第14話 貴方が (vs《封印迷宮第四階層守護者β》)
◇◇◇
☆聖剣☆
過去に召喚されし鍛冶職(正確には創造職)の少年により創られた剣。
適切な遣い手の元でこそ能力を発揮する聖なる剣。
かつて《鏡の迷宮》のボス戦では鈍器として扱われていたが、当時の聖騎士ヤマダの腕が未熟であったことと《水晶のヒトガタ》の身体が硬過ぎたことが原因である。
後に《封印迷宮》に現れた《水晶のヒトガタ》を両断し、細切れに切り刻んだときのヤマダであれば、聖剣を用いても同様のことができたと考えられる。
また《
創造主たる鍛冶職の少年により名付けられし《
未だに不明な点が多い。
◇◇◇
これは一体、夢なのか
◇◇◇
その瞬間、己を包む暖かな感覚と共に、聖女ミカの思考がより明瞭なものになった。
何かがおかしかった。
思えば、この辺境に訪れた辺りから、それまでは一度たりとも考えずに過ごせたことを、よく考えるようになった。
そういった感覚は、《封印迷宮》で、
以前よりエリスが、何度も聖剣が輝いたと主張していた。
ミカとアンジェリカには、彼女の言うような聖剣の輝きを認識できなかった。何度か重ねたミスや、大勢の前で謝罪させられたことを気に病んだ結果、エリスには見えるはずのないものが見えてしまったのだと理解し、同じ勇者パーティのメンバーとして、彼女を慰めたのだった。
けれど、今ならばわかる。
エリスの主張は正しかったのだ。
何も考えず、信頼のおける勇者の言う事に従い、微笑んでいるだけの生活は幸せであった。勇者の言葉は思考を痺れさせ、心を蕩かす甘さであった。彼の側に侍り、彼に微笑みかけられ、彼の言葉に耳を傾けることは至上の幸福であった。
けれど、それは───
本当は───
《封印迷宮》の探索を開始して以降、何度となく聖剣から、かつて感じたことのある暖かな何かを感じた。先程の仮眠しているときもそうだった。その都度、光は見えずとも、何かが自分を引き戻そうとしているような暖かな感覚に触れ、その都度、己の思考はより明瞭なものとなった。もっとも、はっきりそうだと断言できるようになったのは聖騎士ヤマダに───
「殲滅なさいッッ!!」
アンジェリカの力強い声が響き、ミカの意識は引き戻された。
七つの水槍───それもただの水槍ではないギチギチに圧縮され、その穂先部分がドリルのような螺旋状に創られた水槍───はアンジェリカの声に従い、六枚刃目掛け高速回転し軌跡を描いた。
宝剣が加速すると言っても、常にその状態でいるわけではない。
一秒か? 二秒か? 出来ても三秒は超えないだろう。
それに次の加速までのリキャストタイムだってあるはずだ。
「加速して逃げればいいわ! 出来るものならねッ!!」
《
縦横無尽に飛び回る刃が、またもやチカチカと光った。すると一瞬で水槍との距離が空いたが───そんなものは関係なかった。
───ドゥルルルルルルルル!!
削岩機にも似た音を立て勢いを落とすことなく、どこまでも追尾し続ける水槍の内の一つが、ついに六つの刃の内の一つと接触し───完全にぶち抜いた。
「やったぞッッ!!」
眼前の光景に、アシュリーが手を高々と上げた。
勢いは衰えることなく、さらにもう一つの水槍が、別の刃と接触し、その回転により完膚無きまでに粉砕した。
この調子ならと、アシュリーとミカがホッと一息
しかし残り四枚の宝剣が凶行に走った。
四枚の内の三枚が、己の分体たる一枚をバラバラに切り裂いた。
「何かがおかしいわ───」
アンジェリカが言うが早いか、宝剣が対処を終えるのが早いか。
《
「マズイわッッ!! ミカッッ!! アシュリーッ!! 次の準備をなさいッッ!!」
自身にバラバラに切り裂かれた刃の破片が、今度は自らの意志に従い飛行し、逆に、水槍へと接触を図った。
狙ってか偶然か、その全てがほぼ同じタイミングで全ての水槍へと接触を果たした───瞬間、いくつもの小規模爆発が起きた。
《
◇◇◇
「ミカッッ!! ここが踏ん張りどころよッッ!! アシュリーッッ!!
