第3話 ■忌■■雄

◇◇◇



 城から旅立って以降、勇者竜宮院王子が欠かさずにしていることがあった。

 その行為こそがパフィ姫との連絡であった。

 旅に出た当初から、勇者竜宮院はどうにかしてパフィ姫と連絡を取り続けねばならなかったのだ。


 彼はその方法に苦慮し、パフィ姫に手紙を差し出した。内容は、「どうにかして貴女と直接話したい。何か良い方法はないものか」といった完全に相手に要求を丸投げするものであった……が、いやしかし、完全感覚ドリーマー状態のパフィ姫は歓喜に沸き、滂沱の涙を流した。

 手紙を置くとやにわに宝具室へと全速力で走り出し、それなりに貴重品であったはずの《連絡の宝珠》を掴むと、迷うことなく竜宮院の元へと送り届けたのだった。


 それからというもの、この世界で唯一無二の自分が何故わざわざ貴重な時間を取らなければならないのか、という思いはあれども、


「やれやれこれもモテる男の義務なのかな?」


 竜宮院王子は鼻の穴を膨らませながらのたまった。

 三日に一回は、たったの数分ではあるが、必ずパフィ姫との連絡を取っていた。


 竜宮院にとって、タイムイズマネーの言葉はまさに自分のための言葉であった。彼の考えでは、己の時間は金塊にも等しいものであった。だから彼にとって、たった一人の女に縛られて大事な己の時間を費やさねばならないことは、非常に強いストレスだった。


 そうは言っても、転移前の日本では、多くの有用な者に対し、己の真っ黒な腹の中を隠し通してきた竜宮院である。だからこそ閃いた。


「これはATMの定期メンテナンスのようなものだ!」


 彼はその様に考えることで己を納得させ、不平不満を飲み込むことに成功した。さすが知恵者竜宮院であった。




◇◇◇




 パフィ姫との会話は、彼女が竜宮院を一方的に褒めちぎるといった、彼にとって脳天スパークの絶頂ものであったが、しかし、いくら神戸牛が美味しかろうが、毎日神戸牛では飽きてしまうのと同様、彼はしばらくするとパフィ姫との会話に飽き飽きしてしまい、面倒に感じるようになった。


 しかし彼は、捕縛され拷問を受けても口を開かない抜け忍の如き忍耐力を発揮し、自身の持ち味の一つであると自覚しているイケボを最大限に駆使することで、そういった苛立ちを概ね隠し切ることに成功した……ただし時折苛立ちを漏らしてしまい、彼女を泣かせることはあったけれど。



  

◇◇◇




 そんなある日、竜宮院を不幸が襲った。

 数日に一度の数分間、決められた女性と連絡を取らねばならないという過重労働に耐え続けた彼の身に、信じられないことが起こったのだった。 


 彼を襲った不幸の原因たる人物は、何と彼と同郷の少年ヤマダであった。

 そもそも───山田という人間は、正直なところロクなヤツではなかった。

 年齢と故郷こそ同じであったが、彼の知るヤマダはぱっとせずにオーラも全くなく、頭も良くなかった。もちろん運動能力も平凡であったし、彼からは特に秀でた才能を感じたことがなかった。

 それどころか、転移後、ヤマダを知るにつけ、彼の正体が、スタイリッシュさなど微塵も感じさせない泥臭さと、親か教師のごとき口煩くちうるささをハイブリッドに兼ね備えた、ウルトラ老害少年であることが判明した。


 やれ訓練しろだとか、やれ勉強した方が良いだとか、やれもう少し考えないとだとか、やれもう少しお金は節約した方がだとか、会うたびに何度も何度も口煩く言われるのは、心底耳障りであった。


 やるならそれが必要だと思う奴が勝手にやればいい。

 自分には必要ないからやらない。ただ、それだけのことなのに、バカで愚かで無知な人間にはそれが通じなかった。

 かのギリシャの哲人ソクラテスも『無知の知』を知るべきだと言っていたではないか。

 ヤマダは己が無知であることを知らねばならない。


 お前は歯車。

 俺はそれを使う側。


 なぜ、そんな簡単なことすらわからないのか、不思議で仕方がなかった。

 

 けれど、ヤマダがいくら愚かな人間だとしても、自分に迷惑を掛けない無害な存在に留まっていれば、懐が海の様に広く、赤潮が発生した海面上の栄養価の如き思慮に富んだ竜宮院王子は、彼の存在に我慢し、また目をつぶったはずであった。


