第11章 赤と黒と白
第1話 貴方に花を
○○○
「貴方は───」
俺達───というより、この場合は俺か───を見て彼女達三人の内の一人である聖女ミカが、思わずといった様子で声を漏らした。
瞬間的にも彼女達の空気がピリついたのがわかった。それに加えて俺の横にいるアシュがはっきりとした臨戦態勢に入ったのがわかった。
「あー、久し振り……だな」
空気を読まずに手を上げた俺。
いや、違うな……正直に言えば、空気を読まなかったのではない。逃げることもできない、無視することもできない状況ではこうするしかなかったのだ。
平静を装ってはいるが、内心では心臓が早鐘の如く鳴り響き、口から心臓そのものを吐き出しそうなほどだ。
「……お久し振りですね。貴方がパーティからいなくなって以来でしょうか?」
ミカが余りにも自然に挨拶を返したため俺は少し拍子抜けだった。けど、これで終わるわけがない。
本当にお手柔らかに頼むぜ。
なにせ彼女達は対俺の特攻性能付きなのだから───
「ねぇ、そうでしたわよね? 聖騎士様───いえ、こうお呼びした方がよろしいでしょうか?」
聖女ミカがにこりと微笑んだ。
「逃亡聖騎士ヤマダイチロー様」
おうふ。
「ほんと不思議よね。本来なら勇者パーティの護りの要を果たさなきゃいけない聖騎士様が《新造最難関迷宮》の攻略という大事な役目を放り出して、こんな辺境に隠れて遊んでるだなんて……本当に恥ずかしい」
魔法使いアンジェリカが座りが悪いのか帽子に手をやりながら
その視線は険しく、攻撃的ですらあった。
今のアンジェリカの言葉より数瞬後───話の流れから《聖騎士》という単語が自身へと向けられたものでないことに気づいたアシュが、『まさか』という表情で、俺に視線を向けた。
「わりぃ、アシュ。これが済んだら絶対に説明するから……」
俺が不安そうなにしていたからか、アシュは俺を安心させるように柔らかく笑って見せた。
「───ロウくん、大丈夫だ。どういったことがあろうとも私は君を信じている。だからそんな顔をしないでくれ」
彼女の言葉は、どこまでも優しい。
一方でセンセイは一言も口を挟まなかった。しかし彼女の瞳は険しく、何かを見極めようとしているようだった。
「なるほど。そちらのお
聖女ミカが、何かに気づいたように視線をアシュへと向けた。
「ああ、貴女は───聖騎士アシュリー・ノーブルではないですか」
「聖騎士アシュリーって、エリスの剣を取りに行ったときに私達の前に立ち塞がった? あー、言われてみれば確かにそうかも」
アンジェリカが手をポンと鳴らした。
ミカに言われてやっと気づいたのか、それとも歯牙にもかけない存在だと皮肉っているのか。
「アシュリー・ノーブル。悪いことは言いません。その男と行動を共にするのはおよしなさい」
「貴女は一体何を……?」
聖女のアドバイスに本気で意味がわからないと、アシュがぽつりとこぼした。それに対し、アンジェリカがどこか蔑むように宣った。
「彼は責任感も何も持ち得ない男よ。私達のパーティにいたときもそうだった。彼の成したことは酒池肉林に溺れたことと、私達のうしろで足を引っ張ったことだけ」
とそこまでに言って、アンジェリカが「絶対にありえないけど」とこぼして、言葉を続けた。
「一応聞いておくわ。まさか貴方達、《封印迷宮》を踏破するためにここに来たんじゃないわよね?」
「そのつもりだ」
俺の答えに、アンジェリカが嘲るように肩をすくめた。
「今回もどうせすぐに涙を流して、尻尾を巻いて再び逃げ出すでしょうね」
たまらずに激高したのは───
「ロウくんはそんな人間じゃないッッ!!」
アシュだった。
彼女がアンジェリカに掴み掛かろうとしたのを俺は手で制した。
「逃亡聖騎士様。貴方のその怠惰で卑怯なところは全く変わっていませんね。女性のうしろに隠れるだなんて本当に……」
