第7話 聖女④

◇◇◇




 初めて見たときから、彼女のことが気に入りませんでした。理由はわかりません。


 彼女の有り様やこころざしをまざまざと見せつけられるにつけ、私は何か間違えたことをしているのではないか、致命的な何かをやらかしてしまったのではないかという不安が首をもたげました。


 同時に、その不安は私の胸を締め付けるような痛みを伴いました。やがて痛みは心の内をじくじくと蝕み、気づいたときにはもう手遅れとなっていました。痛みは無視出来ないほどに大きなものとなっていたのです。


 私は間違えていません。

 私は正しいことを為しました。


 私に出来ることは虚勢を張ることだけでした。

 いえ、虚勢を張っていたと気づくことすらできない愚かな道化でした。




◇◇◇




 聖女ミカは神の寵愛を受けている。

 彼女はそれに足るだけの善性を持ち、さらに日々怠ることなく徳を積み重ねている───これはクラーテル教会首脳陣にとって全会一致の意見である。

 端的に言うならば、彼らは彼女を崇拝しているとさえ言えた。





 幼き頃、少女は聖女に見出された。

 当時十歳にも至らない少女は、周囲の子供と比べ、あまりにも聡明であった。

 大人びた気質や思考はもちろんのこと、光属性の中でも特に聖属性として扱われるほどの非常に優れた回復魔法の素質を有していたのであった。


 その才能は自然と発揮され、少女は誰から教わるでもなく、回復魔法に目覚めたのだった。


 切っ掛けは少女の父が大怪我をしたことであった。

 驚くべきことに、彼女は敬愛する父を何とかしたいという一心のみで初めての回復魔法を発動させたのだ。


 少女と同郷の村人の多くが、以下のように証言している。


 少女の父が大怪我を負ったその日、彼女の家から鮮烈な光がほとばしったのを見たと。

 何事かと、少女の家に訪れた彼らは、床にせった主人と彼を包む温かな光、そして、涙を流し両の手を組み、彼の回復を祈る少女を目撃した。眩いばかりの光は、少女から発せられたものであった。

 しかし彼女は、光に気づくことはなく、それどころか「何があったんだ」と声を荒げ家へと訪れた村人にすら気づくことはなかった。

 一心不乱。少女の意識の全ては、神への祈りで占められていた。


 それを目撃した村人達は、滅私で祈りを捧げる少女の姿に、まるで宗教に殉じる聖人を描いた一枚絵から感じるような神々しさを感じたのだった。



 以降、彼女は様々な人を回復術にて助けることとなる。少女が初めて治療した実の父、次はぎっくり腰になった隣の年配のおじいさん、さらに次は病気になった村長であり、その次は話を聞きつけた隣村の住人であった。


 このように、彼女の回復魔法の噂は徐々にではあるが広がっていき、少女が治療を施す範囲は次第に拡大していったのであった。


 少女には十年に一人とも、百年に一人とも言われるほどの光属性魔法の優れた才があった。それゆえに彼女が経験を積むにつれて、その才は開花していき、回復魔法の効果は、見る者が見れば目をみはる程に増していった。


 そのため、彼女の回復魔法の噂が、街から街へと広がり、貴族の耳に入るのは時間の問題であった。



◇◇◇



 ただ耳にしたからと言って、彼女が急に貴族から治療を請われるということはなかった。


 最初に彼女の噂を耳にした貴族には生まれつき下肢の不自由な娘がいた。彼は娘を完治させられる治癒師を探していた。

 けれど当初は彼女へと特に興味を示すことはなかった。それは当然の話であった。

 いくら少女が凄いと言っても、所詮は、市井しせいで流れている噂に過ぎない。そんなものには尾ひれや背びれが引っ付いていることが常であったし、その話自体が作り物であることも考えられた。だから、彼が胡散臭いと判断したとしても何もおかしいことではなかった。


 そういった理由で、下肢の不自由を治癒し得るほどの優秀な治癒師を探しあぐねた彼が、藁にもすがる想いで彼女の元へと辿り着いたときは、それなりに時間が経過していたのだった。



◇◇◇



 そもそも生まれつきの不自由さを完全に治療することは高難易度の所業であった。それこそ大司教レベルかそれに準じる者でないとあり得ない御業であった。


 それを為し得る者は少なくないが、だからといって決して多くはない。それに加えて、強力な能力を持つ聖職者や探索者は、自然と、王都をはじめとした大都市に請われるために、どうしても都市部から離れた所には少なくなりがちであった。


 そういったわけで、くだんの貴族が娘を助けてくれる回復術師を探すのは、自然と困難な道のりとなったのだった。


 そして当の貴族が治癒師の少女の元へとようやく辿り着いた頃には、彼女は既に数え切れないほどの人を治療した後であった。

 少女は既に市井しせいでは素晴らしい治癒師として名を馳せていた。


 くだんの貴族が彼女の話を再び耳にしたとき、彼は驚いたものだった。


 少女は彼が想定していたような多額の金銭を要求することはないのだという。

 彼女はもちろん、彼女の両親にも功名心や贅沢を欲するという欲望は全くといってなかった。彼らは現在の生活に十分に幸せを感じでいたのだ。だから娘を利用して一儲けを企てたりなどといった気持ちは一切なかった。


 彼女の両親は清貧を尊ぶ───とまではいかずとも、非常に善良な人間であった。


 そのために、相手から感謝の気持ちで差し出された金銭は、全額教会へと寄付していたのだった。




◇◇◇




 くだんの貴族の娘の治療後、少女の活躍は貴族のお茶の席に上り、上流社会において、それまでとは異なった形で、確かな真実として流布された。


 そのような経緯を経て、少女の実態を調べるべく、クラーテル教会が少女へと人を遣わせたのであった。

 


 

 

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