第6話 汝は憐れな仔羊となるか

○○○




 アンジェの足元の空気が揺らいだ。

 巨大なほのおの前兆だった。

 轟音───火柱が彼女を飲み込んだ。




○○○


 

 大量の魔力を注ぎ込むことで無理やり再び《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》を発動させ───間に合わ────覚悟を決めほのおに突っ込み───アンジェを抱きとめそのままセンセイの隣へと下ろした。


 意識はないが、息は───ある。

 俺はそこでホッとした。


 ───ならば何とかなる。


 けど彼女の火傷はあまりにも酷く、特に脚が酷かった。昔、皮膚の火傷が体表の1割を超えたら命に危険があると聞いた記憶があった。

 それに肺や食道を火傷をしている場合、呼吸に影響し生死に関わるとも言われていた。 


 俺の記憶や知識がどれだけ正しいかはわからないが、あまり猶予はないように思われた。


 今の俺に出来ること───彼女が嚥下出来るかどうか確信がなかったポーションを、アンジェの全身に余すことなくぶっ掛け、さらにもう一本取り出し、火傷を負った自身の身体全体に効果が及ぶように、頭部から満遍なくかかるようにそれを引っ被った。


 そして───ここからは、俺に手順を違える余裕はない。


 マジックバッグからとある・・・アイテムを取り出した。


 こいつを早々に使う羽目になるとはついぞ思わなかった。

 

 ランタン型のソレ───《絶対零度の波紋アブソルテフリーズ》を手に取り、俺はすぐさま《火神一擲ヒノカグツチ》の発生源を中心に効果範囲を指定し、放り投げた。ほのおに氷をぶつけて対消滅を狙ったのだ。南無三。


 聖女ミカは強固な結界に護られている。

 エリスとアンジェの回復はセンセイに任せた。

 アシュは護りの要として彼女達を護ってくれるだろう。


 そして俺は、センセイとアシュにそれを伝えるため今一度、《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》を解除した。

 そして俺が声を発そうとしたそのとき、



 ───ビギビギビギギギギギッッ!!



 ランタンから零れ落ちた氷は、ほのおを喰い殺すような爆発的な勢いで周囲に侵食を始めた───しかしほのおも周囲の火魔力を供給───いや過剰に供給をしはじめ勢力を伸ばし───お互いに少しも譲らずに交わり合い、なんかもうバチバチバリンバリンズボボボボボと明らかにヤベー音を放ちながら、空間が悲鳴を上げた。対消滅どころではなかった。まさにこの世の地獄である。


「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 ついでに俺も悲鳴を上げた。

 やべーよ! やべーよ!

 余計やべーことしちまったかもしれない!


「ムコ殿!」


 センセイが少し呆れた顔で俺の方を見た。


「何やっとるんじゃ……」


 俺がテンパって狼狽えてるからか、センセイは軽く溜め息をいた。


「まあ、いい。ここは我に任せよ。ぬしの後始末はやっておくから……まあ、終わった後のお話し合いを楽しみにしとくようにな」


 すまん、未来の俺! お前に任せた!

 俺は全力で未来の俺に罪を擦り付けたのだった。そして───


「ところでアシュ! この場の護りはアシュに任せた! それからセンセイ───センセイ、は」


 回復役を頼もうとしていたセンセイは今や真剣な表情で、大災害となった氷とほのおの後始末に取り掛かっていた。


 回復役…………どうしよう…………。


 刹那ではあるが頭を悩ませた俺───とそこへ、


「《聖域創造サンクチュアリジェネシス》」


 アシュの声に伴いスキルが発動した。

 何かを感じ取ったのか、手の塞がったセンセイが驚愕の声を漏らした。


「なんと……まさかここまでとは」


『まさかここまでとは』ってなんなの!?

 説明するなら最後までやってくださいよ!!

 仕方なく俺は目の前を状況を分析する───がしかし、この場での最適解は一つしかなかった。


 だから俺は、いつものように肚をくくり、溜め息をいたのだった。



○○○



「聖女ミカ、貴女に二人の回復を任せたい」


 彼女であれば、これくらいの火傷なら死なない限りお茶の子サイサイのはずだ。

 はずだったのだ───しかし実際はどうだ。


 聖女ミカは、真っ青な顔で、睫毛を伏せていた。そのか細い肩は装備の上からでもわかるほどに震え、今にも崩れ落ちそうな有り様であった。


「私、には、ごめん、なさい」


 要領を得ない返事であったが、彼女がこのような状態であるのはむべなるかなとも言えた。


「う、うまく、わた」


 これはいわゆる心的外傷とやらかもしれなかった。普段は忘れているけれど、対象を見た瞬間に当時の恐怖が蘇るという話は、耳にしたことがあった。


 かつて俺と彼女───聖女ミカが《鏡の迷宮》を潜った当時、《水晶のヒトガタ》を相手に、俺はゾンビアタックを決行した。


 それは彼女の百をゆうに超える回復があってこそ成り立つものであった。何せたった二人での決戦だ。


 彼女は何度だって治してくれた。

 けれど、当の俺は、飛び散った臓物を晒し、曲がった脚からは骨が突き出し、袈裟斬りにバッサリ真っ二つに割られたりと、到底言葉にはし尽くせないほどの有り様であった。

 凄惨ともいえる、視覚、臭い、音といったあらゆる恐怖に、彼女は息を殺して堪え忍んでいたに違いなかった。


 それに何より俺が倒れれば、彼女だって生きては戻れなかったのだ。恐怖を感じていないわけがなかった。


 そうだ。

 ミカが心に何らかの傷を負っていても不思議ではない。


 そして彼女の眼前には恐怖の象徴たる《水晶のヒトガタ》がいるのだ。


 けど、それでも、俺は───


「しっかりしろよ、ミカ!」


 どうしても願ってしまうのだ。


「お前以外に誰が二人を治療できるんだ!」


 俺は残酷なことをしているのかもしれない。 

 しかし俺は、「けど」と繰り返すミカに、全てを救う癒し手としての役割を──重く、辛い責務であるはずの役割を、それでも彼女なら果たしてくれると、俺は願ってしまうのだ。


 俺はどこまでいってもバカだから───かつての彼女の輝きをどうしてもこいねがってしまうのだ。


「ミカ。どちらかを選べ」


 思考はいらない。


「そのまま震える憐れな仔羊のままでいるか。それとも───」


 必要なのは心の底から溢れる素直な思いだ。


「聖女ミカとしてではなく、癒やし手ミカとして、ただ一人ひとりかみの前に立つ単独者となるか」


 聖女だから癒やすのではなく、ミカだからこそ癒やす───かつての彼女はそういう人間であった。


「大丈夫。どちらを選んでも俺が何とかしちゃる」


 俺ならばやってやれないことはない……はずだ。


「わたしは───」


 彼女はそれでも、


「誰が震える、憐れな仔羊ですかッッ」


 それは魂からの叫び声であった。




○○○




 状況は整った。

 あと残すべきは《水晶のヒトガタ》だけだ。

 前回とは異なる完全なるタイマン勝負。


「おーおーヤル気満々じゃねーか。今回はこっちがボッコボコにしてやるから待ってろよな」


 俺は魔剣グラムを構え、完全に臨戦態勢へと移行したのだった。







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BGM:MEGALOMANIAメガロマニア






 

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