第6話 彼だけが気づいた

◇◇◇



 彼───山田一郎は意識を失ったエリスを背負い、《封印迷宮》の第五階層へと降りた……はずだった。

 しかし辿り着いた場所は第五階層などではなく、


「あり?」


 そこは《封印迷宮》の入口───封印の祠のあった洞窟前であった。


「って! 何で!? これ何で!?」


 混乱と同時に、その先で胡座あぐらし目を閉じるセンセイをみつけた彼。


 ───どうして


 強烈な理不尽が目の前に立ちはだかり、彼は混乱の極みにあったが、それでも、これまでに数え切れないほどの困難に相対してきた彼の思考の一部は、冷静に現状を分析し続けた。


 そもそもだ。

 そもそもの話、山田の中にはずっともやもやしたものがあった。


 センセイ曰く前回現れなかったはずの《液状生命体フォグスライム》がどうして現れたのか。


 前回と今回とでは一体いったい何が違ったのか。


 明確な正解は見えずとも、朧げながらも正解のピースは、彼の中にそれなりの形を成して存在していた。


 それが急激に形になり出したのは、階層を進んでいくごとに現れるボスモンスターを目にしてからであった。




《封印迷宮》二階層のボスは《水晶のヒトガタ》を元にしたモンスターであった。

《水晶のヒトガタ》は山田が初めて探索した《鏡の迷宮》のボスである。


 半年以上もの期間をかけて踏破した新造最難関迷宮の一つである《鏡の迷宮》───その最奥にて待ち構えていたくだんのモンスターは、魔法反射能力と人体程度であれば触れるだけですっと断ち切る殺傷力を持ち、山田と聖女ミカの二人を苦しめた。


《水晶のヒトガタ》との激戦の中で、特に山田は、数えることすら億劫になるほど死にかけることでようやくくだんのモンスターを撃破した。

 その経験が彼にとって指折りの苦境であったろうことは、想像に難くない。



 また《封印迷宮》三階層にて現れたボスは、かつて彼とアンジェリカの二人が相対した《天使》というボスを元にしたモンスターであった。


《天使》は《光の迷宮》の最奥を守護していたモンスターである。くだんのモンスターは物理攻撃無効、光魔法無効の特殊能力を持ち、完全なる山田キラーとも言うべき怪物であった。特に《天使》の超高速連撃は、山田の処理速度を上回り、彼をあと一歩の所まで追い込んだのだった。

 しかし、彼と共にくだんのモンスターに立ち向かったアンジェリカの活躍によって二人はギリギリのところで辛くも勝利を収めた。



 そう。

 どちらも、山田や彼の元パーティメンバーと関わり合いの深いモンスターである。


 全く関係のない迷宮のボスが、二回続けて現れることがあり得るか?

 ただ、その段階では、偶然が二度重なっただけという可能性を捨て切れなかった。



 ならば《封印迷宮》四階層のボスは?


 答えは───かつてエリスが相対した《龍骨剣士》───の生前の姿を元にしたモンスターであった。

 くだんのモンスターは《業無しノースキル》と呼ばれる天衣無縫の剣士であり、《刃の迷宮》を護りしボスモンスターであった。

 山田とエリスの二人が《刃の迷宮》にて、死力を尽くし討伐したボスモンスターの片割れでもある。



 すると、どうなるか?

《封印迷宮》にて現れた三体のボスいずれもが、山田も含めた彼ら・・と縁深いモンスターであったことになる。

 これが偶然だとすれば、分母は天文学的な数字となるだろう。


 であるならばこれは───


 上記の情報に加えて、センセイからの情報を持つのは、この時点で世界中でただ一人───山田一郎しかいなかった。


 だから彼だけが一つの可能性に思い当たった。

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