第18話 魔法使い⑤ / 超龍決戦④

◇◇◇


 


 魔法と私は不可分だった。

 私という存在の核には、どうあっても切り離せないほどに、魔法の存在が根付いていた。

 

 自意識が芽生え、オネストにて魔法の手ほどきを受けて以降、何をしているときも、常に頭の片隅には魔法があり、魔法に関してそれほど関心のない同年代の子供達と、自分が違うことに気付きながらも、私は魔法馬鹿な自分のことが存外嫌いではなかった。


 それなのに、私は魔法から、遠く離れた。

 長らく魔法から遠のき、勇者様の側で木偶でくのように微笑み佇んでいたのだ。


 最も最悪なことは、《刃の迷宮》を踏破した後は、勇者様からの指示に従い、週に一度だけ、魔法研究の真似事をこなしたことだ。


 いつから───私は変わってしまったのだろうか。

 あれは確か───






○○○





 極太の稲妻が《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》に直撃した。

 それこそがアンジェリカの切り札の内の一つである極大魔法 《ナルカミ》であった。

 いづれもが初級で、水魔法、土魔法、火魔法、光魔法の四種を複合したアンジェリカの固有術式だ。


 強烈ないかづちが、俺達の目を眩ませるほどにスパークを迸らせ、ドォンドォンと轟音を立て、三つ首龍へと途切れることなく降り注いだ。





◇◇◇




 

 敵を滅ぼすまで消えないいかづちを見た。


 そうだ……その発動を待ち、私を護り、傷つく人がいた───はずだった。

 彼は私を護り、傷だらけで『平気なんだぜ?』と嘯いていた。

 私はそんな彼を慮り、歯を食いしばり、拳を握り締めた。


 どうして、忘れてしまっていたのか。

 どうして、これまで、何も考えずにいれたのか。


 いつから、私は、思考をやめていたのか。

 

 喉の渇きを訴える愚者が、快晴の中で雨の恵みを待ち続けるように、勇者からの言葉を何より至上の物とし、待ち続けた。


 どうして私は───





○○○




 一度、《ナルカミ》を止める必要があった。

 このままでは《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》を削り切れないという確信があった。俺の夢が正しければ、ここで三つ首龍を倒したとしても、各地に存在するフォグを吸収し、復活を果たしてしまう。


「アンジェリカッ!! 《ナルカミ》を止めてくれ!!」


 轟音で声がかき消されかねないので、彼女の肩を叩いて伝えた。

 俺達のさらに後方では、プルさんが背後の人員へと指示を出していた。


「次に私は、どうしたらいいの?」


《ナルカミ》が失せ、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》から煙が上がった。これまでに一番のダメージであった。


「こいつを飲んで、魔力の回復に努めて欲しい」


 瓶を受け取ったアンジェリカはまじまじとそれを眺めると、一気に飲み干した。クレームはやめてよねと身構えたが、意外なことに「ありがとう」と彼女が告げた。


「あとで《ナルカミ》をもう一度お願いしたい。できるか?」


 俺のお願いに対し、彼女は目を見開いた。

 そしてしばし逡巡した後に、


「任せて!!」


 あのときのように応えてみせた。






◇◇◇




《光の迷宮》を攻略後、私は思考を放棄し、私は私でなくなった。

 それが、どうしてかは、わからない。

 けれど、思考の全ては勇者様のことで塗り潰された。


 彼のことだけを考え、生きる。

 彼にどれだけ貶されても、その言葉を甘露だと喜び、笑顔で感謝を伝える。


 そんなものは、まともな人間の生き方ではない。

 それを良しとする人間は、もはや人間ではなく、ただの魔力人形───いえ、違う、それよりももっと悍ましい何かだ。



 聖騎士ヤマダから、もう一度 《ナルカミ》を放つように頼まれた。何かが脳裏を過ぎり、胸に炎が灯った。自分でも何が何だかわからなかった。けれど、たった一つ確かなことがあった。

 彼に灯された胸の炎は、優しく暖かく、そして何故か懐かしかった。私は、不意に零れそうな涙を我慢するのに必死だった。





○○○





三つ首の液体龍リクイドドラゴン》がけたたましい奇声を放った。

 後方の人員などは恐れ慄いていたが、しかし、すぐさまプルさんの喝と檄でもって、落ち着きを取り戻した。


 戦士などの前衛職は周囲のフォグを討伐し、シールダーは後衛職を護り、聖職者は回復や結界の維持に努め、後衛はプルさんの指示を今かと待った。



 そこで、プルさんの発動した拳大こぶしだいの蒼いほのおが無数に現れた。対峙する《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》も土魔法を発動し、大量の礫を創り上げた。


