第2話 禁忌■■雄
◇◇◇
とある農家の土地を完全にリカバー不可状態に陥れたリューグーインであったが、彼にとってはそんなことは朝飯前であった。
ひっそりと街から消えた負け犬がいたという、ただそれだけのことであった。のるかそるかは己の決断。選んだのはお前であり、全ての責任はお前にあるのだ。
理屈は簡単。
世界は自己責任でできている。
そういうわけで、彼は一片たりとも反省せずに、それどころか1ミクロンの憐憫すら感じることがなかった。
愚かな振る舞いをする者がいたとして、周囲は彼の行為に口を挟めないとする。そのような場合、何が起こり得るだろうか?
正解は行き着くところまでいく、である。
◇◇◇
肥料作成の傍らに、彼───竜宮院は何の因果か、とある中堅商家の集客を請け負うこととなった。
請け負ったとはいうものの、中堅商家の主は酒場で静かにグラスを傾けながら『最近やばいわー』と友人に軽い愚痴をこぼしていただけであった。実際その言葉に深い意味はなく、いわゆる『ぼちぼちでんな』と似た意味の枕言葉であった。
が、しかし竜宮院には通じない。
それを目敏く(耳聡く)聞いた竜宮院は、勝手に『知恵者の勇者が集客の依頼をされた』という
商家の主は、今をときめく勇者様からの申し出に下手に口を挟むことができなかった。
しかし、誰がどう見ても完全完璧なる素人が、自信満々に『大丈夫だ』『任せたまえ』と言い切る様子に、ひしひしと嫌な予感を感じていた。しかし相手が勇者という、どうにも断れない状況で、彼はボロボロと涙をこぼしながら勇者様に『お願いします……』と伝えたのだった。『泣くほど嬉しいのかい?』とはそれを見た竜宮院のセリフである。
「集客の基本は、手段を選ばずに注目されることだ。なら、どうすれば人の目を引くことができると思う? 君達にはあまりにも高度な方法だから理解できないかもしれないけど、炎上マーケティングというやり方がある」
彼は胸を張り、炎上商法こそがこの商家を救うのだと喜々として提唱した。
そしてあれよあれよと言う間に、竜宮院の無能なアクティブさが発揮され、その結果───商家の彼が気づいたときには、何故か自分の家の屋根から、勇者と共に大量の硬貨をばら撒くことになっていた。
ばら撒かれたのは、銅貨や銀貨であったが、数十分間に渡ってばら撒くに耐えうる硬貨は総額として中々のものになった。
「貧乏人のみんな! オーギュスト商店からの贈り物だよ! ほら! もっと必死に拾いたまえ!! ほらほら!!」
終始ご機嫌の勇者様は、このような調子でひたすらに街の民へと硬貨をばら撒いた。
もちろん硬貨は
◇◇◇
結果から言うと、耳目を集めるという意味では、竜宮院の目論見は成功したと言える。
けれど、それが集客に繋がることはなかった。
原因としては、ばら撒いた硬貨の奪い合いで多くの怪我人が出たことも一因であるが、もっとも大きな原因としては『やることが下品だ』『庶民を見下している』『やっぱり悪どいことして儲けているんだろう』『成り上がりの癖に』などといった、客として買い物に来てもらわなければならない庶民層の負の感情を強烈に刺激し、助長したことが挙げられるだろう。
誰がどう見ても当たり前の結果であった。
そして、それを期に
◇◇◇
またあるときはメニュー豊富な食堂で、
「人間の脳にはスタミナがあってね。何かを選択し、決断することにそれらを消費してしまうんだ。だから何かを選ぶという行為は人間にとって、あまり歓迎すべきものではないんだ」
竜宮院は、女将を掴まえて延々と講釈を垂れた。
「つまりねメニューが多過ぎるとね、客は選ぶという行為に疲れてしまって、かえって客足は減ってしまうんだ」
そもそもその店は繁盛していて、誰も悩んですらない状況であったため、店主も女将も客も、竜宮院以外の人間全員がぽかーんとした表情を浮かべていた。しかし、竜宮院はそれに気づくことはない……いや、気づいていても結果は同じか。
当初食堂は竜宮院のアドバイスを聞き入れなかった。それを見回りと称して何度となく訪れた竜宮院は、「お前達は僕の意見を無視したんだ。それはつまり勇者を馬鹿にしたのと同じだ!」と口角泡を飛ばしたのだった。
彼の地位や、眼前での彼の態度に怯んだ食堂の夫婦に対しここぞとばかりに、
「ふーん。勇者たる僕のアドバイスを無視するんだね。わかった。わかったわかった。わかったよ」
勇者の名声を用いたパワハラまがいの圧力を掛けたのだった。
最終的には「うちはメニューの多いことが自慢なのさ。どれを選んでも後悔はさせないよ」と謳っていた食堂は竜宮院のアドバイス(?)に屈し、メニューは両の指で数えられるほどに削減(?)されたのだった。
◇◇◇
その他にも、竜宮院によってなされた言うも
◇◇◇
これらの竜宮院の愚行は、被害者にとっては悲惨とも言える話であるが、究極的な意味で、取り返しがつく話でもあった。
◇◇◇
その日も竜宮院は上機嫌であった。
彼は複数の女性を侍らせ、ヨイショすれば奢ってもらえるという魂胆で彼を褒めちぎるゲスい男達と共に、高級クラブとも言える場所で、店にそぐわない騒がしい客として楽しく愉しく樂しく、酒をたらふく飲んでいた。
ちょうどこの日のこの時間、何の運命のいたずらか───竜宮院の隣でお酒を嗜むことになった下級貴族のアナベル・マキャベリという男がいた。
彼はそもそも、酒を飲める心情ではなかったが、同じく下級貴族である友人に気晴らしにでもと連れて来られたのだった。
華やかな雰囲気の中にいても、彼の心はズンと沈んだままであった。
彼の不安は愛娘のことであった。目に入れても痛くないほどに彼が愛してきた娘は、不治の病におかされていた。
彼の娘は、日を追うごとに体調を悪くし、つい先日には、もはやベッドから起き上がることができないほどまでに容態が悪化した。
親であるアナベルは、必死になって治療法を探し回ったが、結果ははかばかしくなく───精神的肉体的な疲労からか、幾度となく眠れぬ夜を越えてきた彼のその表情には、もはや死相が浮かんでいると言っても過言ではないほどであった。
彼はアルコールに弱く、勧められた酒をちびりちびりと舐めたがすぐに顔を赤くした。彼は心の底にあった不安や愛娘の不幸を吐露し、その場で泣きに泣いたのだった。
それはそんなときであった。
悲しみに暮れるアナベルに
「うん、話は聞かせてもらったよ」
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