第2話 Never Say Die. ①

◇◇◇



 プルミー・エン・ダイナストがスクルドにて、多くの猛者を前にして堂々たる態度で《封印領域》の危険性を伝えた後、その会議の場で多くのことが話し合われた。


 それは、先んじてフォグの討伐をこなしているボルダフのトップの者達からのアドバイスに従って、決めるべき最優先事項であった。具体的には《封印領域》に対する効率的な対処の仕方や、効率的なフォグ狩りのパーティ分けであったり、パーティが休息する順番といった、実践的なものであった。


 通常であれば、そこそこの立場の探索者パーティやクランは自分達の利益などを、われわれがと主張するものであるが、そこに集められた者達の中には勘違いした愚か者はいなかった。


 ほとんどが貴族で構成されているオネストをはじめとした魔術師団の彼らも、下手に口を挟むということはなかった。

 もちろん愛国心もあっただろうが、彼らはマディソン宰相の一声によって国のために集められた者達であり、十分な報酬が約束されていた。そして何より、あの・・マディソン宰相に貸しを一つ作れるという思惑があったこともその要因の一つだろうか。


 そういった理由もあり、バーチャスの地域ではフォグの討伐に関する準備は滞りなく進んでいたのであった。



 その甲斐あってか、フォグが姿を現した後も、バーチャス戦線においては、特に不都合が生じることなく、つつがなくそのが討伐が行われた。さすがプロの仕事か、雑魚狩りとも言える状況でも一切手を抜く者はいなかった。

 プルミーをはじめとする彼らは、確実に数を増やすフォグにも余裕をもって対処してみせたのだった。


 しかし、ヤマダ達が《封印迷宮》へと足を踏み入れた時を同じくして、それまで緩やかであった潮目が変わった。




◇◇◇



 ヤマダやセンセイですら気づかなかったことであったが、《封印迷宮》内部と外界とでは、時間の流れが大きく異なっていた。


 ヤマダ達の体感であれば、《封印迷宮》へと飛び込んでから外界へ戻るまでの時間は二日から三日ほどであった。しかし、彼らが迷宮に足を踏み入れてから、実際には一週間以上の時が過ぎていた。


 そして───一週間という時間は、バーチャスでの戦況が変化するには、十分過ぎる時間であった。

 彼らが封印迷宮の奥へと進むにつれ、それなりに上手くいっていたはずのバーチャスでの戦況は徐々に様相を変えたのだった。



《封印迷宮》にあふれかえるほど存在していた雑魚モンスター達が完膚なきまでに殲滅されるほどに、そして凶悪な階層ボスが倒されるほどに、バーチャスに現れるモンスターの数が増した。


 ヤマダ達が《封印迷宮》に足を踏み入れた初日、特に勘に鋭い者がこれまでとは何かが違うと首を傾げたが、あまりにも小さな変化であったので、確信の持てない彼らは、各々が己の胸の内に収めた。


 しかしその翌日になると、多くの者が、フォグの増殖速度が増したことを肌で感じた。彼らは状況が明らかに変わったことに確信を抱き、クラン上層部やプルミーへとそれを伝えた。


 単純にフォグの現れる頻度が上がった───たったそれだけのことであったが、バーチャスを護りし者達に多くの問題が襲いかかった。


 幸いなことに、連携自体は取れていたので情報の共有は上手にやれたが、問題はフォグを討伐するときに、『楽勝だ』と一度緩和してしまった意識を、再び切り替えなければならないことであった。

 優秀なベテランなどのこれまでに戦場に身を置いてきた人材はともかく、クランの末端や若い者には急な意識の切り替えは中々に難しいものがあった。


 また、フォグの急な増加により、討伐に当たるローテーションが変更され、各々の負担が大きくなってしまったことも、問題の一つだろうが、そのことに対し、実力があるがゆえに甘やかされてきた者や、それなりの数の貴族達が、「どうして自分がこんな汚れ仕事をこんなにも苦労してやらなければならないのだ」と不平を漏らし始めたことが最たる問題だったろう。


 いついかなるシチュエーションでも言えることであるが、不平というものはまるで病気のように伝播する。

 それまで、平然と働いていた者であっても、不平を唱える者の意見に対して『確かにそれにも一理あるかも』と思ってしまえば、それはもう不平の芽となってしまう。

 そこから『周りのみんなも同じことを思っている』という、不穏な空気を感じようものなら、その芽はすくすくと育ち、やがては彼も「どうして俺が」と言い出すことになるのだ。


