第12話 救済③(vs《封印迷宮第四階層守護者β》)

◇◇◇



 ───ぶぉんぶぉんぶぉん


 三人が進むとぷかぷかと浮遊する宝剣が姿を現した。

 眼前のモンスターこそが、ヤマダが、自身がこれまで戦った中でも最強候補の一角であると評するボスモンスター───《超高速の剣劇クラウ・ソラス》であった。



 ───ぶぉんぶぉん

   ───   ぶぉんぶぉん

    ───ぶぉん   ぶぉん

  ───ぶぉんぶぉんぶぉん



 どこか場にそぐわない宝剣の待機音が、連続的かつ重奏的に鳴り響き大気を震わせた。


 三人は身体の芯から揺さぶられ身体を震わせた。《超高速の剣劇クラウ・ソラス》の発する音は、これまで聞いてきたどんな獰猛なモンスターの雄叫びよりも恐ろしいものだった。

 しかし彼女達は挫けそうな己の心を奮い立たせ、何とか冷静でいるように努めた。


 聖女ミカとアンジェリカは改めて目の前のモンスターを見やった。ここまで来た以上、もはや目を背けることはできない。


 目の前で浮遊する、光の輝く宝剣の姿は、かつての宝剣と同様のものであったが、放たれる輝きは桁違いものであった。


「来るわッッ!!」


 声を上げたのはアンジェリカだった。

 それが戦闘の始まりの合図であった。

 空気を切り裂く音を立て、凶刃が三人へと迫った。


 しかしそれは───予想通りの行動パターンであった。

 宝剣に対する三人の作戦は、一つ一つの行為が命懸けであるという点を考えなければ、それほど複雑ではない。

 

【六枚の刃】の姿でなくとも、宝剣の飛行速度は常軌を逸したものであった。

 先んじてアシュリーが前に出た。一直線に襲い来る宝剣の突き刺しを、聖盾によって弾いて押し込んだ。


 作戦は単純明快だった。

 アシュリーが盾で、そしてミカが結界で護りを固め、アンジェリカが《反射鏡リフレクター》の発動準備を整え、光線レーザーの射出に合わせて術を発動させるといったものであった。


 斬撃に合わせてアシュリーが「フッッ!!」と息を吐いた。世界でも有数の堅牢さを持つアシュリーの盾捌きは別格であった。彼女は《超高速の剣劇クラウ・ソラス》の斬撃を何度も器用にいなした。

 しかし《超高速の剣劇クラウ・ソラス》は蛇のような執拗さで彼女を攻め立てた。何度アシュリーに弾かれても、受け流されても、いなされても、斬撃の速度と勢いは全く衰えることなく、幾度となく三人に斬り掛かり続けた。


 桁外れの執念の前に、次第に、さすがのアシュリーも全てを防ぐことが苦しくなり、ついにその刃が彼女へと届いた。切っ先は彼女の鎧を切り裂き───ということはなかった。


 幾度となく防ぐ内に、刃が彼女達へと直接届くだろうことは作戦に織り込み済み。


 既にアシュリーは、《全強化+オールリーインフォースプラス》、《守護神ガーディアンズガード》、《我が身は盾であるシールドイズマイン》の三つのスキルを発動させていた。


 切り裂かれなかった理由は彼女のスキルだけが理由ではない。


 多重スキルに加え、聖女ミカによって強力な結界が張られていた。それもこれまでのような単なる壁としての平面上のものや、パーティを包む半球上のものではない、三人の身体にフィットしなおかつ行動を阻害しないような緻密かつ極限まで圧縮された結界であった。


 この土壇場で限りなく高い難易度の結界であったが、聖女ミカ自身の申し出によって作戦に組み込まれたのだった。


 本来であれば、アシュリーの鎧を切り裂いて、柔肌にまで到達し得る斬撃であったが、戦いの前に立てられた綿密な作戦が効を奏した。


 アシュリーと聖女ミカは、自身の背中から魔力回路パスを通して、触れていないはずのアンジェリカの掌を感じた。二人はアンジェリカの必死の詠唱と共に、魔力回路パスを通し、自身の魔力が動かされている感覚を理解した。


