第40話 続 聖騎士 vs《遍く生を厭う者》④

○○○




 俺と《遍く生を厭う者アイニカ》の戦いは、まさに死闘という言葉こそが相応しいものであった。



「───ガアァァッッ!!」


遍く生を厭う者アイニカ》が俺の光の腕を見るや、ビリビリと大気を震わせる雄叫びを上げた。すると彼の背中から無数の触手が飛び出した。禍々しい触手だった。そいつは触手同士で絡み合い、捻じれ、混じり合った。その結果より黒く、瘴気を放つ触手が誕生した───が、そいつもまた別の触手と絡み合うと、新たな触手となり───触手同士がそういった反応を何度も繰り返し、やがてあれだけあった触手は、光を逃さない完全なる黒の、コールタールを煮詰めたような粘性のある十の突起となった。それでも変形は終わらず───


「どうだ聖騎士?」


 俺を模したのか、《遍く生を厭う者アイニカ》の背には十の暗黒の腕が誕生していた。


 彼が俺に引導を渡さんと、圧倒的速度で十二の腕を振るった。

 俺も負けじと二刀と二拳を以て迎え撃った。

瞬動アウトバーン》の連続掛けで《遍く生を厭う者アイニカ》の攻撃をいなした───


「見た目だけかよ! そんなんじゃ俺は倒せねぇぞ!!」


 俺の四本の腕と、彼の十二の腕。

遍く生を厭う者アイニカ》の十の暗黒の腕による攻撃は蛇のようにしつこく、何度破壊しようが瞬時に復元を果たした。

 今は拮抗していてもこのままじゃジリ貧だ。

 均衡が徐々に傾き始めた──けれど、それが何だと言うんだ。


「負けてたまるかよッッ!!」


 俺は光魔法で、五、六、七、八、九本目の腕を追加し、


「これでも足りねぇか!!」


 さらに、


「足りねぇんなら増やせば良いッッ!!」


 十、十一、十二、十三本目の腕を顕現させた。


「ラッシュ比べが好きなんだろ? できらぁ!!」


 もはや彼の腕の数十二を超える───十三もの腕で高速の連打を叩き込んだ。

 闇の腕と光の腕が互いに衝突し、バンバンバガバガと大気を揺るがした。

 ラッシュの均衡───その隙を逃さず、超加速した俺の二刀が、《遍く生を厭う者アイニカ》の剣を受け弾き、肉体を切り裂いた。


「こっちはお前と違ってやれるとこまでやるしかないんだよ」


遍く生を厭う者アイニカ》の復活のインターバルに、急いでポーションを飲み下した。





 状況は依然として拮抗していた。

 けれど、数時間も経たない内にポーションが底を突いた。


 もはや回復の手段は失われ、戦闘の継続によって確実に負うであろう傷は、これからは治ることなく増え続ける。

 するとどうしたって身体に支障が生じ、戦闘のパフォーマンスは落ちてしまう。

 これはもう負のスパイラルだ。

 行き着く先には確実な死が鎮座して待っている。


 ならば───ならばどうすることが正解か───


 考え続けた俺の脳裏に、再び何かが過ぎった。

 それこそが、何よりも恐ろしい───






○○○





 そこから先、どれほどの時間が経過したか俺は知らない。





○○○





 ギザ刃の大剣が俺の右肩の肉を大きくこそぎ取った。神経がどうかしたのか、肩が上がらなくなった。

 動作に支障の出ないように、光の粒子でそこを覆った。

 肉体と遜色のない働きをさせるべく光の粒子で擬似的な身体のパーツを創り、それをあてがったのだ。





○○○






遍く生を厭う者アイニカ》が俺の二刀のグラムに狙いを定めた。俺は気付かずにまんまと策にハマった。


 クロスしたグラムと《遍く生を厭う者アイニカ》のギザ刃の大剣が鍔迫り合いとなった。それこそが彼の望んだ状況であった。暗黒の腕が俺の光の腕の隙間を縫うように、二刀のグラムの刀身を横から思い切り殴打した。俺は堪らずに二刀から手を離してしまった。


遍く生を厭う者アイニカ》はその好機を逃すような生半可な相手ではなかった。大剣による───ではなく、速度を付けた左手の抜き手が俺の腹部へ向けて放たれた。何とか避けるも、完全には避け切れず、俺の横っ腹を深くごっそりと抉り取った。


 俺は、通常なら致命傷とも言える流血箇所に手を当て、光魔法で創った代替パーツをあてがった。





○○○





 しばしの拮抗の後、《遍く生を厭う者アイニカ》の暗黒の多腕の先端、その全てが鋭利な刃物のような姿となった。

 永遠に続くような突きが始まった。俺も背中の十一の光の腕で受けるも、それは悪手であった。光の腕はバッサリと断ち切られたからだ。復元し体勢を立て直すためにも距離を取ろうと後ろへと下がるも、暗黒の腕は非常に鋭く、最後の一撃をかわし切れず、俺の右耳が吹っ飛んだ。


