第2話 私に唄を
○○○
宙空に浮かぶ札がくるくると高速回転し、強烈な光を放った。やがて光が収まり閉じた眼を開けるとそこには───
「セナ……」
「急に何が! ゴースト?! いえそれよりももっと───」
聖女ミカが、唐突な脅威の出現に叫んだ。
彼女が《ゴースト》かと口にした通り、セナの姿は向こう側が見えるくらいに透けていた。
「ムコ殿、これはセナ手製の式符での。
「式符───」
「うむ。今、我々の目の前におるセナは、言わば彼女から遣わされた式神───まあセナの分身のようなものじゃの」
センセイから説明を受けていると、ミカ達の三人が構えた。
「ゴーストなどとは比べ物にならない力を感じます。恐らくは精霊や、それに類する者でしょう」
「そんなものがどうしてここに?!」
「わかりません。けれど、彼女は聖騎士ヤマダの味方であり、勇者様や私達に仇なす者であることは間違いないようですね」
「あー、逃亡した先で精霊とでもお付き合いしてたってわけ? 笑えない冗談だわ」
確かにお付き合いしてると言っても過言ではない。
それに関しては俺、否定しない。
「沈黙は肯定。否定しないのですね」
はい。その通りでございます。
「まさか霊体と付き合ってるだなんて……アブノーマル過ぎでしょ」
何顔を赤くしてんだよバカ。
霊体と付き合うわけないだろバカ。
ちゃんともっとかわいい本人がいるんだよ、妄想力逞し過ぎかバカバカ。
それからかわいいとか言わせるなよバカバカバカ。
俺の心中に構わず、まずは《式符セナ》が動き出した。
彼女は、その場でまるで見せつけるかのように、突き、蹴り、薙ぎ、払いなどの力強くも流れるような技を見せた。それはまるで舞のようであり、衣服が、彼女の動きに合わせ風を切り、ババババと音を立てた。
最後には、とんとんとその場で二度ほど跳ね、眼の前の三人に対し挑発するように、手をくいくいと折った。
一目見ただけでわかる達人級の動きであった。
「あくまでも私達の前に立ちはだかるというのですね? いいでしょう、アンジェリカさん、エリスさん、やりましょう」
聖女ミカに呼応するように、二人も散開し、戦闘態勢に移行した。
「《
仕掛けたのはアンジェリカだった。
「《フレイムストライク》」
驚くほど短い詠唱に対し、俺の背丈二つ分を超える巨大な火球が現れ、《式符セナ》へと高速で襲い掛かった。
《式符セナ》は全く焦ることなく腕を軽く振るった。するとそれに従い、衣服の一部が変化、彼女の腕を纏い、硬質化した。
彼女はその腕で、己の身体よりも遥かに大きな火球をボカンと打ち返したのだった。
「うっそおおおおおおおおおおおお!!!」
たまやーーーーーーー!!
アンジェリカが眼の前の驚愕の出来事に叫び声を上げた。
打ち返された巨大な火球は『豪オオオォォォォォォォ!!』とやべー音を出しながらアンジェリカに向かった。
「ひああああああぁぁぁぁ!!」
けたたましい声を上げて逃げ惑うアンジェリカ───すわ直撃、というところで俺は急いで彼女を抱きとめてその場から離脱したのだった。
俺が気を失ったアンジェリカを床に置いたときには、さらに戦況が動いていた。
エリスは剣を構え、ジリジリと間合いを測っている。
彼女の左右の腰には双剣使いのように一刀ずつの剣が掛けられていた。
一つは聖剣。言わずもがなかつて俺が愛用していたやたら頑丈な剣だ。こいつは鞘に収められたままだ。
彼女の手に構えられたもう一刀───それこそが《
エリスが額から汗を垂らした。
わかる。強者を相手にしたとき簡単には動けないのだ。
そこへ聖女ミカの力強い声が響いた。
「《
聖なる光が彼女の手元に集まり、凝縮した。
「───
眩い光は《式符セナ》を穿たんと光線となり解き放たれた。
「終わりです」
あっ(察し)
人はそれをフラグが立ったと言うのだ。
光が晴れたあとには───全く無傷の《式符セナ》がいた。そして彼女は『今、何かやった?』と言わんばかりに小首を傾げたのだった。
やったー! かわいいー!
「なん……ですって……!!」
順調にフラグを積み重ねる聖女ミカ───に向かって《式符セナ》が一足飛びで距離を縮めた。瞬き一つの瞬間にあっという間にミカの懐に潜り込んだ。
「無駄です!!」
彼女には最強の壁である多重結界があった。
《式符セナ》が拳をハンマーのように空間───恐らくミカの結界───に叩きつけた。
「無駄だと言ってるでしょう!!」
ミカが告げる間に、《式符セナ》は二発目、三発目と結界をドーンドーンと叩き続けた。
「無駄だと───」
そして、四発目、ガラスの割れるような甲高い音が響き一枚目の結界が消滅した。
「───まさかッッ!?」
五発目、六発目、七発目と何度も淡々と殴り続け《式符セナ》はその拳のみで全ての結界を破り去ったのだった。
「う、そ」
《式符セナ》は日和らない。
彼女が手を振りかぶった。それは聖女ミカの頬へと直撃し、彼女はただの平手打ちではあり得ない勢いで回転しながら宙を舞ったのだった。
そこで隙を見たのか───エリスが飛び掛かった。
しかし《式符セナ》はひらりと躱すと、エリス以上に小柄な体躯で、下からかち上げるようにアッパーを繰り出した。技量及ばずもろに顎に直撃したエリスは、意識朦朧としたところ、追い討ちとばかりにそのまま顔を掴まれ、地に叩き付けられたのだった。
ピクリとも動かない三人。
センセイは「安心せい。命に別状はありゃせん」と宣ったが、色々とヤバかった。
ヤバヤバのヤバだった(語意力消滅)
《式符セナ》がふよふよと俺に近付き両手を広げた。
これはあれだな。
「ありがとう。助かったよ」
俺は彼女へと礼を告げ、力いっぱいに、けれど壊れ物を扱うように抱き締めた。
彼女も俺の背に手を伸ばした。
そうしてしばらく俺の胸にすっぽり収まっていた彼女が、俺を見上げた。彼女は背伸びし俺の頭を数回撫でると、満足したように、微笑んで、札を残して消滅した。
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