第5話 Never Say Die. ④

◇◇◇



「文句があるなら、私を超えてからにしてもらおうか?」


 彼女のセリフはクラインのみに向けられたものではない。その場に集められた彼女のパーティメンバーは、それを理解して顔を青くした。


 彼ら問題児達は、プルミーに連れられた先で決闘を持ちかけられた。持ち掛けられた決闘に意気揚々と挑んだクラインは、今はもう全身ボロボロになっており、殺気の籠もったプルミーのセリフに半べそをかいていた。


「返事がないな。なら、続けよう」


 プルミーの殺気はフェイクではない。クラインの本能が感じ取った。実際にプルミーはもう、彼が死んでも構わないと思っていた。彼は特に大きな危険因子であったし、彼が死ぬことで残りの人員に対する見せしめにもなるだろう。


「ごめんな、さい。ごめんなさい……言う通りにやります……やりますから許してください……!!」


 憐れクラインは、五体投地で謝罪を決め込んだのだった。


「あー、いや、」


 しかし、プルミーは空を仰いだ。


「そうだな」


「へっ?」


「謝罪は必要ない」


「へぇっ?!」


 苦痛と混乱からクラインは鼻の抜けるような声を出した。


「いい加減、私もやきもきしてたからね」


 プルミーを中心に魔力が高まった。

 この場に集められた人員は、人格はそれとして、それなりの実力者達であったが、プルミーの力を前にして、まるで言葉を忘れたかのように喉を震わせた。


「ここいらで、みんなの志気を高めるためにも、君には不幸な事故に遭ってもらうことにしたんだ。だからもう謝らなくていい」


《蒼焔》と呼ばれる彼女の魔力が蒼く揺らめいた。

 生存本能に従い、ばたたと訓練所から逃げ出そうとした者達がいた。プルミーは彼らへと殺気の籠もったセリフを投げ掛けた。


「逃げたら殺す。何としてでも殺す。見つけ次第殺す。絶対に殺す。それでも逃げたい奴はこれから先、枕を高くして眠れると思うな」


 彼女の真に迫った脅しに、ある者は膝を着き、ある者は悲鳴を上げた。


「クラインよ、さっき私に言ってたな。アンビッシュがどうのこうのとか」


 クラインは必死に「ち、ちがいますぅ」と顔から液体という液体を流して顔を左右に振った。


「『アンビッシュを敵に回すのか』だっけ? その疑問に答えてやろう」


 どうせ酷い答えが返ってくるのだ。それが分かったクラインは「あ、ああ、」と呻いた。

 彼の予想はまさに正しく───


「私の蒼焔なら君の骨が残ることはない」


 プルミーの左眼に蒼焔が浮かんだ。 


「万が一バレて面倒なことになったら、アンビッシュの一族郎党燃やし尽くせばいい。だって世界の危機に、その代表たる者が足を引っ張るんだ。そんな家なんてなくなったほうがみんなのためだ」


「ごめ、ごめ、だだれが、だずだず、」


 クラインは己の死を幻視した。


「謝らなくていい。私はやる。それこそアンビッシュなんてその末端まで《蒼焔》で消し去ろう」


 あまりの恐怖に下半身から力が抜けた。

 股を濡らす温かい感触に気づいたが、しかしそんなことよりも、どうしてか脳裏に、かつて捨てた母と父、そして妹がよぎった。


「ひゃめ、へぇぇぇ」


 もはや後悔しても全ては手遅れで───



「なんてね」



 プルミーは魔力を収め、ぐるりと集団へと笑顔を見せた。


「これは、一人目のデモンストレーションみたいなものだ。何より彼は心の底から・・・・・謝ったからね」


 集団の数人がホッとした顔をした。


「安心したそこのお前」


 プルミーが女性の探索者を指差した。


「次はお前の番だ」


 指名された女性探索者が叫んだ。


「わ、私の父を誰だと思ってるんだ! こんなことをして許されると!」


 プルミーは構わずにそれを一瞥した。


「お前らのそれは挨拶代わりか? ならこっちも挨拶しなきゃな」


 彼女は一頻りぼやくと、クラインに声を掛けた。


「あいつ、名前はなんだったか? あーシズクだっけか? まあいいクライン、あいつをここまで連れてこい」


 クラインは「あ、あ、あ、あい、あい、あい!」とマッサージチェアに置かれた腹話術の人形のように激しく頭部を上下したのだった。




◇◇◇



 


 剣士には剣で、魔法使いには魔法でもって、プルミーは自身に預けられた人員全員にたった数時間で圧倒的な実力の差を見せつけた。

 中でも特に目をつけられていたクラインは一度、二度と言わず複数回プルミーの前へと引き摺り出され、ボロ雑巾のように扱われた。


 最初は反抗的であった彼ら彼女らであったが、正午を回るころには、全員がプルミーの友人となった。つまり彼らには固い絆が生まれたのだった。絆は彼らを結びつけ、もはや彼らはチーム友達であった。


 彼らは、率先して彼女の指示を聞き、何より、それに従うことを至上の命題とした友達であった。中でもクラインはプルミーのことが大好きでたまらない親友であった。今の彼は、プルミーのためなら命すら投げ捨てることができるほどの親友であった。



 みんな仲良しとなり、少し休憩を取ったその後に報告がもたらされた。

 やはりというべきか、フォグの新たな飽和地域の報告と共に、大規模な応援要請が出されたのであった。

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