 どばぁと出血したが、耳殻部であったため聴覚にさしての支障はないと判断し、傷口を光の粒子で覆うに留めた。


 俺の状況を待たずに我が意を得たりと、得意気な顔をした《遍く生を厭う者アイニカ》が再び、身体から十の鋭利な腕を発射した。けれど、今度は問題はなかった。


 十一の光の腕に、これまでに溜め込んだ《伝説話級レジェンダリィ》の武器を装備させ、迎え撃ち、完膚なきまでに磨り潰した。





○○○





遍く生を厭う者アイニカ》の剣に重さが増した。

 幾合か剣を交わすも、斬撃を流し切れずに、右手の小指と薬指が削り飛んだ。

 深刻な欠損であった。戦闘に支障が出ると判断し、相手の攻撃を避けながら、瞬時に光魔法によって創った擬似的な小指、薬指を欠損部位にあてがった。


 俺の負傷を察知し、油断し手を止めた《遍く生を厭う者アイニカ》に二刀のグラムを当て───超加速───その身体を四分割してやった。

 





○○○






「何ボケっとマヌケつら晒してんだよ?」






○○○






 俺の超加速した蹴りと《遍く生を厭う者アイニカ》の蹴りとが衝突した。結果は相打ち。接触部位であった俺の右足の足首より下が折れて千切れてぽーんと飛んでいった。

 俺は溜め息をきながら、光魔法で欠損した足を創り───間髪入れずにその復元したばかりの足を軸にし、光魔法を存分に込めた拳でレバーブローを叩き込んだ。


「ぅ、ぐおう」


 へぇー、屍人グールでも肝臓への攻撃が効くんだな。

 さらに追撃の連打。ぐちゃぐちゃになるまで打撃を叩き込んだ。

 

 





○○○






 チュンチュンチュンチュン───

 闇魔法のグミ撃ちが始まった。 

 俺も《光時雨レイン》にて対抗し、光魔法と闇魔法との正面衝突と相成った。


「グゥ……オオオォォォォォォォォォォッッッ!!」


 苦悶の声は《遍く生を厭う者アイニカ》のものだ。

 押し切れるか───俺は《遍く生を厭う者アイニカ》の放った無数の黒い玉を超える数の《光時雨レイン》を放ち相殺───さらに飛び込み一閃───内部に《光収束コンデンサ》を叩き込み爆散させた。


 グミ撃ちの際に相殺仕切れず、右脚大腿部を貫き大きく穴を開ける一撃があった。

 すかさず手を当て、負傷した箇所を光魔法で埋めて覆った。







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「笑えよ」







○○○






遍く生を厭う者アイニカ》の十の暗黒の腕がしなった。

 完全な不意打ちだった。

 しなった腕から無数の黒い針が放たれた。

 初動が遅れ、避けて弾くも、その全てを捌き切れず、その内の一つが俺の左眼を傷付けた。

 仕方なしに手を当て、光魔法で傷を埋め、超加速した腕で力いっぱいグラムを投げつけた。


 全く反応出来ない《遍く生を厭う者アイニカ》の頭部へとぶっ刺さり、


「ブウおッッ!!」


 奇声を上げた巨体もろともそのまま背後の壁へと突き刺さった───それ以前に地を蹴っていた俺が飛び掛かりもう一刀のグラムを突き刺した。


「死んどけ」


 大量の光魔法を流し込み《遍く生を厭う者アイニカ》は爆散したのだった。






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 左脚の感触が気持ち悪かった。

 さきほど《遍く生を厭う者アイニカ》にバッサリと切断され、さらには消滅させられてしまった。だから今ある左脚は光魔法で形成されたそれであった。


 どこか慣れないふわふわとした感触ながらも、床をしっかりと踏みつけると、俺は再び《遍く生を厭う者アイニカ》に迫り、再び蹴りを放った。《遍く生を厭う者アイニカ》も負けじと蹴りを放ち、再度互いの蹴りが衝突した。


 前回は相打ちであったが、今回は俺の勝ち。完全に叩き折ってやった。けれど、そこで手を止めるつもりはない。

 俺はするりと低い姿勢を取り、《遍く生を厭う者アイニカ》のブラついた脚を引き千切り投げ捨てた。重力に従い沈みいく巨体。その勢いを利用し目に入った彼の腕を身体をいっぱいに使い思いっ切り捻り切って、ぽいと放り捨てた。


 彼が怯んだ。その隙に、十三の腕でラッシュを叩き込み、《光収束コンデンサ》で燃やし尽くした。





○○○




 散々好き放題やってきたくせに、《遍く生を厭う者アイニカ》が今更表情を変えて後ずさった。

 それがおかしくて俺は言ってやった。



「さっきまで得意気に笑ってたろ? もう一回笑ってみせろよ」


 




 

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