第13章 あなたといる明日のために

第1話 意識

◇◇◇



《封印迷宮》にてヤマダ達は、人類にはおよそ打倒不可とされた怪物を次々に葬り去ってきた。

 彼らが《封印迷宮》にて相対した各階層のボスモンスターは、ヤマダがこの世界に呼び寄せられる元凶となった《新造最難関迷宮》にて、その最奥を護っていたボスモンスター達であった。いや、実際には、くだんのボスモンスターをさらに強化したものであった。それが四体も現れたのだから《封印迷宮》の危険性もわかるというものだろう。


 このように、人類の天敵であり最悪とされた《封印迷宮》であるが、これらの凶悪なボスモンスター達や、聖女達に芝刈りゲーばりに討ち滅ぼされた無数の骨戦士と屍人グールを産み出すためには、実際のところ莫大なエネルギーを消費していたのだった。


《封印迷宮》の持つエネルギーは三人の聖騎士達によって日々施される《魔封》によって抑えつけられながらも、長きに渡って土地から吸収したり、人々の恐怖を糧にしたりと、様々な方法によって蓄えられたものであった。


 イチローやアンジェリカの推測は正しく、《封印迷宮》は人々の恐怖心を読み取り、それまでに蓄えられたエネルギーを用いて、恐怖の象徴たるモンスターを創り上げた。飢餓や流行り病による死者、もしくは彼らの納められた墓地に対する人々の恐怖から創られたモンスターこそが骨戦士や屍人グールであった。


 また、今回の《封印迷宮》によって創られた新しいモンスターは《液状生命体フォグスライム》であった。これらは人々がいっこうにやむ気配のない長きに渡る雨や、それによって引き起こされる水害に対する恐怖を読み取った結果生み出されたモンスターであった。


 さらに言えば、ヤマダが降した《水晶のヒトガタ改》の液状化能力もその副産物のようなものであった。


 これまでに述べたように、《封印迷宮》は人々の恐怖を読み取っている───ということは、つまり、《封印迷宮》自身に《意識》、もしくはそれに類するものがあるということであった。




 しかし実のところ、封印迷宮の《意識》はこれまでにない焦燥感を覚えていた。

 フォグを生み出す度に勘の良い人間達がやってきて、増やし切る前に殲滅させられる。たまたまかと思うと、また次も殲滅させられる。何度もそういったことが続くとそれが意図したものだと気づいた。それならば生み出す速度を上げればと、さらにエネルギーを注ぎ込みフォグの数を増やしてみたものの、それも淡々と処理されてしまう。


 己の分体たるフォグの数をもっと増やして、イチロー達の言うところの《トークン》や《ジェネレイター》の数を増やしてこうとした矢先───フォグを発生させる度に、何やら勘の良い人間がやってきてそれらを殲滅するのだ。《封印迷宮》にとっては出鼻を挫かれた───いや、そんな生半可な被害ではなかった。


 原因は、フォグが弱過ぎることかと分析し、ならばと───《封印迷宮》自身の顕現を早めさせ、内部に歴史上例を見ないほどのモンスターを何体も創り上げてみたものの───




《意識》の用意したボスは《水晶のヒトガタ改》、《天使改》、《龍骨剣士》、《超高速の剣劇クラウ・ソラス改》の四体であった。いずれもが、たったの一体で国を壊滅せしめることが可能なほどのモンスターである。


《封印迷宮》に足を踏み入れた、悲しき生贄達から読み取りし恐怖心を元にして創られたモンスター達であったが、これらは《封印迷宮》が大半の力を注ぎ込んで創られたモンスターであった。それがたったの数日間で蹂躙され滅ぼされたのだから《封印迷宮》としても、たまったもんではなかった。


 実際のところ、《封印迷宮》の《意識》はイチロー達に踏破され、滅ぼされる危険性を、恐怖を感じていたのだ。


 特に驚異的なのが、主戦力である聖騎士と彼の師匠たる女性。二人は、歴史上稀に見るレベルの最強モンスターをほぼ無傷で切り抜けた。 


《意識》が恐怖を覚えたとしても何も不思議はなかった。


 ただ、《封印迷宮》の《意識》も、手をこまねいて、踏破されるのを待つばかりではなかった。


《封印迷宮》には逃走経路が用意されていた。

《意識》は誰にも気付かれないよう、静かに、そして確実に地脈を掘り進めていたのだった。自身を成長させるに足る、力の豊潤な土地を探し、そして何より、自らを脅かす者が現れた場合すぐさま離脱するために───


 こうして、《封印迷宮》によって掘られた地脈は、ノーブルからバーチャス、バーチャスからアロガンス、アロガンスからバーチャスへと繋がることとなった。


 ヤマダ達がボスを倒すにつれ、《封印迷宮》は自身の存続を掛けた保険の為にも、己の力を地脈により移動させ続けていた。

 しかしその判断には懸念があった。

 残された力をバーチャスとアロガンスの二箇所に分散させるとなると、二兎を追う者、ではないが、どちらも中途半端な力しか発揮できずに、完全に討伐されてしまうリスクが大きいのではないか……。

 その考えの下、《封印迷宮》の《意識》はバーチャスとアロガンスという、二つに一つの選択肢から選んだ先を避難所として、そこで再起すべく残された全ての力を送ることに決めたのであった。


 そしてそれは、バーチャスにて、はっきりとした影響を及ぼすことになる。


 



◇◇◇





 時は遡り、スクルドの街のギルドにて、プルミー・エン・ダイナストが多くの猛者を前にして、これからの戦闘に関する会議を終えた頃へと話は戻る。


 


 

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