第9話 Beyond the Last Straw

◇◇◇



 何も彼ら・・は最初から勇者をカタに嵌めようとしていたわけではなかった。

 確かに勇者には信頼もあれば、《新造最難関迷宮》を七つも攻略するという途轍もない実績もあったのだから。


 そして何より、聖女であるミカが彼を支持していた。教会の者達も勇者を支持しないわけにはいかなかった。だからこそ、それが悔やむところか───彼らは勇者に対処するにあたり初動を遅れてしまった。結果、各地に馬鹿げた被害が広がることになった。


 ギルバートは勇者を扱き下ろしてはいたものの、彼のことを全くの無能だとは思ってなかった。ただその人格は愚かでどうしようもないもほだと確信してはいたが───


 実際のところ《刃の迷宮》を踏破したあとの彼のプロパガンダには目をみはるものがあった。

 国から大々的に、勇者リューグーインの存在とその功績を発表させ、市井しせいに広めるためにわざわざ一流の劇団を用いた舞台までもを用意し、あまつさえ彼自身が脚本を書いたという。


 そしてそれ以上に小賢しかったのは、己の身と立場を守るために、パフィ姫と聖女ミカに働きかけ、アルカナ王国と教会からという確かな二つの後ろ盾を手に入れたことであった。


 勇者のこの判断がなければ、この度の目論見の盟友であるが怒り狂った挙げ句に勇者の命を奪っていた可能性もあったのだった。そしてそれと同じくらい───


 以上の経緯をギルバートは部分部分を端折はしょりながらシエスタに簡潔に説明したのであった。

 


◇◇◇



 シエスタの胸には様々な感情が渦巻いていた。


 こちらの都合で少年を召喚したこと。

 少年との思い出。

 現在の勇者。

 彼に対するギルバートの対応。


 仕方のないことであった……あったのだけれど───


『ほらまたぁ、そんな顔して』


 ギルバートが溜息を少しいた。


『こればっかりは仕方ないんだよ』


 先程まではしゃいでいたはずのギルバートであったが、その顔には確かな影があった。


『君には悪かったと思ってるよ。せっかくそっちに行ってもらったのに、君の話を聞く前に僕達は既に準備を始めていた』


「いえ……その様なことは」


 シエスタにもわかっていた。

 これはもうどうしようもないことなのだと。

 この流れはもう止めようがないのだ。


『人が大事にしているものを無下に扱う人間ってのはさ、一体何を考えてそんなことするんだろうね?』


 ギルバートはシエスタに尋ねた。

 彼女にもその答えはわからない。


『そんな奴はさ、結局は自分も同じ様な扱いを受けることになるんだよ。当たり前だよね。自分がその様に振る舞っているんだから、周りも彼に対し同じ様に扱うに決まってる。なのにどうしたら自分だけは特別で、どこまでも保護された存在なんだって思い込めるのかな』


 彼はまるで独白するようにシエスタへと語った。


向こう勇者の世界の言葉に“駱駝らくだの背中を壊した最後のわら”というものがある』


 シエスタは黙って耳を傾けた。


『知っての通りわらってのは中が空洞になってて重さは殆ど無い』


 ギルバートが藁を摘む仕草をしてみせた。


『その軽いわらを一本ずつ、駱駝らくだの背中に乗せていくんだ。一本ずつ一本ずつ、何度も何度も置き続けるんだ』


 摘んだそれをどこかへと置くようなジェスチャーを何度もとった。


『駱駝は頑丈だからね、百本置いても、千本置いてもビクともしない。けどそれでもね、そこで諦めずに、わらを置き続けるんだ。初めは頑丈な駱駝らくだの背中でもね、それが万本、十万本とわらを置いていけば、やがてはきしんでくる。それでも構わずにわらを置き続けたら───』


 ギルバートはそこで声を止めた。

 シエスタは何かが折れる音を聞いた気がした。


『つまりね、ギリギリで耐えていたものが壊れる決定打になったもののことを【最後のわら】というのだそうだ』


 彼の声が一層低くなった。


『彼はね、我々の世界という駱駝らくだの背にわらを置き続けたんだよ』


 いつもとは打って変わったギルバートの態度にシエスタは背中が粟立つのを感じた。


『無駄な贅沢をしては一本。

 勇者を免罪符に大きな声で威張り散らしては一本。

 私達こちらの人間を見下しては一本。

 私達の信教を、願いを、希望を、民を、そして聖女様を───彼は私達のあらゆるものを貶め、嘲笑あざわらい、軽んじてはわらを乗せ続けたんだよ』


 ならば、ギルバートにとっての【最後の藁】は何だったのか?


『レモネの街にいた彼女は、明るく朗らかで誰からも好かれる敬虔なシスターだったよ。

 その彼女は “とある人物” にかどわかされた結果、心に癒えぬ傷を負い、全てを失い、世俗を完全に断ち切るために、果てにある修道院へ向かうことになった・・・・


 シエスタは自然と喉を鳴らした

 ギルバートの話に彼女には一つ思い当たることがあった。そして、それが勇者の仕業であるならば、それはもうどうしようもないほどに救いのない話であった。


『結局は、いくら偉そうにしたところで、僕も大した人間ではないんだよ。

 僕はね、とにかく彼が気に入らないんだ。

 僕の愛すべきもの全てをないがしろに扱った彼がね、気に入らないんだよ。

 僕は彼を絶対に赦さない。

 それで構わないと思ってる』


 画面越しの彼から異様な冷気を感じた。


『死すら生温い。だから僕はね、彼を擦り潰すまで利用することに決めたのさ』


 勇者の運命はもう決まったのだ。

 どのような言葉を投げ掛けても、もはや彼の意思は変えられない。





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本日2話目です。

本章はこれにて終わりです。

次は説明書です。


それから何度目かの宣伝ですがあしからず

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