「大丈夫、まだやれる。焦らないでくれ」


 アシュリーは魔力回路パスを通じてアンジェリカの焦燥を感じた。だから声を掛けた。


 宝剣が浮遊速度───否、飛行速度を上げた。と同時にその動きはより複雑なものへと変化した。それは先程までの荒い動きではなく、どこか三人の死角を探っているような動きであった。

 アシュリーは相手の意図に気づいたが一手遅れた。《超高速の剣劇クラウ・ソラス》は彼女達の背後を狙い、ここまでて一番の速度で縦横無尽に飛び回り攻め立てた。


「くッッ!!」


 アシュリーが呻いた。これまで弾き返せていた宝剣の斬撃が、ついにはアシュリーの盾捌きを上回ったからだ。

 けれど、アシュリーは二人へと声を上げた。


「貴女達は私が護るから大丈夫だ!!」


 アシュリーは、自身の盾の及ばぬ斬撃は、己の身体で流して受けた。


 しかし嘲笑うかのように宝剣の飛行速度はさらに上昇し、それに比例して斬撃が威力を増した。アシュリーの鎧に徐々にではあるが、大きな傷が走り始めた。鎧が損壊し、凶刃が彼女の肉体へ到達するのも、そう遠くない未来であった。


「アンジェリカさん、急いで」


 怯まずに敵の攻撃に身を挺すアシュリーに、

聖女ミカはおかしくなりそうだった。

 アシュリーは二人を護るという役割を必死にこなし続けた。


 だから宝剣が焦れた。

 前回よりも早い段階で───


「来るわッッッ!!!」


 聖女ミカが叫んだ。

 宝剣は飛行による斬撃をやめ、その場にふよふよと浮遊し始めた


 ───ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん


 宝剣の鳴動は激しさを増し、刀身は目を焼かんばかりに輝き、明滅を繰り返した。

 宝剣はまさに今、巨大なエネルギーを産み出し蓄えている───三人はその切っ先に、莫大なエネルギーが集中するのをはっきりと悟った。


「アンジェリカさんッッ!!」


 聖女ミカが叫んだその瞬間───

 宝剣の切っ先から、極太のエネルギーの奔流が解き放たれた。

 視界が光に覆われ、三人が光に飲み込まれ消滅する───その寸前、



「《反射鏡リフレクター》」



 魔法使いアンジェリカから力ある声が響いた。それに伴い三人の前に朝霧を思わせる粒子が現れて煌めいた。


 その刹那、三人を飲み込むはずであった光線レーザーは向きを180°変え、《超高速の剣劇クラウ・ソラス》自身を───飲み込んだ。光の奔流はそれでも力を余らせ、周囲に破壊的なエネルギーをばら撒きしっちゃかめっちゃかに大地や壁をえぐり取り大爆発を巻き起こした。


「ふぅー、さすが賢者アンジェリカ」


「アンジェリカさん、もう駄目かと思いました……」


 アシュリーとミカが思い思いに言葉を発した。しかし声を掛けられたアンジェリカの表情に一切の喜色が浮かばない。


「そんな顔してどうしたんだ?」


 アシュリーの問いに、


「二人共、戦闘は継続。第二ラウンドの始まりよ」


 アンジェリカが答えた。

 彼女の視線の先───爆炎が晴れたそこには、【六枚の刃】へと姿を変えた《超高速の剣劇クラウ・ソラス》が浮遊していたのだった。





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本日7/16コミカライズ1巻が発売しました。

漫画版は漫画家の栖ゆち先生によって描かれた、小説には存在しない第0話が収録されております。みなさま、よろしくお願いしますー!


さらなるご購入報告もいただきました!

ありがとうございます!




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