第12話 ストロボライツ

○○○



 目の前の女性が「ふぅ」と一息いた。

 あまりにも綺麗な女性だった。

 肩まで伸びた黒髪は夜の帳を思わせた。白を基調とした、ロングドレスにも似た彼女の衣装に黒髪が美しく映えていた。


 そして何よりも───


 俺の視線に思うところがあったのか、彼女が目を伏せた。数瞬後、再びすっとその視線が上げられたかと思うと、俺を射抜いた。思わず俺は息を呑んだ。


 彼女の瞳に、真実を見通すような鋭さを感じたからだ。ややもするとキツさを与えかねない彼女の瞳であったが、その奥にある理知的な色と、凛とした佇まいによってそれは、彼女の圧倒的な美貌へと昇華されていた。


「変態アノンから救援を頼まれたから来たのだけど……一緒に行くメンバーってのはそっちの二人で良いのかしら?」


 彼女は俺と、アンジェリカを見定めるように眺めた。


「あ、ああ、俺の名前はイチ───いや、俺の名前はロウ」


 そこで彼女は、ふと頭に疑問符を浮かべたように首を傾げた。


「あなた、ロウと言ったわね。わたし達どこかで会ったことはない?」


「いや、多分ないと思います……」


「本当?」


「本当です……」


 彼女の疑問に俺は冷や汗を流しつつもあやふやに答えて、顔を背けた。

 パーティに所属していたころの俺───聖騎士としての俺を知る者かもしれなかった。冤罪とは言え、過去の余計なことを詮索されたくはなかった。


「それならいいんだけど……」


 何やら納得のいかない様子の彼女であったが、何とか疑問を収めたようであった。そんな彼女に対し、


「私は、アンジェリカ・オネスト」


 アンジェリカが簡潔ながら自己紹介した。それにオルフェリアが声を上げた。


「ああ、あなたが賢者アンジェリカ。御噂はかねがね」


 含みのある言い方であったが、何かを聞ける空気ではなかった。とそこへ、アノンが、


「賢者アンジェリカさん、だったかな? そう言えばキミもここにいたね」


 いたよ! ずっとここにいたよ!

 アノン! 何か言い方にトゲを感じるよ! 


「ワタシはね、正直、キミという人間を信じていない。だからロウの助っ人にオルフェリアを呼んだ。けれどまあ、せっかくキミもバーチャスの方へと向かうんだ。ロウ達の足を引っ張らずに少しは頑張ってくれたまえよ」


 おうふっ!! 何これぇ!!

 初対面のはずなのに何でそんなこと言うの?!

 アンジェリカブチ切れ案件だろこんなの───そのはずなのに、


「おろろ?」


 俯いたままの彼女は何も言い返さない。

 っとそういえば、あそこに見える雲、猫の形してね? それもブリティッシュショートヘアだよあれ。何で猫ってあんなに可愛いんだろう? しかも可愛いだけじゃなくて、触り心地も良くて、吸うと元気になれるという素晴らしさ。見てよし、触ってよし、吸ってよしとか万能過ぎるだろ、猫!

 俺はつらい現実から目を背け猫のことに思いを馳せていた。


「まあ、いい。賢者様とは、また近い内にでも話し合うことになるだろう。ロウ、引き止めて悪かった。《鶴翼の導きクレイン》はこっちだ」


 そう言って部屋を出たアノンを俺達は追ったのだった。




○○○




「ロウにばかり、重荷を背負わせて申し訳ないと心より思う。なるべく早く、ワタシもキミ達の所へと向かうから」


 アノンが俺の手を握り締めた。

 ちっちゃい手だ。ちゃんと飯を食えよな。


「ああ、けどよ。それまでには片付けちまうぜ?」


「頼もしいよ、ロウ」


 などと、俺達のやりとりをジト目で睥睨したオルフェリアが、


「あんた達、まさかそういう関係? いや、別にどうでもいいけど……そろそろ行くわよ」


 彼女の言葉に頷き、俺はアンジェリカへと顔を向けた。すると彼女も、一つ頷いてみせた。


「じゃあな! アノン!」


 こうして、俺達は《鶴翼の導きクレイン》によってバーチャス戦線の本拠地である、スクルドの街へと旅立った。




○○○




 スクルドに着くと、前もって伝えられたアノンの指示に従い、ギルドに設置されたフォグ討伐の拠点を訪ねた。そこにいた団員達に、アノンから指示された有名クランのトップに取次を頼んだところ、胡乱げな顔をされたのだった。


「マスターに会わせろだなんて!!」

「どこの馬の骨とも言えないヤツがよぉ!」

「アポもないくせにどこのバカ野郎が分不相応なお願いしてんだ!」


 やっぱりね……俺ってこういうポジション。くすん。哀しみに暮れる俺の背後から、ぬっと姿を現したのは、賢者と言われるアンジェリカ・オネストと、めちゃスゴクラン《七番目の青セブンスブルー》の有望期待株一番手であるオルフェリア・ヴェリテだった。


 二人は正真正銘のビッグネームだ。

 彼女達の自己紹介を受け、顔面を真っ青にした彼ら下っぱは、突然の大物の登場に混乱し、しばし考えた後に、二人が本物であるかどうかとマジマジと見つめた。しかし見たからといって分かるわけもなく、本物だった場合ヤバイことになると気づいた。そこからは簡単だ。

 彼らは先程までの攻撃性が嘘のようにへりくだって、自らのクランマスターへと取り次いでくれた。俺は圧倒的格差社会を目の当たりにしたのだった。くすん。


 そんなこんなで、クランマスターと多少なりともやりとりをすると、俺達は彼らに飛竜(俺のブルボンに比べたら大したことはない)と御者を用意してもらいに目的地───プルミーさんが今まさに戦っているだろう場所へと急いだ。

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