「アンジェリカさんこそ、ここが正念場ですよッッ!!」
「私の番が来ないことを祈る───《
三人は各々声を掛け合い。各々の役割に向き合った。
アシュリーが用いたのはこの世界に現存する最高レベルのバフスキルである《
「ッッ……アシュリーさん……!!」
発動から十二分の間、彼女は人類最強レベルの戦力となる。その威力はとてつもないもので、彼女一人で勇者パーティを相手に出来る程だ。けれど、その反動は凄まじいものであった。
今回に関して言えば、さらに併せて《五重スキル》に《
彼女はもはや己の命を度外視している。
己の身を挺して、他者を護る彼女の姿に、ミカは誰かを思い出しそうになった。一体それは誰?───という疑問に費やす時間はなかった。
アシュリーに次いで、アンジェリカも間髪置かずに、
「《
水槍の追尾中も、休むことなく準備していた結界を、荒野を二分するほどに大きく発動させた。
「ふううぅぅぅッッッ───!!!」
アンジェリカの結界に被せるように、ミカも再び十六枚の結界を張り巡らせた。
ミカは再び喉元までせり上がった血液を、気づかれないように飲み込んだ。泣き虫の聖騎士にだけは気づかれたくなかった。
そして、これはミカの意地の問題でもあった。
アンジェリカも並行発動を用いることで大技を連発し、何よりアシュリーは生命に深刻に影響を及ぼす《
自分がここで倒れ、全てを無に帰すわけにはいかなかった。
「アアアアァァァァッッッ───!!」
ミカとアンジェリカの二人が示し合わせたように、裂帛の気合を上げた。すると二人が重ねた結界が、残り三枚の刃を包み込むような巨大な球を
内部から脱出を図った宝剣の三枚の刃が狂ったように結界を攻撃したが───
「アンジェリカさんッッ!!」
聖女ミカの覚悟の前にそれは叶わず、
「《
アンジェリカの最後の並行発動によって、結界内部に大爆発が起こった。
◇◇◇
『もしかすると《封印迷宮》は人の心を───その中でも恐怖心を読み取ってるのかもしれない』
気が抜けたからか、私は、ふとアンジェリカさんの一言を思い出しました。
もし彼女の予想が、正鵠を射てたとして……ならば私は何に対して、恐怖心を抱いていたのか?
それは、何気ない疑問でありました。
答えも単純なように思われました。
私は死ぬことが怖かったのか。
けれど、腑に落ちません。
何故なら《時の迷宮》探索時の方がより、死は身近にあった。
なら、私は何を恐れていたのか───
◇◇◇
まさに会心の一撃だった。
安心して気が抜けたからか、アンジェリカが疲労から膝を地に着けたが、すぐに息を呑むことになった。
《
怪物 《
アシュリーの判断は早かった。
出し惜しみをしている余裕はなかった。
この瞬間を逃すわけにはいかない。
「《
アシュリーが振りかざした破邪の剣から、強烈な光が放たれた。
光は圧倒的な威力を以て、残り二枚となった宝剣の刃を飲み込んだのだった。
しかし───光の中に───
◇◇◇
聖女ミカは不思議であった。
何故だか、身体が動いてしまったのだ。
彼女は何かを感じとり、三人の中でも最も前にいたアシュリーを突き飛ばした。
◇◇◇
どうして───
どうして忘れていたのか。
私は怖かった───貴方が傷つくことが。
私は恐かった───貴方が死ぬことが。
◇◇◇
《
凶刃が切り裂いたのは聖女ミカだった。
彼女の生命の灯火は、今まさに消えようとしていた。
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漫画版は小説には存在しない第0話カラー版が収録されております。
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