第25話 わたしがいる / 超龍決戦(終)

○○○



 液体龍人ドラゴニュートを《光収束コンデンサ》でバラバラにし、大急ぎで彼女達の元へ走った。


「何やってるんだッッ!!」


 プルさんが叫んだ。それに対しアンジェリカは捨てられた子供の様な顔を向け、涙を浮かべ嗚咽を漏らした。けれど今は、そんなことよりも───この魔力の高まりを一刻も早く止めなければ、


「このあほーーーー!!」


 俺は堪らずに自爆寸前の彼女の頬をぶった。

 アンジェリカはどう、と倒れて、びたんと地面にへばりついた。


「アンジェぇぇぇーーーーー!! というかイチローくんッッ!! 何をやってるのぉーー!!」


 身体が勝手に動いてしまった……。

 やってしまった……。

 けど、それよりも……どうして二人揃って自爆しようとするの!?

 この二人はやっぱり親子なのだ。

 行動パターンが同じ過ぎる。


 地面に伏せたままのアンジェリカが濡れた瞳を俺に向けた。

 ようやく我に返った俺は、そこで思い出した。


「《ナルカミ》は!? 《ナルカミ》は大丈夫なのかっ!!」


 そのときちょうど、三つ首龍の上空では、パリパリ、パリリというしょっぱい音と共に、積乱雲が綺麗さっぱりと消え失せた。


「おお、もう……」


 無意識の言葉がこぼれ落ちた。


「頑張ったけど、さすがに、これで術を維持するのは、無理……」


 アンジェリカは立ち上がれずに、顔だけこちらに向けて言った。まるでお前のせいだと言わんばかりのプルさんの視線がバシバシと俺に突き刺さったが、もはやどうしようもないので、俺は気付かない振りを決め込んだ。


 あーこれからどうすっかー、と思考を割きつつも、雷から開放されてギャースカ喚き散らす三つ首龍が爆速で回復し始め、うんざりした。


「プルさん、これまで、ごめんな、さい。帰らなくて、ごめんなさい。やくそく、したのに」


 アンジェリカが何とか起き上がると、プルさんに謝罪を告げた。

 そして、彼女は俺を見つめ、

 

「イチロー」


 俺の名を、呼んだ。


「イチロー、イチロー、イチロー───」


 そして何度も噛みしめるように、彼女は、俺の名を呼び続けた。

 彼女が俺のことを下の名前で呼んだのはいつぶりだったか。

 まさかアンジェ、俺のことを思い出したのか……?


「───イチロー」


 ポロポロと涙をこぼし、それでも彼女は俺の名前を呼び続けた。声すらも濡れていた。

 俺の胸に去来したこの感情が、単なる感慨深さなのか、何なのか、もはや俺にはわからなかった。けれどそれは彼女も同じ気持ちなのかもしれなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになって、胸が掻き乱されるような感情には、どうしたって名前をつけられない。

 そういった感情が確かにあることを、俺は痛いほど知っている。


 けれどそれよりも、だ。

 目の前の脅威を取り除かないといけない。

 それに俺は───


「アンジェリカ。頼みたいことがある。

 ここから、もう一度やれるか?」


 俺は彼女に尋ねた。


「けれど……もう、魔力が───」


 彼女に弱音は相応しくない。

 いや、違う。俺は彼女にそうあって欲しかった。それが理想の押し付けであることもわかっている。



 ───イチロー! バカ達はほっといて行くわよ!



 けれど、かつて自らの力でもって、確固たる自己を築き上げた彼女を、俺は心から尊敬していた。そうだ。彼女は、こんな所で立ち止まる人間ではない。


 だから俺は、


「魔力なら俺が、いくらでも、どれだけでも工面してやる」


 いつだって、


「俺を信じろ」


 俺に出来ることをやるだけなのだ。

 



○○○




 再びアンジェリカが俺との間に《魔力回路パス》を結び、引き続き、《ナルカミ》の発動に取り掛かった。


 ちょうどそのとき、オルフェが獅子奮迅の活躍を見せ、全ての液体龍人ドラゴニュートを文字通り完全に消し去り、こちらへとやってきた。


「どうなってんの? 雷の魔法も消えちゃうし───っていうか、それよりも、ねぇ、イチロー、わたし達、本当にどっかで会ってない? 絶対にどっかで会ったことあると思うんだけどなぁ」


 この、緊張感死んでんの?!

 そんな会話をしてる場合じゃないだろ、この脳筋!!