 しかし……しかし……しかしヤマダは……人としてしてはならない人倫にもとる行為をしてしまった。


 驚くことに、思いやりも思慮分別も知恵も知能もない人非人にんぴにんヤマダは、恥知らずにも、《刃の迷宮》で勇者パーティを裏切り遁走するだけに飽き足らず、唯一絶対英雄である竜宮院の首を切り飛ばしたのだった。


 しかも、あろうことか、首を切断され風前の灯であった竜宮院の命を人質に取り、パーティの面々に重すぎる《誓約》の枷をつけるという罪を重ねて───


 許すまじヤマダ。

 その枷によって、救世の勇者たる竜宮院はさらなるストレスを感じることとなってしまったのだ。何という悲劇か。




◇◇◇




 ただ、竜宮院は神の存在を信じてはいなかった。

 そもそも、誓約魔法は神が介在する魔法だと聞いていたが、何らかの力がルールに則って働くのなら、何らかのシステムが存在するのではないかと、彼は睨んだ。

 根拠すらないただの推測であったがしくも、彼の予想はところどころ正解に近いところを当ててしまったのだった。


 ことの正否は分からずとも、竜宮院は己の推測に従って、三体のトロフィー達を下手に扱い、《誓約》が発動せぬように、ある程度の指示を与えるように動いたのだった。


 

 まずは魔法使いのアンジェリカ。

 彼女は、侍らすのにそれなりに良いトロフィーであり、アクセサリーであったが、しかし、時折顔を覗かせるインテリ女染みたところが、大幅な減点ポイントであった。トロフィーに知識はいらない。知ってても知らない振りして黙って勇者の後ろで微笑んでいればいい。だというのに、彼女にそれは難しかったようで、彼女は求められていないのに度々知識を披露した。

 例えば、レモネから二つ離れた街のカジノへと遥々足を運んだ際には、竜宮院が少し計算にもたつくと、でしゃばりな彼女がすぐさま点数計算し、彼に耳打ちした。竜宮院は呆れるばかりであった。

 

 そんな無粋な彼女には《誓約》の発動を防ぐべく、数日に一度の頻度で、【魔法の研究】をするよう命じたのだった。



 次に、剣聖のチビゴリラ。

 顔は良いが、成長が足りず、何より暴力を生業なりわいにしているところが気に入らなかった。それに馬鹿みたいに力が強く、アホみたい重い剣をブンブン振り回す姿からはどう見ても知能が感じられず、その姿は小さなゴリラにしか見えなかった。

 だから、彼女への未練は微塵もなく、毎日折を見て勝手に【剣の訓練】でもするように命じた。



 最後は聖女。

 苦肉の策として竜宮院は聖女にはある一定の【奉仕活動】を命じた。

 竜宮院は聖女にこそ、常に隣にいてもらいたかったがしかし、慈善活動をさせることで、《誓約魔法》が発動しないように立ち回ってみせようと目論んだのだった。

 

 聖女の誓約に関しては、特に大変であった。どうすれば発動しないのかといった綱渡りの様な試行錯誤こそが必要であった。

 生来の小狡さと自己保身能力の高さを駆使し、彼は何とかこれをやり遂げる算段をつけたのだった。

 

 竜宮院が気に入らなかったのは、奉仕活動の間、聖女が不在になるという点に尽きた。

 一日二日まるまる彼の側から離れることもあり、竜宮院は不便不都合に何度も歯噛みしたのだった。



 これこそが───竜ならぬ、英雄勇者竜宮院の逆鱗に触れた。



 四体の極上のトロフィーの内、聖女こそが竜宮院の一番のお気に入りであった。聖女という神に見初められし、聖なる存在こそが勇者の隣にあるに相応しい金冠であった。にも関わらず、奉仕活動をする間、己の隣から聖女が離れてしまうではないか。


 聖女が時折不在となることは、彼にとって中々の痛恨事であったが、しかし、彼は類稀な頭脳の発露によって、聖女不在の間は、身の回りの世話は別のキレイな女性に任せれば良いという結論に至った。竜宮院、まさに慧眼であった。





◇◇◇





 こうして勇者にとって聖女不在の時間というものが生まれてしまった。結果として竜宮院は聖女を連れずに遊び回り、飲み歩く機会が生じた。

 運命の悪戯いたずら───いや、運命の悪辣な罠なのか、竜宮院が酒場で提灯要員を連れ歩いて気持ちよく飲み歩いていたとき、彼───アナベル・マキャベリと出会ったのだ。

 

 この出会いこそが、難病に冒されたメリッサ・マキャベリと、その親であるアナベル・マキャベリの親子を不幸のどん底に突き落とす元凶となるのであった。



 

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