第28話 アンジェリカ・オネスト②
○○○
アンジェは俺の手を目にし、しばし逡巡したが、ついにそれを掴んだ。
そこで彼女は、先程以上の大粒の涙を流しながらも何とか嗚咽を堪え「ごめんなさい」と謝罪を繰り返した。
そいつはいらないって言ったろ、とは言わなかった。というより言えなかったというのが正解か。
「アンジェ、時間は掛かるけど、またよろしくな」
その代わりに俺は、何とか、そう言ってみせた。俺の返答についに耐えきれなくなったのかアンジェが声ならぬ声で、ひっくひっくと声を上げて泣き、それでも何とか「どどじぐべぇ(よろしくね)」と答えた。彼女をよっこらせと引いて立ち上がらせると、自然と俺にしがみつき、抱き合う形となった。仕方ないんだ、これは仕方ないんだと自分に言い聞かせ、彼女を落ち着かせるためにも、背中を叩いてなだめた。
しばらくそうしていた彼女だったが、徐々に我に返ったのか、袖で顔を拭きながら、あたふたした表情を浮かべた。
「俺は大丈夫だから、プルさんのとこにいってやんな」
アンジェに何も気にしていないことを見せるためにも、俺はそう提案した。けれどアンジェはそれには頷かずに、意を決したように俺に問うた。
「イチロー、ごめんなさい。厚かましいと思うのだけど、一つだけ、聞かせて欲しいの」
「なんだよ」
「今の貴方の側に一番近いのは、私達三人を叩きのめした、白い女の子、であってる?」
あー、あれね、衝撃のバトルだったわ。
式符セナと三人との戦いは───ってあれ? あのときのセナは確か───いや、そんなことより、
「そうだ。死にかけた俺をずっと支えてくれたのは彼女だ。俺は、彼女を愛してる。それははっきりと言えるよ」
その答えに、彼女は、「わかってた、わかってたの……」と呟いた。するともう一度、目元を拭うと、腫れぼったい目で、それでも微笑んでみせた。それが、痛ましかった。
「イチロー、答えてくれてありがとう。じゃあ、私は今からプルさんのとこに行くわ」
アンジェはそう言うと、俺達に背を向け、後方で大勢を労うプルさんの方へと向かったのだった。
「泣いてんじゃん」
いつの間にか俺の隣にいたオルフェが言った。
「ああ、そうだな」
「見てよ、袖でぐしぐし顔拭いてるし、ボロ泣きよ、アレ。あー、こけてんじゃん。どうすんのよ色男さん」
「うっせ。俺にもわかんねぇ。人間にはよ、誰にだって、どうしていいかわからないことがあるだろ」
「まあ、そうね。確かに、貴方の言う通りね。悪かったわ、余計なお世話焼いちゃって」
オルフェが俺の顔を伺った。先程の戦いでは大量の
「それより、約束は果たさないとな。『どっかで会ったことないか』って俺に聞いたよな。会ったことはねぇな」
オルフェの眼光がやけに鋭くなった。
「あのねぇ、そんなことが聞きたくてわたしは───」
やべーよ! やべーよ!
これはどう見ても
「待ってくれよ、話はまだ続いてる。オルフェと会ったことはないけど、多分オルフェが俺を見たんだと思う。何かそんな話を耳にしたことがあるぞ。俺達の訓練を『S級探索者のオルフェリア』が見学してたってよ」
「───いつ? いつ頃よ? というか訓練? それって誰とした訓練なの?!」
何をこんなにも興奮してるんだ?
ガチャで神引きしたときみたいな興奮の仕方じゃねぇか。
「あー、半年以上前に、《刃の迷宮》近くにある街───名前はなんだっけ? まあ、それはいいか───」
「サンガフよ。《刃の迷宮》近くの街の名前は」
「お、おお、俺はそこで弟子と修行しててよ、後から聞いた話では、そのときの見物人の中に、オルフェ───君がいたって話だ」
ガッツポ!!
オルフェが涙を流して両拳を突き上げた。
コロンビア!! とか言いそう。
というか、
「さっきから何なの? 話が見えなくて、何だか怖いんですけど……」
「わたしはね、《
脳筋はこれだから、困る。
自分の中だけで、話を完結させてしまい、こっちの理解度に関係なく話を進めてしまう。
「イチロー、是非、わたしと剣を交わしてください」
彼女───オルフェリア・ヴェリテが俺へと頭を下げた。
○○○
後悔のない人生なんてものがあるのなら、一度はお目に掛かりたいものだ。
最後までみんなを信じていれば良かった。
竜宮院をしっかりと問い詰めていれば良かった。
彼女達との結末に怯えることなく、伝えられる内に、ちゃんと気持ちを伝えれば良かった。
言い出したら、キリがない。
俺は、いつだって後悔してばかりだ。
だからこそ、次は絶対に───
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