これは……おかしい。
俺は隠れたことなんて一度たりともない。
俺の戦闘はいつも最前線だった。
敵はいつだって格上で、いつだって死闘であった。
これまで俺は、常に彼女達を護る盾と、敵を穿つ矛の全てをこなしてきた───はずだった。それなのに───
「けれど、まあ、貴方には相応しいお仲間ではありませんか。
逃亡聖騎士と、愚かにも勇者様より遣わされし私達の前に立ちはだかった挙げ句に、膝を地につけた敗北者───そうですね、せっかくお揃いの聖騎士ですので、《敗北聖騎士》とでもお呼びしましょうか───そんな二人が仲睦まじく手を組んだのですから、ここは素直に祝福すべきでしょう。おめでとうございます」
「おめでと」
頬に手を当てた聖女ミカがわざとらしく宣った。それに合わせ、アンジェリカがさらに俺達を当て擦った。
「なあ、聞きたいんだけどよ」
彼女達が『急に何?』という表情を浮かべた。
「どうして、そんなことが言えるんだ?」
俺は自然と湧き上がった疑問をぶつけた。
「どうして、ですって?」
アンジェリカが俺の質問に
「私や勇者様達は、長らくこの世界のために命懸けの闘いに身を投じていました。その間貴方は何をしていましたか? 安寧に枕し、惰眠をむさぼっていたのではないですか?」
「そんなことは───」
叫び出しそうな声を咄嗟に飲み込んだ。
いくら言葉を交わそうと、無理だと悟ったからだ。
彼女達は、おかしい。
「逃げ出した先で安穏と平和に身をやつしているのではと思っておりましたが、まさかこんな辺境の地で、女性を侍らせて楽しく過ごしておいでとは思いもよりませんでしたよ」
彼女達が竜宮院の専属となったあと、彼に同調し、俺を悪し様に罵ることは度々あった。けれど、俺の功績そのものを竜宮院が成したこととして話すことはなかった。
少し考えたらわかる。他人の功績を総取りした挙げ句、それが当然かのように振る舞うだなんて……そんなことは正気の沙汰ではない。
プルミーさんの言っていた通り、何かがおかしかった。何らかの力が働いているとしか考えられなかった。
「別に私達は、貴方を責めているわけじゃないの。みっともなく逃亡した聖騎士が何しようが好きにすればいい。ただね、あのときみたいに、こっちの邪魔さえしなきゃ勝手にやってって感じよ」
彼女達は人を思いやれる人間だった。
「俺のことはいくら悪く言っても構わない。だけどよ───俺の仲間に言ったことは許さねぇ。アシュに謝ってくれ」
───大丈夫です。私が側にいます。
ミカは俺の側にいてくれると言った。
───私がヒーラーだったらこんなに傷だらけになっても闘い続けるイチローをほったらかしになんて絶対にしないのに!
アンジェリカは俺の怪我を我がことのように心配し涙を流したのだ。
───私は、貴方を一人にはしたくない。
エリスはいつだって俺の悲しみに寄り添ってくれた。
三人とこれ以上会話を交わすことに、到底耐えられそうになかった。
彼女達が他を悪し様に言うことにかつてない怒りを覚えた。それと同時に、かつての───俺の隣にいた彼女達は、もういないのだと、否が応でも理解させられた。
胸の内が怒りや悲しみで
「来るぞ」
先程から沈黙を保っていたセンセイが告げた。
するとすぐにバジジジ───という何かが弾けるような音が迷宮に響いた。
音の出処は俺のマジックバッグであった。
俺がそれに気づくやいなや、マジックバッグから急激な勢いで何かが飛び出した。
その正体は───
「お札───?」
宙空に浮かんだのは、セナが俺に持たせた彼女謹製の札であった。
札が急に眩い光を放った。
光が治まったとき、俺達の目の前には───
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