第22話 ■■■■■
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竜宮院のいう"治療方"とは外科手術であった。彼は単純にメリッサの患部を切除すればいいと考えたのだ。
アナベルの説明を受け、真っ先に患部の切除を考えた竜宮院は、「まっ、患部を切り取るだなんて、この世界の人間に言っても理解されないだろうけどね」とも吐き捨てた。
それこそが傲慢な考え方であった。
竜宮院が知らないだけで、いや、知るつもりがなかっただけで、衛生観念はもちろんのこと、外科的な治療も既に、地球からこの世界に持ち込まれていた。
さらに言えば、この世界には回復魔法も存在し、体力の回復を自然治癒だけに任せる必要がないので、その治療方法との外科手術との相性は非常に好ましいものであった。
けれど、そういった点を踏まえてなお、この世界の医療従事者が『過剰魔力生産性臓器不全疾患』の治療に、患部を切除するという手段が選ぶことは少なかった。
主な理由として、患部の全てを把握することが難しいという点が挙げられた。
それなりに訓練を積んだ人でさえ、この病に罹った箇所を少しも逃さずに把握することは非常に困難であった。術後にほんの少しでも異常箇所を残してしまえば、しばらくするとその部分から再度異常箇所が拡がってしまい、病状が戻ってしまうのだった。
そして、もう一つ、この病気には特に厄介な性質があり───
◇◇◇
「なるほどね。それでも、僕にかかれば、君の娘───名前は何だったかな? まあいい、その娘も、完治すること間違いなしだ」
説明を聞いた竜宮院は、アナベルへと白い歯を見せた。
このとき既に彼の脳内には、治療を成功させ、全ての者から称賛される自分の姿があった。
───前人未到である、七つもの《新造最難関迷宮》の攻略に加えて、蒙昧な異世界人のQOLを上げるべく、聖者の如く知恵を授ける勇者。
───そんな彼が今度は医療分野での活躍を見せた。
───勇者は野蛮な異世界人にとって奇跡のような知識と頭脳をもって、難病に苦しむ一人の少女を助けたのだった。
竜宮院は息を荒らげ、誰の目から見てもわかるほどに、ズボンを硬くした。
「タイムイズマネー! 僕の好きな言葉さ!」
そして彼は、己のヨイショ要員を完全に放置し、意気揚々と店を出たのであった。
◇◇◇
その日は夜も遅く、竜宮院は厚かましくもアナベルの家に泊めてもらった。いや、勝手に泊まったという方が正しいか。
翌朝メリッサと対面した竜宮院は、露骨にがっかりしたのだった。
彼は内心『美少女だというから期待したのに何だこれ。肌も病気みたいに白いし、痩せ過ぎて頬骨も浮いてるじゃないか。それに胸もないし、腕も枯れ木の様じゃないか……しっぺでもしたら折れそうだな。これなら物言わないガイコツにでもつっこんでる方がマシだ』などと下卑たことを考えたが、その感情をぐっと飲み込み笑顔を浮かべた。
「大丈夫だからね、僕が助けてあげるからね」
これは今までとは別の分野での有能さを知らしめるための投資みたいなものだと、竜宮院は何とか己を納得させたのだが、メリッサの患った病特有の、時折起こる意識混濁のせいで、彼女は竜宮院に上手く返事を返せなかった。
その反応に対し『この俺が優しく声を掛けてやったのに』と竜宮院は怒りに震えて、目をかっ開いたのだった。
メリッサのベッドの横に佇む、マキャベリ夫妻は赤く血走った勇者の目を見て「ヒッ」と息を飲んだのだった。
◇◇◇
「ハロちゃん、今日もありがとね」
「気にしないでください!」
「これ持っていって、みんなで食べてちょうだい」
「いいんですかっ! やったー!」
「ハロちゃん、このままうちの娘にならないかい?」
「おばちゃん、またまたー、うりうりー、そんなこと言ってもハロは何も出せませんよー?」
レモネの教会に住むハロという少女は天真爛漫で、誰からも好かれる人物であった。
