第8話 愛しく思うとるよ

○○○



 一仕事を終えた俺達。

 深手の傷を負ったアンジェリカとエリスの怪我も癒え、当面の懸念は去ったと言えた。

 と言ってもアンジェリカは未だに目を覚ましていない。起きないのなら最悪無理矢理にでも起こしてやればいい。

 そうして彼女達を必死に護ったアシュに感謝の一つでも言わせてやるのだ。


 しかしそれを口には出来なかった。

 というのもセンセイ曰く、《火神一擲ヒノカグツチ》が術者であるアンジェリカから過剰に魔力を供給したせいで、彼女は極度の魔力枯渇状態に陥っており、もう少しセンセイが場を収めるのが遅ければ、命の危険性もあったのだそうだ。


 状況を鑑みるに、もはやミカ達のパーティは既にボロボロだと言えた。


 しかし疲弊しているのは、彼女達のパーティだけではなかった。

 俺達のパーティのアシュも、意識はあるものの精根尽き果てており、休みなくこれ以上戦闘を継続することは不可能であった。


 原因は先の戦いの際に見せた《聖域創造サンクチュアリジェネシス》というスキルである。

 くだんのスキルは、センセイ曰く、所持している者すらほとんど存在しない超絶無比なぶっ壊れスキルなのだ。

 具体的な効果は『スキル発動から戦闘終了までの間、スキル発動者が味方であると認定した者の被ダメージを半減する』というものだそうで、俺が耳を疑うほどの性能だ。

 しかし当然というべきか、その反動は非常に大きく、使用後は魔力体力ともに使い果たし、今現在のアシュのように行動不可となってしまう。


 ボス部屋ゆえか、先程まで湧きに湧いていたフォグ達が現れることはなく、これ幸いに、ボス部屋に現れた三階層への階段のことはいったん置いといて、半日にも及ぶ探索に加えて、命懸けのボス戦を繰り広げた俺達は、ここでテントを張り、休憩することにしたのだ。


 したのだが───



○○○



 俺達から離れたところ───俺の遥か後方で、聖女ミカ達三人が休息していた。


 しくも、というかよくよく考えれば、アンジェリカが目を覚まして幾ばくも経ってない。彼女達が俺達と同じようにここいらで休憩と考えたとしても不思議ではなかった。

 不思議ではない……不本意ではあるが……。


 気持ちを切り替え、ここいらで腹ごしらえでもするかと、マジックバッグから携帯コンロ型の魔道具を取り出し、調理の準備に取り掛かる俺。その横ではセンセイとアシュがくつろぎ雑談に興じていた。


「アシュよ、よくぞその若さで、一つの到達点ともいえるスキルを身につけることが出来た」


 褒めるセンセイに、照れて頬を紅くするアシュ。


「いえ、私はただがむしゃらにやってきただけです」


 彼女は謙遜するが……いや、どうだろう……実際にはどこか不器用な彼女のことだ、本人の言う通りに己の信じる道を突き進んでがむしゃらにやってきたに違いなかった。

 ただ、そのがむしゃら加減は間違いなく普通一般のがむしゃらとは違いガチものの我武者羅であったはずだけど。


 火を確保し、食器を並べると、マジックバッグから取り出したパンとシチューの入った瓶を温める。それと並行して、軽く炙ったチーズをパンに乗せ、腸詰めに火を通し、皿へとよそった。

 さっさと手早く用意した食事ではあるが、味は決して悪くない───というか悪くなりようがないメニューであったりもするのだけれど。


「さすがは、ムコ殿。我はチーズマシマシで頼む」


「まさかこんな所で美味しそうな食事にありつけるとは思わなかったよ」


 二人の反応はまずまずだった。

 それはそうだ、匂いだけでわかる。

 自画自賛でも結構。空腹の俺達にとって、こいつは絶対に旨いに決まってるのだ。


「うまうま」と食事をするセンセイ。

 おずおずと食事に取り掛かるアシュ。


 二人に「おーおー食いねー食いねー」と勧める俺だった。


 三人では食べ切れないほどの量を大皿に盛り付けた。食事をとって、腹がくちくなればまた気分も上がってくるってもんなのだ。


「ロウくん」


 食事が始まり、数分もしないところでアシュが俺を呼んだ。そして頭を下げた。


「君にお願いがある」


 なんぞ? と思っていると、彼女の視線が一瞬、俺の後方へと向けられたのを感じた。


 そこにいるのは聖女ミカ達の三人であった。

 彼女達は明らかに疲れ切っていた。そんでもってミカはちびりちびりと何かを練り込んだ堅パンを水で流し込もうとしていた。そして先程まで死の淵にいたアンジェと死に目を見たエリスは、どうも食事がとれてないように思えた。


