を震わせて衝突した。そいつは絶え間なく、鼓膜を揺さぶる破裂音を発生させた。《遍く生を厭う者アイニカ》本体にしても、俺を相手にうんざりするくらいに何度も何度も切り結んだ。


 この時点では、実力の天秤は既に大きく逆転し、俺の優勢であった。

 しかし、やはりと言うべきか好事魔多し。


「長きに渡る貴様との戦いに───」


遍く生を厭う者アイニカ》が宣言したと同時に俺の背後の地面から───ボコッ───地中に潜ませていた一本の隠し腕が急激な勢いで───回避は無理ッ───俺の心臓目掛けて───


「───ようやく終止符を打てるッッ」


 しかし、それは叶わなかった。


 ジジジジ。


《気》を迸らせた最後の式符が俺を護ったからだ。


「まあ、いい。まあ、いいだろう。聖騎士よ。その忌まわしくも邪魔なアイテムはそれで最後だろう? わかるぞ」


 俺は何も言えない。


「一度平静になってみればどうだ、私は無傷で、貴様はツギハギだらけ。どちらが不利でどちらが有利かは一目瞭然ッッ!!」


 俺は何も言えなかった。


「そんななりをしていても所詮貴様も人間」



 ああ───



「『瞬殺』などと舐めたことはもう言わない」



 ああ─── 



「私は貴様に敬意を評して、貴様が干からびて餓死するまでこの空間で付き合ってやろう」



 ああ、みんな───



「貴様が生きられるのは一週間か? 一月ひとつきか? それとも一年間か? 別に十年でも構わない。いずれにせよ、私にとってはほんの少しの些事に過ぎない。悠久の時を生きる私が、小指の先にも満たないほんの少しの時間、脆弱な人間である貴様に付き合ってやろうではないか!」



 最後に一目でも会いたかった───



「ん?」


 怪訝な顔で、声を発したのは《遍く生を厭う者アイニカ》だ。彼の視線の先を俺も見た。

 雑コラかと思った。空間から紅い刀身が浮き上がるように見えた。



「やっと、見つけた」



 何度となく聞いた鈴を転がすような、美しい声だった。

 紅い刀身はすっすっと豆腐でも切るみたいに動き、縦長の長方形を描いた。それを空間の背後から、か細く・・・も白い手が押すのが見えた。長方形はパタリと倒れ、溶けるように失せた。





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