第10話 vs 《封印迷宮第三階層守護者》②

○○○


《機械羽》によるビーム一斉掃射により発生した煙の中───


「《イサ》」


 センセイの厳かな声が響いた。


イサ》は《停滞》を表すルーン文字である。

《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》───いくつもの《ᛁ》の文字が宙に浮かび、その各々が鈍色の光を放った。その光に触れた《機械羽》が───機能を停止した、かと思えば、一つ、また一つ、また一つと活動を停止し、ガチャリ、ガシャンガシャンと地に落ちた。


「《イングズ》」


 センセイが《短剣》で《豊穣》を表す《イングズ》を宙に描き、唱えた───瞬間、


「グッッ!!!」


 苦悶の声を上げたのは《天使改》だ。

 地面から急激に伸びた蔦が《天使改》を強烈に拘束したのだ。

 たかが蔦と思うなかれ。《天使改》が引っ千切っても引っ千切っても足掻いても暴れても、何度だって再生し、その度に肢体により強く巻き付き、両手両足を完全に拘束した───それでも蔦の成長と拘束は留まるところを知らず、両手両足だけだった戒めは腰に、肩に、そして首にまで及び、しまいには全身を覆い尽くした。


「《ウンジョー》」


 さらなる紋様───《喜び》を示す《ウンジョー》を刻み、センセイはそれを唱えると同時に、広げた両の手をパンと合わせた。呼応するかのように、蔦は爆発的な成長を遂げ、体積を急激に増加させ、《天使改》の全身を幾重にも幾重にも包み込んだ。


「さすがセンセイだ───」


 やがて蔦の集合体は、長径三メートルをゆうに超えるほどの卵状の繭のかたまりへと相成った。


「これで決まりじゃな」


 センセイが再び両手をパンと合わせると、繭はぐぐぐとその体積をどんどんと縮め、縮め、押し潰さんと縮め───その刹那カカッッと繭を中心に光がほとばしった。


 光は一瞬であったが、ぱらぱらと何かが降ってきた。蔦の残骸だった。繭のあった場所に《天使改》が無傷の佇まいを見せた。




○○○



 センセイの《イサ》によって活動停止し、地面に転がっていたはずの《機械羽》は、いづれも姿を消し《天使改》の背中へと戻っていた。

 瞬間移動のようなもので、あの羽根を任意で背中へと戻せるのかもしれない。そうでないと説明がつかない。そして繭を消滅させたあの光は《機械羽》による一斉掃射に他ならなかった。フルバーストというやつだ。


《天使改》がにこりと微笑んだ、気がした。

 その笑みから、言葉にせずとも『やれるものならやってみろ』という意志を感じた。


 接近戦をするにしても、確実に来るだろう背後からの、《機械羽》による射撃が邪魔になることは想像に難くない。

 ここはやはり俺が助太刀した方が───


「うーむ」


 センセイが悩ましげな声を上げた。


「あんまり使いたくないだがのう。けどさすがは《封印迷宮》の用意したボスモンスター。そうは言ってられぬ相手か」


 彼女の眉尻が下がった。


「《九禁∶一縛∴解》」


 センセイが何かしらの術を唱えると、彼女からおびただしい力が溢れ───その余波で俺やアシュは気圧され、額には脂汗が浮かんだ。恐らくセンセイは制限されていた能力を解放したのだ。



「《浮礫うきつぶて》」


 センセイが間髪入れず唱えると、馬鹿げた数の美しい結晶のつぶてが、彼女の周りを浮遊した。《つぶて》は相手の《機械羽》に勝るとも劣らない速度で飛行し───チュミミーンとまさに今、《機械羽》から撃たれたレーザーを何らかの力を放出することで、完全に相殺したのだった。


《機械羽》と《つぶて》───両者は全く譲り合うことなく、入れ替わり立ち代わり、俊敏機敏に飛び回り、互いの空間を削り合うように、制圧し合うように、互いの攻撃を妨げるように、主人を護るように、高速空中戦闘を繰り広げた。


