第17話 魔法使い④ / 超龍決戦③

◇◇◇




 光の針が空を埋め尽くした。

 私は、そのどこか幻想的な光景に目を奪われていた。


 それは彼───聖騎士ヤマダの放った超級魔法だった。

 私の間違いでなければ、確かに彼は『《光時雨レイン》』と詠唱していた。

 まさにそれは私の《私の世界ジ・ワン》の内の一つ《焔時雨ファイアレイン》と同仕組み同質の魔法であり、お揃いの名を冠す固有魔法であった。


 どうして彼がそれを───と考えた瞬間、鋭い頭痛に襲われた。痛みは極短い間ではあったものの非常に強烈で、集中力を途切れさせぬようにすることに苦労した。何とか歯を食いしばって、聖騎士ヤマダから指示された魔法を中断することなく詠唱を続けた。


 ここで、これまでに幾度となく生じてきた違和感が、再び生じた。


 ───聖騎士ヤマダからの指示?


 そもそもどうして私は何も疑問に思わず、聖騎士ヤマダに従っているのか。

 考えても考えても、わからないことだらけで、頭がどうにかなりそうだった。


 頭痛だってそうだ。気が付けば急に、頭を突き刺すような痛みが私を襲うようになった。


 確か初めて頭痛が起きたのは……勇者様の元を離れ、聖騎士アシュリーと対峙したあとだったか───



 聖騎士ヤマダのオーダー通りに《焔時雨ファイアレイン》をぶちかましたあと、彼に「ばっちりだ」と褒められた。

 そのときの私の胸中は筆舌に尽くしがたいものだった。

 絶体絶命の危機的状況のはずなのに、どうしてか……顔がニヤけるのを堪えられなかった。


 私にはもう自分がわからない。

 ただ私にできたことは、この表情を悟られぬように、帽子で顔を隠すことだけだった。





○○○





三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の放った三つのゲロビが合わさり超絶に強力なビーム───ゲロビフルバーストとなり俺達を襲った。そいつはプルミーさんの《煉獄の門》へと接触すると、当たった側から周囲に拡散されたが、それにも構わず三つ首龍の口からはゲロビフルバーストがとめどなく吐き出され続けた───その瞬間だ───ちょうど俺の拳が三つ首龍に触れ───「貫通拳スティンガーァァッッ!!」───俺の渾身の一撃が《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》に直撃し───まさに《煉獄の門》から、ピキリピキリと亀裂が走った瞬間───状況を読んだオルフェが駆け出した。


「任せなさい」


 彼女はすぐさまほのおの門へと駆けた。


「《魔喰いデモンズイーター》」


 彼女は双剣を鮮やかに繰ると、ゲロビの残滓を斬り裂き、綺麗さっぱりと消し去った。

 ちょうどそこで、ほのおの門はガラガラと崩れ消滅したのだった。まさに間一髪だ。


 俺の《貫通拳スティンガー》は、相手の身体に破壊の力を浸透させ内部から崩壊させる必殺拳であった。それが後足うしろあしの末端であれ、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》に直撃したのだ。だからかそれまでになかった挙動───蠕動ぜんどう運動にも似た動きをし、身体全体を激しく震わせ、完全なる液体と化し、ざぱーんと地面に大きな染みを作ったのだった。


 背後から声が聞こえた。


「イチローくんっ!! やったかッ!!(プルさん)」「ふーん、やるじゃん!(オルフェ)」「やったぜ!!」「これで終わったわ!」「俺、戻ったら彼女に結婚を申し込むんだ」


 あっ(白目)。

 あかんでぇ! こらあかんでぇ!!

 バリバリに速攻で建築されたフラグの具合に俺には、先の展開が読めてしまった。


 それから二分経たない内に異変が起こった。

 俺の予想は大当たりだった。

 地を濡らした染みは、時を遡らせるように消え失せ、蒸気のような物が急激に上空へと昇った。





◇◇◇





 ───アンジェリカ頼めるか?


 彼に聞かれた。

 私の意志や思考とは裏腹に、なぜか二つ返事で頷いてしまった。

 ぐちゃぐちゃな胸の内を曝け出してしまわないように、言葉少なく了承することで精一杯だった。


 彼に従って詠唱に取り掛かるも、胸の内にくすぶり続ける違和感が、一体いつ頃生じたものなのか、私は考えずにはいられなかった。


 眼前では、聖騎士ヤマダが《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》へと駆け出していた。


 三つ首龍の高さは、平均的なギルドの建物を四つ積み重ねたほどのものであった。これほどの巨体の化け物は誰も見たこともなく、出会ってしまったなら誰しもが絶望するだろう代物であった。そのはずだった。


 なのに───


 そうだ。

 そうだった。


 いつだって彼は、己を顧みず私の前に立ち、己が傷付くことを厭わず───とそこで、いつもの鋭い頭痛が彼女の手を引き、思考は中断された。


 もうやめなよ、と誰かが言った気がした。

 けれど、けれどやめるわけにはいかなかった。


 あの日から一度たりとも振り返ることのなかった記憶を、私は今一度、振り返ってみようと思う。




○○○





 上空に昇った気体が凝集し、十分な体積の液体となると、俺達の前にどばぁと降り注いだ。

 迷宮内での《水晶のヒトガタ》に放った《貫通拳スティンガー》を覚えられ対処されたかもしれなかった。あの蠕動運動は浸透を逃がすための動きだ。

 いくら大きくても、そしていくら対処されたとしても、一撃で仕留められないのは俺の実力不足だ。セナやセンセイの《貫通拳スティンガー》であれば、俺よりも強く速い浸透を可能にし、敵の対処など寄せ付けなかったに違いない。


 けど、


「プルさん、俺にはこうなることがわかってました」


 安心させるために、俺は彼女達に言ってみせた。


「手探りの段階ですが、あの化け物を倒す手段が徐々に見えてきました」


「イチローくん、引き続き君に従う。指示を頼む」


 プルさんの発言に、オルフェも頷いた。


「なら───」


 俺の考えを伝えて、お願いしたのだった。

 そして、ちょうどそのとき、《焔時雨ファイアレイン》後にすぐに次の詠唱に取り掛かったアンジェリカが、俺に顔を向け一つ頷くと、力ある言葉を発した。


「《ナルカミィィィィッッッ!!》」


 彼女の声に従い、急激な勢いで積乱雲が生じた。ゴロゴロ、ゴロゴロと、人間の本能を怯えさせるに足る音が大気を震わせ響き渡り、巨大ないかづちが刹那に閃いた。轟音を置き去りにしたそれは三つ首の化け物を貫いた。

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