第11話 救済②(vs《封印迷宮第四階層守護者β》)

◇◇◇



 魔法使いアンジェリカには魔法使いとして重大な欠陥があった。

 彼女は生まれつき先天性魔力放出孔栓症という病を抱えており、この病によって、彼女の使用できる魔法は初級魔法に限定されていたのだった。

 初級魔法しか使えない魔法使いなど、いくら努力しようと無能の役立たずに過ぎない───そのはずであった。


 しかし彼女の生来の莫大な魔力と、欠かさぬ訓練の賜物である魔力操作と、異世界の少年の発想が出会ったことで強烈なブレークスルーが起き、その欠点は完全に克服された。



 かつて劣等生であったアンジェリカは、今では賢者などと称されているが、なるほど彼女の持つ馬鹿げた威力の魔法はその称号に相応しいものであった。 


 異世界の少年との対話と研究により産み出された数々の強力無比な魔法の正体は、絶妙にコントロールされた大量の初級魔法を重ねて組み合わせて発動されたものであった。


 ただしそれは、少年に教授された化学反応を踏まえた術式の組み合わせや、複数の術式を発動する際の絶妙なタイミングや、発動された魔法の圧縮や拡散などといった、精緻かつ大胆な魔法制御があってこそ成り立つ、彼女にしか再現のできない、彼女固有の魔法であった。


 さて、そんな強力な術式をいくつも持つ彼女であったが、彼女の持つ魔法の全てが、先述の様な初級魔法のみによって創り上げられて発動されているわけではなかった。


 例えば、対アシュリー戦で用いた《蛇の鎖チェインバインド》という魔法がある。この魔法は初級魔法を組み合わせて創られた通常の体内の魔力を使った魔法とは異なり、先立って土に染み込ませた魔力をコントロールすることで発動する術式であった。


 またそれとは別に、対式符セナ戦で用いられた《疑似上級魔法イミテイションエレメンタルマジック》という術式がある。こちらも《蛇の鎖チェインバインド》と同様の理屈によって、あらかじめ外界に放出しておいた己の魔力を核にし、元より大気に存在する魔素魔力とを混ぜ合わせた物を燃料に発動された擬似的上級魔法であった。


 どちらも、純粋な魔力の放出や、一度外界へと放出された体外の魔力の操作などといった、彼女がこれまで鍛え上げた超高等技術のすいを集めて発動される術式であった。


 ただし、これらの技術の核となる、『一度外部へ放出した体外の魔力を再度操作し、それを用いて術式を発動するという過程』は非常に困難なものであり、彼女の実力を以ってしても未だに未完成であった。



 ここで多くの者が思ったはずだ。

 賢者アンジェリカですら一朝一夕にはいかないのか、と。


 それもそのはずだった。

 長らく本腰を入れてされることのなかった本研究が再開されたのは、ボルダフに到着してからだったのだから───



◇◇◇



「敵が【六枚刃形態】で高速で動くなら、その姿になる前に倒し切ってしまえばいい」


「けど、それは───」


 難しいのではないか。

 ミカが発する前に、アンジェリカが手で制止した。


「確かにそれは簡単なことではないわ。脅威度は劣るものの、浮遊する【宝剣形態】には攻撃を当てにくい上に、高威力の光線レーザーがあるもの」


 けれど、アンジェリカにはこの場に誂え向きな魔法があった。


「私には《反射鏡リフレクター》という魔法がある」


「《反射鏡リフレクター》?」


 アシュリーが聞き返した。


「そう。私の《反射鏡リフレクター》ならアイツの光線レーザーを跳ね返せる」


反射鏡リフレクター》───アンジェリカの固有魔法の一つだ。

 高濃度の光魔力を粒子化し体外へと放出し空間を満たし、そしてこの粒子に魔法を反射する性質を付与し、相手の術式を跳ね返すという極大魔法であった。


「ただし、《反射鏡リフレクター》を用いるには、二人に大きな負担を掛けることになる」


蛇の鎖チェインバインド》で用いられたものと同様の理論によって創られた本術式は、当然ながら未完成であった。だから、


「今の私では、一人で莫大な光魔力を用意して、それら全てを操作するといった複雑かつ負担の大きなことはできない。だから貴方達には光魔力を用意してもらう。ちょうど聖女に聖騎士といった光魔法のスペシャリストが揃っていることだしね」


 アンジェリカに言われ、アシュリーとミカが顔を見合わせ、パチパチと目をしばたたいた。


「私が貴女達に魔力を送り、私との魔力通路パスを造るわ。そこから、貴女達の用意した光魔力を私が操作して《反射鏡リフレクター》を発現させる」


 口にすることは容易い。


「しかし、他人の身体にある魔力を操作するだなんて、そんなことが───」


 聖女ミカが戦慄わなないた。

 机上の空論どころか馬鹿げた妄想と一蹴されそうな話であった。


「私ならできるわ」


 二人を安心させるようにアンジェリカは言い切ってみせたのだった。



◇◇◇



 極短時間であったがアンジェリカの《反射鏡リフレクター》をメインに据えた作戦は練りに練られた。


「切り札に奥の手。これで万全ね」


 アンジェリカが胸を張った。そのとき聖女ミカは、ふと誰かのセリフを思い出した。



 ───切り札は先に見せるな。見せるなら奥の手を持て



 残念なことにそれを発したのが誰だったかまでは不明であったが、発言した人物は特大のドヤ顔だったことだけは思い出せた。


「二人はいったい何を笑ってるんだい?」


 アシュリーが問い掛けた。

 ミカは己が意図せず微笑んでいたことに気づいた。とそこで、


「んん、二人?」


 ミカがアンジェリカの表情を覗くと、彼女の口の端が持ち上がっていた。

 どうしてかわからないまま二人は、互いに顔を見合わせて小さく笑い合った。

 それから数分、さらに作戦を煮詰めた三人は、自ずと戦闘への準備を確認し、臨戦態勢へと入ったのだった。


「では、行きましょうか」


 聖女ミカの声に、三人は宝剣の怪物へと足を向けた。




◇◇◇




 その寸刻前、作戦会議も終わりごろのこと。

 アンジェリカが二人へとぼそりと漏らした。

 

『もしかすると《封印迷宮》は人の心を───その中でも恐怖心を読み取ってるのかもしれない』


 それははっきりとした根拠もない、ただの推測であった。けれどやけにミカの心がざわついたのだった。






───────────────

これから数日間宣伝します。お許しを!


本日7/16コミカライズ1巻が発売しました。

コミカライズ版は漫画家の栖ゆち先生によって描かれた、セナとセンセイが登場する美麗なカラー絵で構成された第0話が収録されております。みなさま、よろしくお願いしますー!


ご購入報告もいただきました!

ありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る