 ただ、幸いなことに、呼び寄せられたクランはいずれも、プロ中のプロであった。もちろん組織のトップ達は世界的にも名前を轟かせていた人物ばかりである。

 甘っちょろい意識の部下は容赦なく叱咤された。それでも耳を傾けない者には、ときには暴力を用い、それでもどうしようもない者には脱退せよという旨が言い渡された。


 こうしてバーチャスサイドも何とか難局に当たってはいた。


 けれども、不平は抑えつけられたに過ぎず、彼らの内で燻り続ける結果となった。そしてそれはモチベーションの低下へと繋がったのであった。


 モチベーション低下───それは時として、決定的なミスを招くことになるのだ。




◇◇◇




 この様な状況となる大本の原因となったのは、構成メンバーが全て貴族からなるとある魔術師団であった。

 彼らの母体は、オネスト家のライバル筋であるアンビッシュという魔法貴族達であった。今回マディソン宰相によって雇われたメンバーの中にも数多く参加していた。

 彼らの実力は確かに本物であるが、純貴族主義であることや、苦労知らずの偉そうな頭でっかちが多いことに問題があった。


 彼らは割り振られたパーティ内でも平然と不平を漏らし、横柄に振る舞い続けた。


 ことここに至っては、言っても栓のないことではあるが、国家の存続を掛けた闘いの場に、彼らのような人間を加えるべきではなかった。

 フォグの討伐をひたすらに続けるという行為は地味ではあるが、それこそが、国を護るための最善策であった。しかし彼らはそれすら理解できない愚か者達であった。


 確かに彼らの能力が優秀である。けれど、だからと言って、手を抜くことはあれど、まさか周囲の足を引っ張るなど、誰も想像できなかったのであった。




◇◇◇




 アンビッシュ家には麒麟児と目される若者がいた。その名をクラインという。

 彼は幼い頃から、名門アンビッシュ家でも類を見ない素晴らしい魔法の才能をみせた。

 そもそも彼は分家筋出身であったが、その才能を買われたその日に、家族へと一言の相談すらすることなく、すぐさま本家へと縁組えんぐみしてもらい、それを期に家族とは完全に縁を切るほどの野心の持ち主でもあった。


 本家へと縁組を果たした後も、周囲の者からは「分家出身」「アンビッシュの血を汚す」などと口さがなく蔑まれてきたが、その都度力を見せてねじ伏せてきたのであった。

 やがてはアンビッシュ家では、彼に直接文句を言う者も少なくなり、多くの者が彼をちやほやし媚び始めたのだった。

 

 元々の気性に加えて、そのような生育環境にあったからか、彼は極めて自己中心的な、歪み切った人物となった。



 今回のフォグ討伐に参加させられた彼は、奇遇にも全員が貴族で構成されたパーティに配属された。

 元々、やる気などない彼はことあるごとに、「だりぃ」「休もうぜ」「俺様が本気を出せばイチコロよ」とパーティに投げ掛けたのだった。




 そしてそれが起こったのは、ヤマダ一行が《封印迷宮》に足を踏み入れてから外界の時間にして四日目のことであった。

 急激なフォグの増殖に、多くの者が焦燥を覚えていた。それは上層部も例外ではなく、スクルドにて行われた会議に出席した人間も「蒼焔のプルミーの言っていたことは本当だった」と彼女の予言にも似た忠告を思い出し苦い表情を浮かべた。


 多くの者は、フォグの討伐に掛り切りとなったが、それでもまだ余裕がないわけではなかった。急激な状況の変化に多少の冷静さを欠いたことは事実であったが、それでも改めて冷静に、そして確実に対処していけば、まだまだ何とかなる状況ではあった。

 


 しかし、そうした状況を理解出来ない者達がいた。クラインをはじめとする彼のパーティの者達であった。

 アンビッシュの至宝であるクラインのパーティメンバーは、既に彼から悪い意味での影響を受けていた。


 彼らは『俺らが少しくらい休んでも、こんだけいるんだ。誰かがカバーしてくれるだろう』という考えに支配されていた。


 また、彼らのパーティからさらに悪影響を受けた貴族や、新米主体のいくつかのパーティも「まあ、少しくらい大丈夫だろ」と事態を甘く見たのだった。


 この時点で決定的なミスが起こることは必至であった。

 そして遂に彼らによって、上層部の議論によって決められた見回りのルートを回らずに時間を潰したり、回ったとしても丁寧なサーチを心掛けずに適当に見回りを終わらせたりといったことが起きたのであった。


 そして、その翌日───




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る