第19話 魔法使い⑥ / 超龍決戦⑤

◇◇◇



 聖騎士ヤマダが私達へとぐるりと視線を向けた。


「よしっ! これからあの化け物討伐の最終フェイズに入るっ! そのための準備は終わった!!」


 プルさんによる、後方への指示も終えている。

 眼前の龍に効果のある上級火魔法を使える者は、プルさんの合図に従って一気に放つこと、それができない者はフォグ討伐の方を優先しろということであった。


「今度こそあの化け物を仕留めるぞぉーー!! チーム《聖騎士の屑パラディンズダスト》!! 《電撃作戦ブリッツ》の成功を願ってーーー! えいえいおーーー!!」


 彼は私達を見渡すと、一気に拳を突き上げた。

 遥か前方では、プルさんの《葬送の機雷グレイブマイン》によって良いように嬲られている三つ首龍が怒りの咆哮を上げているというのに、全く危機感を見せない聖騎士ヤマダが、何とも気の締まらない掛け声を上げた。

 

 それに合わせて小さく恥ずかしげに「おー!」と声を上げたのはプルさんであった。

 オルフェリアにいたっては、腕を組んで「やらないといけないわけ?」と溢した。

 二人の反応に対し、悲壮感溢れる表情を浮かべたヤマダを見ているとおかしくて、私はくすりと笑った。


 たったそれだけのことだけれど、私の胸の内に灯された火は、薪を焚べたように激しく燃え上がり、これから行う作戦の全てが上手くいく、そんな気がした。

 魔法発動の準備を終え、私は頷いてみせた。




「ならッッ!! まずは私からだッッッ!!」


 プルさんが、既に起動状態インヴォークを終えた《魔剣ニーズヘッグ》を力の限り投擲した。

 魔剣は三つ首龍にかすることなく、その上方へと飛んだ。やがてそれが頂点に達すると、重力に従って落下をはじめた。切っ先は下を向き、そこにはちょうど三つ首龍の胴体があった。


「【ドレッドノート】」


 彼女の命に従い、《魔剣ニーズヘッグ》が姿形すがたかたちはそのままで───大きさを変えた。魔剣は、あっという間に数メートルほどの物となり、それでも留まることなく巨大化が続いた。三つ首龍に接触する頃には、の龍の体長の半分はあろうかという大きさとなり、当然の如く、三つ首龍の液体の身体にぶっ刺さった。


「「「グギャルルルルルゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 三つ首龍は憤怒から一際大きく吼えた。彼は怒りに任せて、《葬送の機雷グレイブマイン》をいくつもいくつも爆破させながら、もがきにもがいた。そしてなんと、プルさんによって張り巡らされた《葬送の機雷グレイブマイン》のテリトリーの範囲から逃れ切ってしまった。 

 それでも怒りが収まらないのか、三つ首のそれぞれの首から激しい咆哮が絶えずに迸り、しっちゃかめっちゃかに全身で暴れた。

 しかししばらくすると、怒りはそのままで、多少頭が冷えたのか、龍は身体を犬の様に伏せさせた。すると龍の周囲に魔力が渦巻いた。


「なんだぁぁぁぁあれぇぇぇぇ!!」


 背後からいくつもの叫び声が聞こえた。

 三つ首龍を中心とした周囲の地面がべこんべこんとへこみ、眼前の龍と同程度の体積の土が宙に浮かんだ───かと思えば、あっという間にそれらは、いくつもの、圧縮され硬質化された土の円錐へと姿を変えた。もしあれが発射されてしまったら───


 けれど、そんなことにはならない。

 だって既に───



「《ナルカミィィィィッッ!!》」



 再び、瞬時に発生した巨大な積乱雲から、稲妻が落とされた。

 落下地点は、巨大化した《魔剣ニーズヘッグ》であった。


 三つ首龍の胴体を刺し、体内へと刀身を潜り込ませた魔剣───それをいかづちの通り道とし、魔法耐性を持つ体表を無視し直接内部にダメージを与える───というのが私達のプランブリッツの正体であった。

 まさにそれは成功し、三つ首龍に大規模なダメージを与えている。しかし、まだだ。まだいかずちを止めるわけにはいかない。

 龍の叫びは、怒りというより、苦悶に近く、集中力を失ったのか、宙にあった土の円錐がゴトゴトゴトと、次々に地に落ち、土塊へと姿を戻した。


 ここから先はまさに生きるか死ぬかだ。

 私達の魔力が尽きれば私達の負け、私達が削り切れば私達の勝ち。命を賭けた一世一代の大勝負と言えた。





○○○




 積乱雲はますます大きくなり、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》へと絶えることなく稲妻が降り注いだ。

 アンジェリカの額から汗が伝った。

 もうどれくらい続いたか、五分か、それとも十分か、正確な時間は分からずとも、俺は早く終わってくれと願った。


 俺が絶え間なく降り注ぐいかずちの眩い光に、目を細めた───ちょうどそのとき、後方から放たれた数多あまたの上級火魔法が、三つ首龍へと次々と着弾した。

 ふと気付いた。あれだけいたはずのフォグの姿が消えている。夢でみた展開と同じであった。《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》は、まずは周囲のフォグを吸収し、再生を果たす。


 そして、それでも足りなければ───


 ここで、魔力の流れの変化がはっきりとわかった。全方位から、禍々しい魔力が、今この場につどいつつあった。

 三つ首龍がバーチャス戦線全域、もしくはそれ以上の広域から、フォグを取り込み、再生と強化を始めた証左であった。





◇◇◇





 アンジェリカが次々に魔法を開発したり、これまで想像すらされてこなかった技術を発展させることが出来たのは、彼女の卓越した知識もさることながら、その圧倒的な技量によるところが大きい。


 自身の体外にある魔力を用いる技術も、もちろんそれに当たり、他人との間に《魔力回路パス》を通す技術にいたっては、まさに彼女にしか出来ない妙技と言えた。


 そのために、アンジェリカにとっても、未知とされた《魔力回路パス》は不確定要素の塊と言えた。





◇◇◇




 どれほど経ったか、時間感覚はもう、ない───

 稲妻は尽きることなく降り注ぎ、それでもなお、身体の再生と崩壊を繰り返す《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》を相手に、私の魔力の底が見え始めた。


「俺達の魔力を使えッ!」


 ヤマダが叫んだ。

 どうして私の魔力が尽きつつあることに気づいたか、なんて野暮なことはもう言わない。彼らのこちらを慮った表情でわかった。


「遠慮はしないわ。ヤマダ、プルさん。私に、魔力を───」


 私の魔力操作に従って、彼らとの間に繋いだ《魔力回路パス》から温かなものが流れ込んだ。


 それは魔力と───彼らの思いと、記憶であった。






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これまであまり感想返しができませんでしたが、感想の数が1000という大台に達しそうです。本当にありがとうございます。


せっかく大台記念ですので、本日いただいた全ての感想に感想返しをしたいと思います。もしよろしければぜひ……

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