「ほら、ハロ。そんな態度してちゃ、シスターマーガレットに怒られるわよ」
注意した先輩シスターも、いつでも明るく朗らかな彼女のことが大好きだった。
さらに言えば、このあとハロはいつものごとく、シスター達のまとめ役であるマーガレットから「しゃんとなさい」と怒られることになるのだが、それはそれ、マーガレットも決して言葉にはしないが、この愛くるしい少女のことが大好きであった。
さて、未だに子供っぽさが抜けずに叱られることの多かったハロであったが、彼女はレモネの街で、一番の回復魔法の遣い手であり、彼女はこれまでに街の多くの人達を癒やしてきた。
その知名度は凄まじいもので、街では彼女のことを知らない者はいないほどであった。
また、かつて仕事でレモネを訪れた枢機卿ギルバートも、彼女に一目置いていた。彼女のシスターとしての資質や能力はもちろん、誰に対しても一生懸命で、誰に対しても優しい性格に「皮肉屋の自分がこんな娘に絆されるなんてね」と彼女のことを、何だかんだと可愛がっていたのだった。
しかし、その日、ハロの運命は変わることとなった。
「ハロ、シスターマーガレットから言伝よ。『決して自室から出てはなりません』だって」
友達(同僚)の少女から伝えられたハロであったが、いつまで経っても応接室から戻ってこないシスターマーガレットを心配し、ハロは自室を出てしまった。
◇◇◇
この世界では、日本でいうところの医者の様な仕事をしている施術士というものがある。
症状に適した薬を出したり、整形外科のように骨折なんかの処置をしたり、はたまた盲腸の摘出などのちょっとした外科手術もおこなったりと、人々の生活になくてはならない職業であった。
レモネの街で、この施術士を営むリクという青年がいた。
実直で、ぶっきらぼうで人から勘違いされやすい性格ではあったが、彼の仕事振りは誠実そのものだった。休日中でも、急いで訪れた患者を無下に帰さずに、親身になって治療にあたるので、多くの者から信頼されていた。
要するに、彼もまたレモネの街で愛されていた人物であった。
正午のピークを過ぎたころ、ようやく一息
助手の女性の他愛ない話に相槌を打っていると、ドンドンドンとドアを大きく叩く無礼な音が何度も聞こえた。
「休憩の札が見えないのか? そういうのは嫌いだ」
リクは溜め息を
◇◇◇
手術を行う場所には、リクの施術室が選ばれた。
ハロもリクも、竜宮院によって有無を言わさずに、メリッサの治療を手伝わされることになった。
失敗すれば幼い命が失われるという状況であり、なおかつ自分の能力を超える未知の仕事に唐突に巻き込まれた二人は、必死に竜宮院の依頼を拒んだ。しかしそれも徒労に終わった。
『聖女の敬愛する勇者である僕の申し出を拒むんだね。それは聖女を、ひいては教会を否定してるってことでいいのかな? ならさ、そんな不信心な教会も、シスター達も要らないよね?』
睨めつけられ、脅されたハロに選択肢などないも同然であった。
彼女は愛すべき同僚のみんなを、そして自分達の居場所たる教会を盾にとられてしまい、ぼろぼろと涙を流して、首を縦に振ったのだった。
リクにしても、似たようなものだ。
『最近はこの辺も治安が悪いからね。ほら、少し先に行った所にあった宝石店なんだけど、強盗が入ったらしいよ。全く物騒ったらありゃしない。ここも、気をつけた方が良いよ。いやいや、何を言ってるのさ、これはただの老婆心ってやつだよ。ここがなくなると困る人もいるかもしれないけど……まあ仕方ないよね』
彼も、竜宮院お得意の脅迫に屈し、仕方なく了承することとなったのだった。
◇◇◇
メリッサの患部は、病状が進み大まかには特定出来る状態であった。そこで竜宮院は、
『患部が分かるのなら、そこを全て摘出してしまえば良い。
なあに、大丈夫大丈夫! こういうときこそ発想の逆転が大事なんだよ! コロンブスの卵ってヤツさ!