「【穿てッッ!!】」


 彼女の裂帛の叫びで《蒼焔》は放たれ、敵の礫を相殺した。


 俺はプルさんの装備をもう一度見やった。

 三本の《人造魔剣イミテイションゴールド》、《魔剣ニーズヘッグ》、《世界樹の杖ユグドラシルトゥイグ》の三点。

 まさに夢でみた装備そのままである。


 夢でのプルさんは何度も《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》にダメージを与えており、一度は滅ぼすことに成功してさえいる。

《人造魔剣イミテイションゴールド》による内部からの魔力爆発と、存在そのものを喰らう《魔剣ニーズヘッグ》の一撃。



 後者が効果を発揮するのは当然として、前者の内部からの魔力爆発が効果を発揮したのは───



 そう言えば、と思うことは他にもあった。

 これも夢の中での話であるが、三つ首龍は、一度目の大量の上級魔法ではほぼ無傷であったのに、プルさんの《魔剣ニーズヘッグ》による一撃を与えたあとであれば、上級魔法が多少なりともダメージを与えていた。


「プルさんッッ!! オルフェッッ!!」


 再び俺は、アンジェリカの元へと、プルさんとオルフェを呼び、自身の考えと疑問を伝え、相談を持ち掛けた。するとさすがプルさんは、


「私に、一つ考えがある」


 すぐさま俺の期待に応えてくれたのだった。

 そして、残る問題は───





◇◇◇





 眼前の巨大な三つ首龍を倒すべく、短時間ながら作戦が練られた。聖騎士ヤマダの言うことが事実なら論点は二つであった。


 一つ目は、三つ首龍の表面を覆う・・・・・強烈な魔法耐性・・・・・・・をどうするかということ。

 二つ目は、三つ首龍はフォグを吸収することで、無限に回復を果たすので、倒し切るには途方もない魔力を要するということ。


 一つ目に関しては、プルさんが何とかすると断言してくれた。

 二つ目の論点である、莫大な魔力、というものが私一人でまかなえるのか? と尋ねたが、首を振られた。


「発動中に魔力ポーションでも飲めばいいじゃない」


 発言者は、オルフェリア。

 見た目とは裏腹にとんだ脳筋思考だ。


「それは、無理。ポーションなんか飲んでみなさい、そこで詠唱や魔法の発現がとまってしまうわ」


 話しつつも、思考を続けた。

 あの日から失われた私の……私だけの思考だった。

 それから、やがて───方法は見つかった。けれど、それでも、十分な魔力が集まるとは言い難かった。しかし方法は、それ以外にない。


「私は、他人と《魔力回路パス》を繋ぐことが出来る。そうすることでその人の魔力を使えるわ───」


 私が言い切る前に、聖騎士ヤマダが声を上げた。


「なら、ここにいる全員と《魔力回路パス》を結べば───」


「最後まで聞きなさい。《魔力回路パス》を繋いで、他人の魔力を用いるのは繊細な技術なの。私にとっても、ほとんど未知の技術と言っても過言じゃない。だから、多人数とはどうしても結べない。確実に《魔力回路パス》を結べるのは、せいぜい二人ってところかしら」


 聖騎士ヤマダとプルさんがお互いに見合わせて頷いた。

 彼はオルフェリアに顔を向け、


「オルフェ、これから俺達三人は無防備な状態になってしまう。だから頼む。俺達三人を護ってくれ」


 聖騎士ヤマダの言葉にオルフェリアが頭をかいた。


「わたしはあの化け物の攻撃から貴方達を護ればいいのね? 簡単なことよ」 


 そして腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。


 二人───聖騎士ヤマダとプルさんが私へと、手を差し出した。


「アンジェ、私と《魔力回路パス》を繋げ。それから───」

「俺の魔力も使ってくれい。俺達が何とかしちゃる」



 私は二人の手を引き、「わかったわ」とだけ応えた。

 すぐさま彼らの魔力に触れ、《魔力回路パス》を通した。

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