第10話 Never Bend ( vs 超龍)④

○○○








 できることなら目を閉じてしまいたかった。








○○○




 単なる物理攻撃や魔法攻撃とは一線を画す《魔剣ニーズヘッグ》による、存在そのものを喰らう一撃。それに加えて雨霰あめあられのように浴びせた上級魔法と、二本ものイミテイションゴールドを使い捨てにしたダメ押しの魔力爆発。


 プルミーの───いや、プルミー達の持てる力の全てを注ぎ込んだ総力戦であった。

 肩で息をする者や、疲労から膝をついて立てない者がいる中で、プルミーは《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が復活するかを注意深く見守っていた───しかし、先程のようにゲル状のパーツが集まり、の龍が再び復活するような兆しはもう見られなかった。



「終わったか」


 疲労と緊張から解き放たれた彼女の背後から、わぁっという歓声が上がった。彼女のパーティのみならず、多くの人員が命を賭けて戦ったのだ。喜びもひとしおであった。



◯◯◯



 しばらく彼らが戦勝に沸くのをぼぅっと眺めていたプルミーであったが、どれくらいそうしていたか、向こうからネリー・バーチャスが複数の人員───恐らくオネスト、騎士団、《反逆者達レベリオン》、《エデンズガーデン》が都合してくれた人員を伴い現れた。


 プルミーは頬を指で掻き「しまったなぁ」と思った。

 せっかく来てくれた人員を前に、倒してしまったので無駄足でしたと告げるのは中々に気が引けることだった。


「まあ、到着したら私達が全滅してたって状況よりはマシだろ」


 プルミーは苦笑しつつ助っ人の元へと足を運んだ。

 せっかく来てくれたのにすまない。

 大変だったけどこちらの人員だけで何とかなったよ。

 ああ、すまない心配掛けたね。

 プルミーはネリーや、騎士団の副団長達などの助っ人のまとめ役達と朗らかに話を続けたのであった。


 それにしても、これだけのメンバーが一同に揃えば壮観である。

 元々この地域を担当していた者達に、プルミー率いる元危険因子集団に、そして助っ人達。いづれも名うての戦士達だ。

 そんな猛者達が150人もの人数がこの場に介したのだ。それはもう、このような危機的状況でもない限り中々見れるものではないだろう。


「それにしても、これだけの人員をよくこちらに工面出来たな。そっちも大変だったろうに」


 プルミーが感謝の意を示そうと、まずはそう切り出した。

 それに対し、《エデンズガーデン》の幹部が顔の前で手を振った。


「いや、それがですね、あれだけ大量に湧いたフォグが急に激減しまして……それなら、人員は別の所へ回した方が効率的かってことになりまして……そんなときにちょうどこちらに人手が必要ということでしたので」


「ん? フォグが激減……?」


 彼の言葉に、プルミーも何かを思い出しそうになった。


「そちらもですか。私達はネリー殿と共に行動をしていたのですが、私達の所もフォグの数が激減しましてね。まあ、私達の苦労がようやく報われたのでしょうな」


 アルカナ王国騎士団副団長が応えた。

 彼らの対応していた地域でフォグが数を減らしたのは素晴らしいことだ。けど───


「そうだ」


 私自身がフォグの増殖に対する討伐速度が速すぎると疑問を抱いたはずではないか───プルミーは、自身の動悸が激しくなるのを感じた。


 そして、ようやく───


「おかしい。異常だ。フォグの討伐がそれほど簡単にいくわけが───」


 彼女は、ようやく気づいた。


「大気にある魔力の流れが、おかしい。それにどうして───」


三つ首の液体龍リクイドドラゴン》を攻略した辺りから、その巨体の龍と共に周囲に存在していたフォグが一匹も姿を見せないのか。


 プルミーの"勘"が───勝利の、いや、仮初めの勝利に酔い正常に働かなかった"勘"がここにきて働いた。


「駄目だ!! 駄目だ!! 駄目だ!! 来るぞ!! 来るぞ!!」


 急に叫び出したプルミーに他のメンバーは呆気に取られ、ぽかんとした表情を浮かべた。簡潔に。素早く。伝える必要がある。タイムリミットはすぐそこだ。


「クラインッッ!! シズクッッ!! まだ終わっていないッッ!! みんなをまとめて臨戦態勢を整えさせろッッ!! 適切な回復もッッ!! 消費した魔力もッッ!! 速くしろッッ!!」


 プルミーは、二人に声を張り上げて指示を出した。そして眼前の助っ人のまとめ役達へと、


「すまない。簡潔に話す。私が倒したモンスターは液体の身体を持った三つ首龍であった。物理攻撃は完全に無効、魔法防御にも優れていて、私の奥の手を使い切ることでやっとこさ倒した」


 彼女の話を聞いた者はごくりと喉を鳴らした。


「この龍のモンスターが現れる前に違和感を覚えた。違和感はフォグの減少が速過ぎるというものだった。今ならわかる。それは単なる違和感ではなかった」


「では、何だと言うのですか?」


 ネリー・バーチャスの声が震えていた。


「おそらく、フォグを吸収することで、三つ首龍は己の身体を作った。そして、今も、消え去った今も、フォグの減少は止まっていない。そして何より、先程まで微かだった魔力の流れが───」


 大気が蠢いた。


「───莫大な奔流となってこの地に集いつつある」


 それはどうして───とアルカナ騎士団副団長が発しようとした瞬間、


「くそったれッッ!!」


 ドバアアアァァァァァ───!!


