第5話 誰も知らない

◇◇◇




 話は《是々の剣アファマティブ》を祀っていたボルダフを離れる。


 三人の聖騎士の一人をネリー・バーチャスといった。

 そして彼女の護りし封印の防具を《把握の盾グラスプダメジ》という。

 これこそが《封印領域》を封印するための触媒として用いられた三つの聖なるアイテムの内の一つであった。


把握の盾グラスプダメジ》をまつりし洞窟を中心とした一帯は、きたフォグやそれに伴うモンスター達の出現の中心地となり、これまでに考えられない規模の激戦地になると予想されていた。


 そのため、この洞窟に近く、それでいて多くの人員を収容出来るという理由から、場所と距離とを考慮して、スクルドという街が本件───フォグ見つけ次第掃討サーチアンドデストロイするという作戦における、重要拠点に選ばれたのであった。




◇◇◇




 スクルドの街の宿舎にて、プルミー・エン・ダイナストは、これから間違いなく激しくなるだろう戦いに備え、己にできる最高最善の装備に身を包み、その動きを確認していた。


 彼女は《伝説話級武具レジェンダリィ》である《エクソドスの鎧》を惜しみなく自身専用へと改造し、セパレートしたものを肩、首、肘、膝、手首、胸へと装着していた。それらが自身の動きを干渉しないか、今一度調節するように確かめながら身体を動かした。


 先述の鎧は拳打の得意な自身の動きを阻害しないようにというコンセプトの元で改造された物であった。


 また右側の腰には《世界樹の杖ユグドラシルトゥイグ》が、左側の腰には《魔剣ニーズヘッグ》がそれぞれ掛けられており、両足に巻かれたベルトには、左右共に二本ずつ小太刀サイズの人造魔剣である《イミテイションゴールド》が備え付けられていた。そして他にも───




 予定の時間がきた。

 プルミーがギルドの会議室に足を踏み入れると、メンバーは既に揃っており、ほぼ全員が彼女へと目を向けた。彼らは彼女の装備を確認すると例外なく息を呑んだ。

 このたび、バーチャス防衛の指揮は彼女に委ねられていた。


「さて───」


  

 告げるべき言葉は彼女の内に既にあった。

 有数のクランやパーティのトップ達を前にして、彼女は、誰にも気づかれぬように大きく息を吸い込んだ。


フォグという化物が姿を現してから、数日が経過した。我々の数も多く、このままいけば楽勝に事態を打破できる───」


 幾人の表情は綻び、また別の幾人は当たり前だというように頷いた。しかし、


「───そう思ってる者も少なくはないはずだ」


 全体に多少なりとも、楽勝ムードが流れていたことは事実であった。彼らは実際に前回の《封印領域》のことを知らないのだから仕方がない。そうプルミーは割り切っていたが、

 

「確かに君達のその考えに概ね間違いはない。ここは王都に近いために、今回の件での最重要防衛拠点として数々の実力者が集められた───そうだ、君達や君達の擁する組織のことだ」


 プルミーは威風堂々たる佇まいで彼らへと告げた。


「ここに集まりし精鋭達───アルカナ王国騎士団に、オネストをはじめとした実力者揃いの王国魔法師団、クラン《反逆者達レベリオン》、クラン《エデンズガーデン》、それに単独パーティである《ファイアスターター》に《黒狼の咆哮ウルフズヘッド》、それにあの聖騎士ネリー・バーチャスも加えてという、その誰もが他と一線を画したたけき心を持った真の勇者達である」


 彼女は、出席者全員の顔をしっかりと確認し、


「そう、君達がいればいずれ遠くないうちに、事態は終息へと至るであろう───」


 彼女は、そこまで告げて再び大きく息を吸った。


「ただ、私が言ったことを思い出して欲しい。

 先程私は『このままいけば』と言った。

 断言しよう。事態がこのまますんなりといくことはない」


 プルミーの言い分に、黒衣の男性───《黒狼の咆哮ウルフズヘッド》のリーダーが声を上げた。


「俺たちゃあ、今のところ上手くやってんじゃねーか! ギルマスよぉ! 何を根拠にそんなこと言ってんだよ!」


 荒くれ者である探索者にありがちな、彼に便乗したヤジは一切飛ばなかった。それどころか、彼自身も、周りを代表して意見したに過ぎない。さすがは一流の集団を束ねる人物達であった。彼らはしっかりとプルミーの話へと耳を傾けていた。


「理由は三つある」


 プルミーが一つ指を折る仕草を見せた。


「まずは一つ目、私が前回の《封印領域》による大災害を経験してるからだ。もしかすると知ってる人もいるかもしれないな。フォグの増殖速度は決して馬鹿にしてはいけない。かつて私は増えに増えたフォグが人を埋め尽くす光景を見た。そして増え過ぎたフォグの討伐は不可能だった。ゆえに私達はあのとき、封印を選択することとなったのだ」


 彼女の述べた光景を想像した誰かが喉を鳴らした。


「二つ目。私達が人間である以上、ヒューマンエラーはなくならない。少なくとも、そう考えた上で行動をしなくては、今回も間違いなく前回の二の舞となるだろう」


 どれだけ注意をしても、見落としがあるのが人間のさがであった。だからそいつを自覚すること大事だ。自覚することで、そもそもの注意力も上がり、もし見落としたことから不本意な事態に陥ったとしても、ある程度の余裕を以て対処に当たることができるだろう。


「そして三つ目の理由だが───」


 もはや、誰もが彼女の言うことを傾聴しており、異議を唱える者はここにはいない。


「───"勘"だ」


 彼女のセリフに集まった実力者達の間に、急に困惑したような空気が漂った───が、


「臆病者のそしりを受けても構わない。

 けれどこれは間違いない。私の"勘"はよく当たる。

 今でもそうだ。おぞましいまでの嫌な予感が私からこびりついて離れない。こういうときには必ず悪いことが起こる」


 多くの者がプルミーの言葉に室温が下がったような錯覚を受けた。

 そこへ、先程の《黒狼の咆哮ウルフズヘッド》の黒衣のリーダーが、


「わかった。《蒼焔》がそこまで言うんだ! 俺のパーティもギルマスの指示を徹底しようじゃないか!」


 と声を張り上げたのだった。

 いずれもが我の強い組織であり、容易くバラバラになりがちな状況であったが、プルミーの話を切っ掛けとしてこの場にいる多くの者が彼女の指示を徹底し、それを組織にも徹底するように指示することになるのであった。

 


 これは小さくとも、一つの奇跡であった。

 しかし、一つの奇跡は大きな波を及ぼす。


 誰も知ることはないが、山田とプルミーの対話によって引き起こされた奇跡に違いなかった。










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