「ロウ君が作ってくれた料理、とても美味しいよ。だから、だからね───」


 アシュの言いたいことは何となく察しがついた。だからといって俺から彼女へと、どうのこうのとは言えなかった。

 そして彼女自身も俺に気を使ってか、言いあぐねているようであった。


「こんなことを君に頼むのは本当に烏滸おこがましいことだと思う。それでも、私は君にお願いしたい。

 君が作ってくれた美味しい料理を───向こうの彼女達にも少し分けてやらないか?」


「あー」


 アシュが悪いことをした子供みたいな表情を浮かべた。俺は彼女にそんな悲しい顔をして欲しくないのだ。

 彼女の今回の申し出に対し不快感を抱いたということは決してなかった。むしろ俺は彼女の善性を尊敬している。けれど、そうじゃないのだ。そうじゃないという感情すら言語化できず、うまく伝えられなかった。出るのはぶっきら棒なセリフだけだ。


「…………わかった、分けてやる。だけどアシュ、俺は料理を分けてやるし、器によそってはやる。けどそこまでだ。彼女達に持っていくのはアシュがやってくれよ」


 俺は溜め息をき、そう答えたのだった。


 そうしてしばらくするとアシュが向こうへと皿を運び、彼女達と何らかの会話を交わしていた。


「アシュだって……酷い目に合わされたのによくできるよ。俺は、アシュみたいにはなれない」


 遠目から見て、会話の内容はわからない。

 けれどアシュといくつか会話をしたあと、彼女達が皿に手をつけ始めたのがわかった。


 センセイは俺の視線を追っていた。


「ムコ殿、勘違いしてはいかん。我だって嫌いな人間はいくらでもおるし、なんならそいつら全員消えてしまえとすら思うとる。だから、別に全ての人間が聖人君子である必要はないんじゃ」


 彼女は慈しむように目を細めた。


「我は───、我もセナも、ぬしの優しさをいっぱいいっぱい知っておる」

 

 センセイが一瞬大皿へと目をやった。

 そうして苦笑すると、


「本当に、たくさん作ったのう」


 彼女は俺の頭を撫でた。

 手の平から彼女の温かさが伝わった。


「我はの、ムコ殿、ぬしの不器用さも、人間臭さも、繊細さも、その全てをひっくるめたぬしのことを、心から愛しく思うとるよ」


 なぜだが何かが急に何込み上げてきた。

 気を抜けば涙が零れそうだった。

 俺は必死にそいつを堪えたのだった。



○○○



 先はまだ長いと考え、俺達は多少ではあるが睡眠時間を確保し、数時間後に、探索を再開することにした。


 三階層の階段を降りてる途中、背後から肩をトントンと叩かれた。アシュだった。


「ロウくん、怒ってる?」


 濡れた犬の様な表情であった。


「怒ってないさ」


「本当?」


「本当だよ。俺はアシュのそういうところを尊敬してるんだ」


 それは───俺にはない、思いやりだから。


「そんな、いいもんじゃないさ」


 アシュにはアシュの思うところがあるのかもしれなかった。


「それよか、とんでもない速度だな」


 俺は前にいる三人・・の働きに目を瞠った。

 魔力枯渇状態を脱したものの、アンジェリカは未だに全快にはほど遠かった。莫大な魔力保有量を持つゆえ、彼女の苦しみは並の魔法使いの魔力枯渇状態とは比にならないものだ。

 そういうわけで、アンジェリカは、俺の隣にいるアシュに背負われ、再び眠りについていた。となると前の三人というのは───


「そうだね。もう彼女達だけで、いいんじゃないかという気にさせられるよ……」


 センセイはアンジェリカの代わりに『しゃあなしじゃ、出張してくる』と言い残し、ミカ達のパーティにサポートしに行っていた。


 彼女の働きはまさに、圧巻であった。

 センセイがどこからか取り出した謎の短剣でぐるりと空中に紋様を描いた。

 するとそこから光の龍が飛び出し、


「グワギャアァァァァァァァァァァァァァ!!」


 耳をつんざく咆哮に俺達は耳を塞いだ。

 光の龍は、元気いっぱいに周囲を飛び回り、ここいら一帯のフォグをあっという間に喰らいつくしたのだった。


「怪獣大戦争かな?」


 そんな感じで、とんでもない光景が眼前で繰り広げられたのだった。




◯◯◯



 そのようなペースで十時間以上は歩いただろうか。ちょうどそんなときであった。

 先行したセンセイ達の足がとまった。

 俺達がセンセイに追いつくと、


「またボス部屋じゃな」


 センセイが告げた。


「前回はムコ殿がやってくれおったし───」


 凝りをほぐすためか、はたまた腕が鳴るからか、センセイがぐるりぐるりと肩を回した。


「次はいっちょ我がボスを退治してやろう」


 センセイはそう宣言し、どたぷんとこぼれ落ちそうな胸を、これでもかと反らしたのだった。






 

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