「これで邪魔はなくなった。ほら、かかっておいで」


 センセイが告げるやいなや、《天使改》が駆け出した。俺は嫌というほど知っている。のモンスターの連撃速度は天井知らずであった。かつての俺は防戦一方の末に、完全にガードを弾かれ、あと一歩で死ぬところであった。


「《炎の右手エス》」


 センセイが右腕を振るい告げた。

 それと同時に、燃え盛る巨大な左腕が宙に顕現した。


「《氷の左手イド》」


 次いで、センセイが左腕を振るい、術を発すると、万物を凍結せしめる巨大な右腕が顕現した。


 それに全く怯まむことなく《天使改》がセンセイへと飛び掛かった。天井知らずの高速連撃はセンセイでも捌き切ることは難しいのではないか───


「すまんな、手加減は出来ん」


 センセイが拳を振るうと、巨大なかいながセンセイの拳速と寸分違わぬ速度で連動して繰り出された。《天使改》が炎の巨腕へと負けじと蹴りを放ち、体勢を立て直すべく距離を取るも、死角からの氷の巨腕のアッパーが直撃し───さらに上空へと突き上げられた。


 左右の巨腕が《天使改》を追い、上空へと瞬時に移動を果たした。そこで巨腕の繰り手であるセンセイが両の手を用いた馬鹿げた威力のラッシュを繰り出した。


「ほらほらほらほら」


 身動きの取れない《天使改》はなされるがままに左右からの相異なる属性の付与された巨腕のラッシュを一身に受けた。


「ほらほら、まだまだ」


 結果、当初天使改の優雅であった装いは嘘のように、ズタボロの姿を現したが───やはりと言うべきか、のモンスターの闘争心は未だ衰えず。瞬時に───両の巨腕を破壊せしめんと、背中に《機械羽》を換装し直すと───揃った《機械羽》がキィィィンと光った。フル掃射の兆候であった。が───



「《それは大変でしたねHigh society is all green》」



 それもセンセイの前では些細な抵抗であった。

 センセイの呟きと同時に巨大な竜巻が発生した。凶悪な渦が、有無を言わさず《天使改》を飲み込む。絶叫───それは常に無言であったのモンスターの喉から迸ったものだ。まさに局地的大災害である。

 しばらくしてそれが収まると、《天使改》が倒れ伏していた───けれど未だに消えぬ戦意が伺える。


「あっぱれ。その戦意に敬意を示そう」


 くふふ、とセンセイが微笑んだ。



「《ああ、やっぱりねbend ,bend by authority》」



 倒れ伏し、立ち上がろうとした《天使改》がセンセイのげんに合わせて急激な勢いで再び腹這いに突っ伏した。

 のモンスターが、土を掴み、何とか立ち上がろうとするも、圧倒的な力で押さえつけられ、がむしゃらに藻掻もがいた。


 押さえつけたものの正体は非常に強力な重力だと推察出来た。けれどあの化物が這いつくばるほどの重力───? と考え俺はゾッとしたのだった。


「中々じゃったよ」


 センセイが褒め称えた。

 彼女は再び空間に黒い穴を開け、その中に《短剣》をポイっと投げ入れると、手を突っ込み緋色の扇を取り出した。


「こやつの名は単純にして明快、《緋扇ひせん》という」


 閉じてたそいつをピシャリと開いた。


「《我の意志の元に流転せよ》」


 センセイが命じると《緋扇ひせん》は、緋色の《刀》へと姿を変えた。


 センセイが指を鳴らし重力場を解くと、《天使改》が息を荒くし起き上がった。満身創痍にも関わらず───懲りずに再び《機械羽》を飛ばし、センセイに全方位からビームを浴びせた。


「無駄じゃッッ」


 爆煙の中から《緋扇》を構えたセンセイが飛び出した。 


 しかし対する《天使改》も暴力の化身だ。

 彼女は自慢の肉体───魔力を込めた手刀で以て応戦をすべく待ち構え───センセイと《天使改》の二人が交差した。刹那の時間の後───センセイが緋色の刀を大きく振るうと、《刀》は《扇》へと姿を戻した。


 そして───《天使改》は崩れ落ち、光の粒子となり完全に消滅したのであった。






─────────

本日2話目です。

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