 背後では、元気いっぱいにはしゃぎ回る三つ首龍が、身体をボコンボコンボコンと波打たせた。あっ夢でみたやつだわこれ! 変形する兆候じゃねーか!


 なのに「んー?」と視線を上にやり、左手の親指人差し指で作った鉄砲を顎に添え、頭を悩ませるオルフェ。

 名探偵さながらのポーズであるが、そろそろ俺はこの娘が何も考えていないことに気付きつつあった。


「イチロー、アンジェが準備を終えたぞ」


 プルさんが俺に伝えた。

 そのタイミングで《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が四つ首龍へと進化を遂げた。

 のモンスターの液体の身体には《魔剣ニーズヘッグ》がぶっ刺さったままである。なのに、



「「「「ウゥゥゥゥギャグルオオオォォォォォォォォォォ!」」」」



 四つの首と両腕をハチャメチャに振り回して咆哮を上げている。そんなものお笑い草でしかない。

 いくら強い龍とは言え、剣がぶっ刺さった格好で吼え散らかしたところで、カッコなんてつくわけない。それどころかみっともないったらありゃしない。


「アンジェリカ、心配はいらない。出力を最大に上げろ」


 俺の言葉に、彼女が、頷いた。


 そしてついに、四つ首龍の全ての首の口腔が光り始めた。

 これは、あれだ、滅びのスターバーストなんたらかんたらみたいなやべー光線の出るやつの前段階だ。しかも残念なことに、四つの口、その全てがこちらに向けられている。

 しかしなんだ……あー、いきなりこれがくるかぁ……。

魔力回路パス》を結んだ状態で、《光忘却オブリビオン》───いけるか? っつうかやるしかないだろう。



「あー、オルフェさんや、敵さんからめちゃくちゃやべー光線が出るんだわ。プルさんと二人はちょっと後ろに逃げた方が良いかも……」


「逃げる?───その必要はない」


 俺の警告なんてなんのその。

 前方のオルフェは、背をこちらに向けたまま振り返った。彼女が不敵な表情でまたもやシャフ度を決めた。


「一度だけなら私が何とかしてみせる」


「なら───」


「ただ、二度目はないから」


「それで、構わない。一回でケリをつけてみせる」


 俺のお願いに、彼女はこちらを向くことなく頷いて了承した。


「戦いが終わったら、どこで君と会ったのか答えるからさ」


「絶対よ。約束だからね」


 オルフェは双剣を構えて、再び最前線へと駆け出した。


「《流転:Yangヤン》」


 彼女が呟くと同時に、四つ首龍から吐き出された光線が合体し極太の光線になって放たれた。

 これまで見てきたモンスターの攻撃の中でも、圧倒的な破壊力を誇る光線であった。けれどそんなものどこ吹く風か、オルフェがクロスした双剣を振るった。



「《ヴォイド》」



 一瞬、キィィィンという鼓膜を刺すような音が聴こえた───と思った直後、あれだけの大きさの光線が跡形も無く消え去っていた。チン───オルフェが双剣を鞘へと仕舞った。


「あとは任せたから」


 マジかよ。

 あの光線をこんなにあっさりと……。

 オルフェは有言実行で、最高にクールなやつだと再認識させられた───それなら、


「次こそは俺達の番だ!!」




○○○




 本日、三発目の《ナルカミ》が、四つ首龍へと直撃した。

 またかという怒りを龍から感じたが、魔力消費もへったくれも考えず、威力のみを追求した最高出力で放たれたいかづちは、完全に龍の行動を阻害し、その場へと縛り付けた。


 苦悶の声すらだせねーでやんの、やーい、やーい、ばーか、ばーか! お前の母ちゃんでーべーそー! などと心中で龍を小馬鹿している最中さなかも、マジックポーションがぶ飲みでほぼ満タンになったはずの俺の魔力がとんでもない速度でガンガン目減りしていた。





