第20話 ぬくもりを

◇◇◇






 エルフの中でも一際美しい女性が、とある食堂の夫婦に頭を下げた。だからといって真面目に相手にされることはなく、にべもなく、しっしと手を払われ追い払われた。




 エルフの女性はめげずに食堂に通い詰めた。

 何度となく断られても諦められなかった。

 彼女は、粘り強く交渉し、客で来るなら構わないだろと食堂に顔を出すことに成功した。




 暇を見つけては食堂に顔を出すも、経営者夫婦のガードを崩すことは難しく、赤髪の少女に話し掛けるチャンスは得られなかった。




 それまで少女の保護者代わりであった夫婦が痛恨のミスを犯し、彼女に話し掛けるチャンスが訪れたことが自身の部下より伝えられた。部下には継続して少女を見張るように命じた。



 そんな少女がグリンアイズに訪れ、あろうことかギルドに足を運んだ。図らずともこれ幸いに声を掛ける機会がやってきた。


 自分は出来る大人に見えているか?

 断られるんじゃないか?

 断られたらどうしよう。

 エルフの女性の緊張は彼女の口が渇くほどであった。





 ついに、少女へと声を掛けた。

 エルフの女性の誘いに、少女が尋ねた。


「どうして───」


 どうして私なんかを選んだのか……少女が最後まで言葉にできずとも言いたかったことが手に取るように理解できた。

 その言葉にはこれまで少女が歩んだ人生が表れていた。

 愛情を貰えず、自尊心を育まれることなく育ち、己を信じられなくなった者の言葉だった。

 そう考えたら、ずっとずっと少女と話せるならばと、考えていたセリフが散り散りになって消えた。


 それでも「それは君が将来大物になるからだね」と彼女は何とか応えてみせた。

 確かに、それも一つの理由であった。

 しかし、彼女はそのとき、目の前にいる赤髪の少女を一人にしてはいけないと、強く思ってしまったのだった。





 それから二人三脚の暮らしが始まった。

 生活は全てが順風満帆とはいかなかった。

 彼女を引き取ったことで生じた、貴族との政治的やりとりは面倒であった。また少女にはそのことで不便を強いることにもなった。


 また、初級魔法使いと揶揄された少女が、苦しい目に合っているのを、どうしても助けることが出来なかった。

 強い無力感を覚えることもしばしであった。


 少女が聖騎士の少年と共に過ごすようになり、己と過ごす時間が減ったことに、やけに寂しさを覚えた。


 少女の才能が開花し、それを目の前にしたとき、威厳を損ってはいけないと、涙をこらえるのに一苦労であった。


 けれど、二人での生活は苦労だけではなかった。そうだ。少女との生活は楽しかったのだ。

 少女と過ごす、一瞬一秒が掛け替えのないものだった。単なる喜びだけでなく、苦労も困惑も寂しさも、そのいずれもが、エルフの女性にとっては───




 だから、その日、エルフの女性は、一大決心すると共に、少女へと、告げた。





◇◇◇





 ───お前の気持ちがそのときも変わらないのであれば、『エン・ダイナスト』を名乗れ





◇◇◇






 ああ、どうして私は、






◇◇◇




 エルフの女性は、帰らない少女を思い、手紙をしたためては、机へと放り込んだ。


 少女が戻らないことに、あのときの約束はたがえられたのだとおもてを伏せ、涙を流した。




◇◇◇





 このとき自分は何をしていたか───





◇◇◇





 その日、失意の女性が、少女の愚行を耳にした。

 彼女は、少女の犯した罪は、己の罪だとし、自らの身命を賭して償うと、固く決意した。





◇◇◇





 ああ、





◇◇◇





 二度と会えぬだろう父母への手紙を蒼焔で焼き払った。




◇◇◇






「プルさん───」


 気が付いたときには、私は彼女の名前を呼んでいた。

 触れた手の平から伝わった、確かにそこにいる彼女に、赦しを乞うように、すがるように、その温かさを目印に、私は彼女という存在を、求めて、求めた。





◇◇◇





魔力回路パス》を通した魔力の借用は、均等にいかなかったのか、それとも二人の魔力量に大きな差があったのかは、不明であったが、《魔剣ニーズヘッグ》の操作に必要な魔力を除き、プルミーの魔力量の低下は危険水域へと到達した。


 それを察知した、聖騎士が声を上げた。


「プルさんの《魔力回路パス》からの供給を一度止めろ!! 足りない分は俺からもってけ!! 俺の魔力ならまだまだ余裕がある!!」


 我に返ったアンジェリカは彼に従った。






◇◇◇

 





  

 そして───さらに勢い良く私へと彼の魔力が注がれた。注がれたのはもちろん魔力だけではない。


 目を背けたかった。

 けれど私は知らなければいけない。


 それがどれだけ、酷い真実であり、己の罪を突き付け、曝け出させるものであったとしても、私には───今の私には、その全てを知る義務があった。






◇◇◇




 それは少年の出会いと、別れと、孤独の記憶であった。


 赤髪の少女と出会った少年は、当時孤独に喘いでいた。そんな己の苦境にも関わらず、少年は赤髪の少女へと手を差し出してみせた。

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