 上空から大量の濁った液体が降り注いだ。

 粘性を持ったそれは一つの巨大な歪んだ球状の物質となり、縦に横にぐにょんぐにょんと縮んでは伸び、伸びては縮みのコミカルな動きを繰り返した。


「消え去ったはずの龍は、各地で蠢くフォグを吸収することで回復を図ったんだ!!」


 そのせいで、各地から急激にフォグが減ったのだと、その場の者はやっと気付くことができた。


「来るぞッッ!! 備えろッッ!!」


 プルミーは大声で、告げた。

 ちょうどその時、目の前の巨大な液体は三つ首龍───《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》へと姿を戻した。


「まずいぞ───」


 懸念は二つ。

 一つ目は既に疲弊したプルミー達に、太刀打ち出来るのか。

 二つ目は各地から集まる魔力の奔流が未だに止まらないこと。


「みんなッッ!! お前達ッッ!! 私の背後へッッ!!」


 自分の斜線上へ逃げろという指示であった。

 詳しく説明する時間はない。


「グギュルオオオオアウウウウウウウウウウウウ!!」


 完全回復───どころか、進行形で強化されつつある《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が元気いっぱいに咆哮を上げた。


「【増幅器発動アクティベイシオン】」


 彼女が言うか速いか、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が動くのが速いか───三つ首のそれぞれの口腔に再び強烈な熱量の光が凝縮するのを感じた。

 そして三つ首の口腔は初撃とは異なり、全てがこちらへと向けられていた。


「《煉獄の門ヘルゲート》」


 彼女の呼び掛けでほのおに包まれた巨大な門が彼女達を護るように姿を現した。そのタイミングで───


「「「グギャルアアアアアアアァァァァァァァ!!!」」」


 一点集中───三つ首からエネルギーの塊が吐き出され、ほのおの門と激突した。


「これ、は───」とプルミー歯を食いしばった。

 ビキリビキリという音がほのおの門から生じた。

 それは亀裂音───まさに絶望の音であった。


「【二重増幅発動アクティベイシオンツヴァイ】」


 プルミーはこの時点で残り二つとなった増幅器の内の一つを躊躇ことなく使い捨て、さらに己の力を強化してみせ───


「《冥界の門ハデスゲート》」


 彼女のさらなる呼び掛けで、《煉獄の門》に勝るとも劣らない程の禍々しい巨大な扉が現れた。

 プルミーの速攻での護りが功を奏し、三つ首龍のエネルギー波は一つ目の扉をぶち破り、二つ目の《冥界の門》と衝突───拮抗状態となり、ややもするとエネルギー波が消えるのは時間の問題かと思われた───その時、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の胴体がボコンボコンボコンと蠢いた。


「聖職者、結界師は結界を張れる範囲でッッ! シールダーも衝撃に備えろッッ!!」


 蠢いた箇所が膨れ上がり───


「何……だって……」


 四つ目の首が誕生した。そして新たに誕生した龍の首がつつと持ち上げられると───口腔が光り出し───さらなるエネルギー波が放出された。


「───」


 プルミーが何かを伝える前に、《冥界の門ハデスゲート》が砕け散った。それでも大半を残したエネルギー波は、大量の破壊を振りまき、後方にいた多くの者を飲み込んだのだ。

 プルミーのすぐ後にいた者は無事であった。しかし、距離をあけていた者達は───


「クラインッッ!! シズクッッ!! ラッセルッッ!!」


 彼女が絶叫を上げて振り向くも、そこには存在した痕跡もろとも全ての者が完全に消滅していた。


「あああああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 慟哭の声を上げた彼女は───それでももはや時間は残されていない。


「ネリーをはじめとする幹部達よ。ここから逃げろ。そして一刻も速くノーブルにいる、オーミとロウという人物に助力を乞え」


 そこまで伝えてタイムリミット。


「早くッッ!! ここから去れッッ!!」


 彼女は最後の指輪増幅器に触れると、


「【増幅器発動アクティベイシオン】」


 文言を唱え、背中に携えた杖を取り出した。

世界樹の杖ユグドラシルトゥイグ》が杖の名であった。

 それは世界最高峰の業物であり、持ち手の能力を何倍にも引き出す杖だった。


「ギャルゥルルルルルオオオォォォォォォォオオオッッッッ!!」


 四つ首となった龍の口に三度みたび光が凝集し始めた。

 為す術は───ない。

 だから、その前に───


「ああ、オーミ様───」


 不甲斐なくてすいません。後は任せます。


「イチローくん───」


 一緒に里に行こうって行ったのに約束を護れずにごめんね。


「アンジェ───」


 大きくなったなと、頑張ったなと、最後に頭を撫でてやりたかった。


 プルミーの魔力が異常な高まりをみせた。

 それは人造魔剣を用いて起こした魔力爆発を遥かに上回る、辺り一面を消し飛ばさんとする巨大なそれの兆候であった。


 己の未来はもうない。

 この先に生きる彼らの為に、プルミーは四つ首龍へと駆け出した。彼女は己の全存在を賭け、相対する巨体へと迫った。

 そして、光と共に爆発を起こし、あらゆる物を巻き込んで、全てを消し飛ばした。








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