 俺は、セナとの訓練を思い出していた。

 彼女は体外から自然のエネルギー───《気》と呼ばれる超常の力を取り込み、己の力となす。


 セナ曰く、自然の《気》は『どこにでもあってどこにもない力』というトンチのような力であった。


 彼女から、教えられた本来の《貫通拳スティンガー》は、100%の《気》を用いて行う技であった。また、彼女の指導も、まさにそういったことを可能にさせるものであった。


 しかし、功夫が足りないのか、俺には体外の《気》を取り込み、己の力とすることがどうしても、出来なかった。



 けれど今から俺は、そいつをぶっつけ本番で成功させなければならない……いや違うな、成功してみせるんだ。


 まずは、セナの教えを反芻する。

 呼吸や心拍数、体内の血流に意識を張り巡らせ、瞑想と興奮の境界へと己を追いやる。

 そして、体内体外の意識を消し去り、己を自然と一体化させる。

 さすれば《気》を思うままに扱えるのだと───


 彼女は、呼吸と、意識の有り様こそが、最も大事だと言っていた。だから俺は、


 意識を、もっと深く───

 もっと深く───

 深く───


 万物は同じ道にあり。

 困難は、困難にあらず。

 為す為さぬは隣人である。

 為せる為し得ぬに垣根はない。

 常に心は平静で、されど熱は失わず。


 その心境こそが真理であり、

 その域に到達することこそが、極意なのだ。 


 焦り逸る心を押し付ける、押し付けた心を解き放ち、解き放たれた心をなだめ、なだめた心を焚き付ける、焚き付けられた心の背を撫で、背を撫でられた心をけしかける、けしかけられた心を───



 ふと、そのとき。

 俺の背に、小さな手が当てられた。

 残る三枚の式符の内の一枚から現出した───セナであった。


 彼女が、俺の背に当てた手の平から、彼女の心が伝わった。


 ───大丈夫、イチロー。


 彼女は、いつも俺を甘やかし、支えてくれた。


 ───あなたなら絶対に出来るから。


 そして彼女は、絶対に俺に楽をさせてはくれない。


 ───だから、イチロー、


 だから俺は、


 世界が、姿を変えた。


「イチローくん……? 何だい……そのデタラメな《力》は」


 プルさんが、あ然とした表情で、俺へと問うた。


「プルさん、スゴイでしょう。ようやく成功しました。後で褒めてください」


 もう、大丈夫だ。

 これは確信を超えた絶対だ。


「俺達は負けねーよ」


 セナ達の言う一つの極地に到達した俺。そこからさらにもう一つ。体内に取り入れた《気》を瞬時に《魔力》へと変換させた。


 変換効率は決して良くはないが、そんなものを無視してもお釣りが返ってくるくらいの莫大な量の《気》が体内に溢れ、それのみならず現在進行系で体外にある《気》が己が内に吸収されているのを感じる。

 感謝を述べようと振り返ると、彼女はもうおらず、地に落ちた彼女謹製の札が、光の粒子となり消えた。



「アンジェェェェェェッッッ!! 魔力ならあるッッ!!

 いくらでももってけぇぇッッ!! だから最高最大出力でッッ!! 目の前の化け物を一撃で葬り去ることが出来る威力で頼むッッッ!!」



 俺が言い終わるのが先か、それとも───


 四つ首龍の上空の積乱雲が、かつてないほどに重く鈍く、全てを吸い尽くすブラックホールのような黒い、大きなものとなった。それでもその成長は留まらることを知らず、このバーチャス戦線一面を覆い尽くすほどに巨大なものへと変貌を遂げた。


 ドォンドォンドドォン!!

 この世界の生命であるならば、絶対に恐怖心を抱くであろう轟音が絶え間なく響き、それと共に強烈な稲妻が、何本も、何本も何本も、間髪入れず、何本も、《魔剣ニーズヘッグ》を通して、何本も何本も四つ首龍を貫き続けた。煙が上がろうとも、悲鳴をあげようとも、もがこうとも、貫き、貫き、貫き続けた。

 それでももはや稲妻の勢いは収まることはなく、ついにその威力は、四つ首龍の体表の魔力耐性を完全に上回った。


《魔剣ニーズヘッグ》を通り道として積乱雲と地とで結ばれた直線的なスパークは、破壊的な威力によって、四つ首龍の体表のあらゆる部分を貫き続ける平面的なものとなった。その姿はもはや巨大な光の絨毯であり、目も眩むような光量で、俺達を延々とを照らし続けた。


 どれほどそうやっていたか……その幻想的ともいえる光景が徐々に消え去ると、最後には巨大な鈍色の積乱雲だけが残されていた。それこそが青空を遮り、暗闇を創り上げ、世界を支配していたものであった。

 しかして、やがては積乱雲も消え去り───世界に完全なる光が戻った。


 もはやそこには、四つ首龍の姿はなく、それどころか、このバーチャスの地から、あれだけ存在していたフォグの気配が消え失せていた。



「俺達の勝利だッッッ!!!」



 俺は、腕を掲げ、勝利を告げた。

 後方から「わぁ」と喝采が上がった。

 するとプルさん、オルフェ、アンジェが俺へと飛び掛かった。

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