第11話 剣聖④

◇◇◇




 これは何かの間違いなのだと何度も己に言い聞かせてきた。




◇◇◇



 二階層のボスと聖騎士との戦闘。

 そして三階層のボスと彼の連れてきた仲間との戦闘。

 そのどちらもが異次元のレベルであった。


 けれど、けれどと───エリス・グラディウスは思った。


 確かに二人は破格の戦闘力の持ち主であった。実際に彼らがとどめに振るった剣速は己では目で追うのがやっとであった。


 けれど自分の師匠ならば、師匠であれば、あれくらいのことは当たり前にやってのけてくれるに違いない。私の師匠である勇者様であれば───とそこまで考えたところで腰に掛けた聖剣が光った。


 すると、思考がそこで中断され、頭に鋭い痛みが走った。思考中に聖剣が光ることも、それによって頭痛が引き起こされることも、いつものことであった。


 不思議なことに、この光は自分一人にしか感じられないものだった。ミカやアンジェリカや勇者に「見ましたか?」と何度確認しようとも誰もが首を振った。


 その都度ミカやアンジェリカには「つらかったわね」「ちゃんと寝れてる?」「食べてますか?」「疲れてるのよ」「気をしっかり持ちなさい」「この前のことは早く忘れなさい」とたしなめられ慰められた。


 一方で勇者からは「やれやれ、そこまでして君は僕の気を引きたいのかい? あまりにも幼稚であまりにも稚拙だ。恥を知りたまえ。けど、まあ、そうだね。そういう病気もあるというから、病気という可能性も捨てきれないか……おっと心の病は伝染るともいうから、僕にはあまり近寄らないでくれよ」と距離を置かれた。


 彼らとのこのようなやりとりの末、エリスは理解してもらうことは無理だと悟った。それ以降は誰に対しても聖剣が光を放っているとは口にすることはなかった。

 しかし、口にはせずとも、聖剣は光り、もう何度目になるかわからない頭痛が今も彼女を襲っている。それでも一向に、彼女はその痛みに慣れることはできなかった。


 


 かつて彼女の師匠は《刃の迷宮》の攻略中に、弟子である彼女へと聖剣を託した。

 その階層からは聖剣が彼女のパートナーであった。

 彼女が剣を抜き放ち、それを振るうたびに刀身は輝きを増し、聖剣は剣聖たる彼女の身体に驚くほど馴染んだ。それはまるで手足の延長の様な感覚であった。彼女は、自身でも薄情かもしれないと嘯きつつも、師匠より譲り受けた聖剣は、父から渡され長年に渡って使い続けてきた剣よりも、それ以上の長い時間を過ごした家族のような、もっと言うならば、もはや欠かすことのできない自身の一部のような、そんな不思議な感触を得ていたのだった。


 そして、次々に湧いて出てくる強敵を前にしても、彼女の思いに呼応するように剣も応えてくれたのだった。


 ───隣に師匠がいてくれたなら


 ───そして彼が自分を認めてくれている限り


 どんな技すら実現出来るような気がした。

 どんな物ですら斬れるような気がした。


 それは単なる気の所為なんかではなく、実現可能なイメージである、ということすら何故だか理解できた。


 

 王国に少量のみ現存している《神話石》の一つとされるオリハルコン───その超希少金属とされるオリハルコンのボディを持つモンスターがいた。


 の敵は、《刃の迷宮》の最奥の扉を守護する、最硬にして最凶と名高いモンスターであった。

 その名を《動き回る盤面チェックメイツ》のラストナンバー───《神石の女王オリハルコン・クイーン》といった。


 けれどその時の彼女───エリスにとっては、強敵だろうがオリハルコンだろうが糸瓜へちまだろうが瓢箪ひょうたんだろうが、全てが等しく恐るるに足らずであった。


 彼女は頭に自然と湧き上がったイメージ通りに、出会い頭に軽く剣を振るうことで、のモンスターの姿を、文字通りの粉微塵へと変えたのだった。



 人生のおよそほとんどの時間を思い焦がれ、夢にまでみた聖剣を手にしたことに心が震えた。

 けれどそれ以上に、師匠に認められたことが嬉しかった。


 師匠見てください。

 私はこんなにも強くなりました。


 その思いを胸に抱き、師匠の前で自身の持てる力を存分に振るうことに、全身の細胞が歓喜に沸く思いであった。

 彼の隣で───そして彼と背中を合わせて戦えることは何よりの誇りであった。





 そうだ。

 そのはずであった。

 そのはずであった───?

 なら今は違うのか?

 わからない。

 わからない。

 何もわからない。

 わからないことだらけだ。

 彼と剣を交わすことは至上の喜びであった。

 彼こそが唯一己の苦悩を晴らしてくれた。

 彼こそが晴れることのない孤独を癒やしてくれた。

 ならなぜ今私はこんなにも大きな寂寥感に苛まれてるのか。

 かねてより感じていたソレ感情とは比べることのできないほどに大きなその感情は、今となればもう、無視することはできないほどに肥大化し、それは彼女の心の中心に固く重く鎮座していた。

 

 普段は大人しいソレ感情は、何かのきっかけでついと首をもたげ暴れだす。

 きっかけは多岐にわたる。

 仲の良い兄妹を見たとき。

 力を合わせて闘うパーティを見たとき。

 良き信頼関係を結んだ二人を見たとき。


 そうした日常のふとした瞬間にソレは訪れ───一度ソレが訪れてしまうと「辛い」「どうして」「なぜ」「寂しい」「師匠」「冷たくしないでください」「また」「また」「剣を」「交えて」「どうして」「どうして」「いったい」「どうして」「こんなことに」「なったのか」「師匠」「師匠」「師匠」「たすけて」「たすけて」「たすけて」と、もう自分ではどうしようもない感情で、頭と心をぐちゃぐちゃに掻き乱されるのだった。



◇◇◇



 聖騎士のパーティからいただいた食事で腹を満たした。携帯食がどうしても喉を通らなかったのだが、彼らからいただいた皿は何故だが気づいたら空っぽになっていた。

 どこか遠くを見ているような聖女ミカと、何故か俯き嗚咽を漏らしているアンジェリカを見て、エリスは寒さからか震える身体を抱きしめ、いつものように思索に耽った。






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初のヒロインの内面回ですね


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