第7話 vs《封印迷宮第ニ階層守護者》

○○○


 当時の俺は傷をつけるだけで精一杯であった。けど今はどうか───?


「だッシャアァァァァァ!!」


 魔剣グラムを叩きつけるがやっぱり硬い。

 しかし思考に耽る時間はない。

 俺の身長をゆうに超える鉱物の怪人───《水晶のヒトガタ》は驚くほどに速かった。

 その速度は───通常時の俺とほぼ遜色のないものと言えた。


 また厄介なことに、のモンスターの全身は、触れるだけで真っ二つになってしまうほどの鋭利さであった。それだけでなく圧倒的な重量を活かした攻撃力も兼ね備えているという、人を葬ることに特化した、人を葬るためだけに生み出された化け物であるように思われた。


 かつての迷宮初心者だった俺も、そりゃ攻撃一撃ごとに瀕死に陥るよな、と再確認しながらも───


 しかし今の俺はあのときとは違う。


 振るう腕を弾き、風を斬る蹴りを受け流す。

 魔剣グラムで鋭利な攻撃全てを打ち払う。


 水晶と魔剣グラムとが打ち合う音が幾度も響いた。何せ相手は疲れることのない怪物だ、凶悪な攻撃が衰えることはない。以前の俺であれば、既に数え切れないほどにバッサリといかれていただろうがしかし、今の俺はいくつもの修羅場をくぐってきた。


「《瞬動アウトバーン》」


 光速に達した剣速が、《水晶のヒトガタ》のちょうど振るわれた左腕を斬り飛ばした───まだいける───そのまま胴の半分まで剣を食い込ませた。

 抜いて体勢を立て直そうとする《水晶のヒトガタ》が焦りを覚えているのを感じた───けど逃がすわけがない。


「もういっちょッッ!!」


 再び《瞬動アウトバーン》を発動させぐるりと逆に回転し、一撃目で与えた傷の反対側から剣を思いっ切り叩き込んだ。

 両側から与えたダメージが、まるで左右から斧を入れられた大木のように───《水晶のヒトガタ》のその巨体を真っ二つにし、崩れ落ち───落ち───!?


「おいおい、待ってくれよ」


 どぷりと、粘性のある液体の音がした。

 崩れ落ちたはずの《水晶のヒトガタ》は、まるで水銀の粒が触れ合うように、一つの破片すら残さずに、全てのボディパーツが一点に集まり、混じり合わさり、その姿を、傷一つない新たなものへと回帰させたのであった。


「何これぇぇっ!? あんだけ頑張ったのにノーダメじゃねーか!!」


 しかし、だ。

 俺は嘆いてはいるが、思考を停止させていない。熱くなっても、頭の一部はクールに、相手のことを冷静に考え続ける───それこそが難局を乗り切る鍵だ。


「ならよ───」


《水晶のヒトガタ》が右腕を水平に振るった。そいつを屈むことでかわし、


「もっかい見せてくれよっ、と!!」


瞬動アウトバーン》を発動───そのまま両足を一刀のもとに断ち切った。

 その瞬間───


 どぷんと再び《水晶のヒトガタ》は液状化し───そして一度離れた両足を取り込み修復、元の姿へと完全復活を果たした。


「なーる」


 無限に復活を繰り返す相手とは、これまでに何度も戦ってきた。その度に苦戦を重ねてきた。だからこそ、今の俺にはいくらでもやりようがあった。


 それに速いことは速い。殺傷能力が高いことも間違いではない。けれどそれだけだ。あるのはバカの一つ覚えの斬撃と蹴りだけ。


「ふッッ」


瞬動アウトバーン》を三度みたび発動させ、渾身の全力斬りで力任せに袈裟掛けに斬り割いた。


 ズズズとずり落ちるボディ。

 そしてそいつが三度目の液状化の気配を見せた───その一瞬───俺は剣を左手に持ち、のモンスターへと右手の掌を添えた。



 ───貫通拳スティンガーッッ!!



