第21話 光を
◇◇◇
二人は出会い、多くの時間を共に過ごした。
もちろん彼らの関係が最初から、良好だったわけではない。
一人は心に傷を負った孤独な少年で、片やもう一人はこれまで友人のいなかった赤髪の少女であった。両者共に距離感に悩み、ぎこちなくともそれは不思議なことではなかった。
しかし、多少の距離はあれども、赤髪の少女の飛躍のために、二人はどぎまぎしながらも、適切な距離感を掴むべく、お互いに歩み寄り、研究を重ねた。
◇◇◇
そんなある日のこと。
この頃になると二人の距離はより親密なものとなっていた。
日夜繰り広げられる、少女との研究は少年の心をくすぐった。
あれも出来るんじゃないか。これも出来るんじゃないか。
少年が提案すると、少女のテンションは一気に最高潮となり、目を煌めかせ少年に抱きついた。
少年は、当たってる、当たってるんだよと、羞恥心でいっぱいだった。
訓練するときも、学ぶときも、研究するときも、二人はいつも側にいた。少年が彼女を必要な存在だと感じるまで、そう時間は掛からなかった。
◇◇◇
部屋の扉が開けるとベッドに赤髪の少女が寝そべっていた。
赤髪の少女は「おそーい」と頬を膨らませたが、少年が、屋台で購入した肉の串やフルーツを机に並べると「やるじゃない」と指を鳴らした。
少年は感慨深く思った。
出会った当初はどこかぎこちなく、張り詰めた表情の彼女であったが、今ではゆるっとした表情を見せてくれた。
ただ、距離感を間違えているのか、少女の接し方に、身体の接触がやけに多いことに懸念を懐いてはいた。
少年は心の中でネンブツなる謎の文言を唱えて、己を戒めていたのだった。
◇◇◇
それはまたいつかの夜だった。
「ねぇ、次はどんな魔法を開発しちゃう?」
ベッドに寝転んだ赤髪の少女が少年へと尋ねた。
「んー、それだよ。ちょっと悩んでるんだよなー」
「そんな難しく考えなくても大丈夫よ! ほら、私達二人って最強コンビじゃない? だから、どんな魔法ですら再現出来るに違いないわ!」
少女が起き上がりガバっと両手を広げてみせた。
「なら圧縮も上手くいったし、次は───」
「次は?」
もったいぶった少年の言葉に、少女はゴクリと喉を鳴らした。
「合体魔法───かな」
赤髪の少女は、いつも少年から話される突飛で想像もつかないお話が大好きだった。
「合体魔法ってのはな、二人以上の魔法を合体して放つ魔法だよ」
「なにそれ!! 私達にぴったりじゃない!!」
やろ! すぐにやろ! と少女はベッドから飛び降りた。
普段のクールなイメージににそぐわぬ、無垢な彼女に、少年は己の心が温かくなるのを覚えた。
このとき少年は、赤髪の少女に対し、手の掛かる妹みたいだと思うと共に、最高に気が合う親友だと感じていた。
◇◇◇
「あのさ、私最近ホントに楽しいんだ」
浮かない顔の少女が呟いた。
少女は、独白するかのように心の中を曝け出した。
自身に友達がいないこと。
少年と過ごす時間が、最高に楽しいこと。
そして───
己が頑張るのは、これまでに己を馬鹿にしてきた人達を見返すためであったこと。
自分を見つめて、それを曝け出すことは、ときに何よりも怖く、何よりも難しい。
それなのに、少女は己の心の、もっとも触れたくない闇を曝け出してみせた。そして己は軽蔑されるべき人間であるとポツリと溢した。
すがるような、泣きそうな少女に少年は心から否定し、
「俺だって同じだ」
己の心を晒してみせた。そして、
「俺だってお前に救われたんだ」と賢明に返し、
少年は涙を流した。
少女は胸を突く衝動のままに少年を抱き締めた。
互いに、それまではっきりと語ることのなかった己の過去を、夜通し語り明かしたのは、その日だった。
またそれは、少年にとって、妹のような、親友のような存在であった少女が、唯一無二の存在になった日でもあった。
◇◇◇
楽しかったな。毎日が楽しかった。
◇◇◇
上級魔法を遥かに凌ぐ魔法を創り上げ、相棒もいる。
めっきりと自信がつき、外でも明るい表情を見せるようになった少女。二人で街を歩いてると、無粋な声を掛けられた。
少女の学園時代の同級生であった。
彼ら彼女らは、赤髪の少女を散々くさしたが、当の少女はどこ吹く風であった。
少年はその光景を見て「もう大丈夫」と大きな悩みが一つ消えたのを実感したのだった。
◇◇◇
彼の眼差しはいつも温かく、愛情に満ちていた。
◇◇◇
少年が赤髪の少女を「アンジェ」と呼んだ。
たったそれだけのことで、胸が温かくなった。
赤髪の少女が少年を「イチロー」と呼んだ。
たったそれだけのことで、何でもやれる気がした。
◇◇◇
そうだ、イチロー───
イチロー、イチロー、イチロー、イチロー───
彼は私の特別だった。
私は、彼と共に創った多くの魔法を称して、《
貴方さえ私の世界にいるならば、私はもう何もいらない。
思いのたけを込めて、願いを託して、私はその名を付けた。
貴方が、私の光だった。
そのはずだったのに───
◇◇◇
《光の迷宮》から街に戻った四人。
イチローに身体の具合を尋ねるも、ポーションで傷を治したと答えた。けれど死闘の疲れは抜け切れておらず、立っているのもやっとの有様であった。
それなのに───
彼の前で、赤髪の少女が、勇者を名乗る男の胸へと飛び込み抱き締めた。
少女は目尻を下げて、勇者を見上げた。
「─────お願いしますね、勇者様!」
彼女は媚びるような声で伝えた。
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