全摘したとしても、臓器を再生出来るほどの回復魔法を使ってやれば万事解決! どうだい! 君達には思いもよらなかっただろう!』
と二人には説明した。しかしそんな説明は何の役にも立ちやしない。
竜宮院に声を掛けられたその日当日に、二人は突然の施術をすることとなった。
それは竜宮院による完全なミスであり、拙速であった。
少女の命をいきなり背負わされた二人は、覚悟を決める時間すら貰えずに、身体を震わせ、少女と対面を果たした。
そして竜宮院に『絶対に大丈夫だから』『病に苦しむ少女を助けてあげようではないか』と言われるがままに、眼の前で病に臥せった少女への施術を強制された。
◇◇◇
結果からいうと、施術は失敗に終わった。
原因は大きく分けて二つあった。
一つ目は、異常細胞の一部が、既に別の臓器へと転移していたこと。
そして二つ目は『臓器の再生を果たすほど強力な回復魔法を掛けた』ことであった。
そして原因の後者は、より致命的なミスであった。
竜宮院の考えた『過剰魔力生産性臓器不全疾患』の治療法は、既にこの世界にあるものであった。けれど、欠陥があるため用いられることはほとんどないというだけであった。
異世界の聖騎士ヤマダであれば、『もしかしたら既に誰かが考えてるかもなぁ、一応確認しとくか』と専門家に話を聞きに行っていたであろうが、勇者である竜宮院には、彼のような謙虚さや勤勉さは皆無であった。
竜宮院の浅薄な行動は、関係者全員を巻き込んでの悲劇を引き起こした。
なぜなら、この病気の異常細胞は、"回復魔法により成長を促進されてしまう性質"を持つ。
ハロの強力無比な回復魔法によって、メリッサの症状は爆発的に進行を果たし、そのままなら数ヶ月は保ったであろうその命は一気に縮まり、余命を数日のものとしたのであった。
◇◇◇
「君の未熟な回復魔法のせいで、彼女の死期が近くなってしまった。一体どうしたものか……幼い少女の命が……いや、それだけでは済まなされない! メリッサの家族のことを考えると僕は胸が引き裂かれそうだ! 君はどうやって償うんつもりなんだ!」
病に苦しむ少女をさらに苦しめる片棒をかつがされたハロは、顔を紙のように白くし、泣き崩れ、逃げられぬ罪悪感からその場に吐瀉した。
「君も、君だ。施術士だなんて、ご立派で大層な肩書きだけど、君に出来たことといえば、かよわい少女の身体を切り刻んだことだけじゃないか。君がメリッサ嬢の身体をむやみやたらと
父の様に人を救いたいと願い、やっとの思いで施術士となった青年は頭を抱えて崩れ落ちたのだった。
「まあ、やってしまったものは仕方ないね。彼らには僕から話をつけておく。だから、さ───ハロといったかい? その代わりに、君は僕の部屋に来るんだ」
◇◇◇
その二日後に、ギルバート・ラフスムスは仕事で偶然レモネを訪れた。
彼が知ったのは全てが終わった後であった。
すぐさま彼はできる限りの後始末に取り掛かった。さらにその数日後には、ギルバート主導による《箱庭計画》が行われることが決定したのであった。
本計画における勇者の呼称は《スク》───地球でいうところの《Schwein》をもじってつけられた名称であった。
《Schwein》、すなわちシュバインは《豚》を意味する単語であった。名づけの意図は『豚の様に暮らしとけ』、だ。
ギルバートにとって竜宮院は、もはや単なる敵でしかなかった。
勇者は、中途半端な知識を元に、悪びれず、反省もなく、己の思う通りに、高慢に振る舞い続けた。
この世界を、おもちゃとでも思ってるのか、彼は笑顔で周囲を蹂躙したのだった。
ギルバートにはわかっていた。
彼のこういった行為は、彼がいる限り続くのだ。
無意識に無神経に無遠慮に、彼は生きている限り、この世界にひたすらに害を及ぼし続けるのだ。
これまでもそうであった。
まとめさせた数多くの報告に目を通した。
今回は医療の名を借りて多くの無辜の民を不幸に叩き落した。
しかしこれが終わりではない。
例えば彼が、地球で用いられていた現代兵器の知識を中途半端にばら撒いたとする。今回と同様なことが起こった場合、どれくらいの被害者が出るのか想像もつかない。
それならば、それならばこそ───
ギルバートは目の前にいる少女を抱きしめた。
彼女は天真爛漫で笑顔の似合う少女であった。
しかし彼女は今では抜け殻のように涙を流し続け、ときには罪悪感から錯乱したのだった。
「『タイムイズマネー』だっけ。良い言葉だよ、本当に。
勇者くんの言葉通りに、速攻でもって君の楽しい愉しい生活の全てを管理してあげるよ。そうして最後には楽しく愉しく使い潰してやるからさ」
そうして彼は、心胆寒からしめる声を吐いたのだった。
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