 俺が放ちしはセナより教わりしけんの極致。

 こいつは己の内にある練りに練った気と魔力とを拳に乗せて、相手の体内に叩き込み、振動、増幅させる俺版の貫通拳スティンガーでもあった。


「キィィィィィィィィィイイイイイ!!!!」


《水晶のヒトガタ》はその巨体を振動させ、断末魔の如き金切り声を上げた。


 そりゃ、液状ならば、かつてセナや俺に実験台にされた憐れなモンスター達以上に、素晴らしく気を通してくれるだろう───という予想は見事的中し、振動した巨体は一向に再生を開始することなくズズンとその身体を崩したのだった。


「こいつで最後だッ!」


 俺はとどめとばかりに加速させた魔剣グラムを縦横無尽に振るった。そいつでもって崩れ落ちる《水晶のヒトガタ》を四等分、八等分、十六等分───最終的にはその全てを細切れとなし、分割された水晶の振動が収まるのを確認し───そののちに剣を鞘へと戻したのだった。



○○○



 俺が一心不乱に、魔力の付与された水晶の欠片(ボスモンスターの残骸)を一つ足りとも逃してたまるかと、マジックバッグに放り込んでいると、


「ご苦労であったな、と言いたいとこだがの、ムコ殿、いったいぬしはまた、そんなに這いつくばって何をしとるんじゃ……」とセンセイが額に手を当てて、俺に声を掛けたのだった。


 おかしい……。

 どちらかと言えばセンセイがやらかして俺がツッコミを入れるのが定番だったはずなのに、それがどうだ、今では全くの逆ではないか……がしかし、そんなことは些事なことだ。俺は腰を地につけたまま、


「センセイ、お疲れ様でした」


 気を取り直してセンセイにねぎらいの言葉を返した。

 彼女を見ていると「ふぃーっ」と気が抜けるのを感じた。


「うむ。こっちも万事は上手くいったよ」


 センセイの言葉に従って状況を確認すると、完全回復を果たしたものの、未だに意識の戻らないアンジェリカ、肉体的精神的疲労からか身動みじろぎせずにじっと俯いたままのエリス、その傍らには精神的な疲労からか座り込んだままのミカ、さらにその隣には仰向けになり手足を投げ出したアシュがいた。

 まさに死屍累々という単語こそが相応しい状況であった。


「えぇ……」


「ムコ殿、これはしょうがない。あやつらはあやつらでよう頑張った」


「まあ、そうですね」


 頑張ったことは頑張ったに違いない。

 言いたいことはたくさんあるけど……。


「なんじゃあ、ムコ殿。ほら、そんな顔するでない」


 俺は、そうだな。

 センセイのその優しさに弱いのだ。

 悪いことを企んでいるときのイタズラ猫みたいな表情も、そして、彼女達に向けるような思いやりに溢れる表情も、そのどちらもがセンセイであり、どちらもが俺の好きなセンセイであった。だからそうだな───俺は、気持ちを切り替えるべく一度大きく深呼吸してみせた。


「もう、大丈夫です。とりあえずこれからどうするか決めてしまいましょう」


「そうじゃの───」とセンセイが応えたとき、


「あの」


 座り込んでいた聖女ミカが立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。

 返事に困った俺。


「どうしたのかの?」


 それを察したセンセイが、代わりに応じてくれた。


「聖騎士ヤマダイチロー、私は貴方が嫌いです」


 わざわざそんなこと言いにくるか? という俺の内心を読み取ったのかセンセイが俺を目線で「最後まで話を聞け」とたしなめた。


「けれど、貴方は───先程の貴方は確かに《聖騎士》でした」


「…………」


「私を───私達を救ってくださってありがとうございます」


「別に構わねーよ」


 ぶっきらぼうだと思うかもしれない。ただ返す言葉が見つからなかったのだ。


「それより、向こう見てみろよ」


 俺が指差したフロアの端。

 そこにあったのは───


「三階層への階段だよ」


 いきなり初見殺しの凶悪なボスを登場させたクソッタレなこのダンジョンは、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、まだまだ始まったばかりなのだ。




──────────────────


本日2話目です。

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