第5話 Let go.
◇◇◇
実はシエスタは、少年の旅に同行することを申し出ていた。しかし残念ながら、シエスタは選ばれず、順当に当代の聖女が選ばれることとなった。
それなのに、落胆すべき彼女は───「ああ、これは順当な結果ですね」と思ってしまった。
教会に所属したシスターの内でも二番手を争うシエスタではあったが、自分の実力が、桁外れの魔力量と回復速度を誇る聖女ミカに遠く及ばないことをはっきりと自覚していた。
彼女は心のどこかで『これから先も彼女には追いつけないのだろう』と悪い意味で納得し、気落ちしていた───これは、そんなときの出来事であった。
◇◇◇
その頃になると少年は爆発的な成長を遂げ、騎士団長、副団長、精鋭四人の計六人を相手に互角以上に立ち回るだけの実力をつけていた。
当初、六人を相手に優勢であった少年は、彼らを相手取り大立ち回りを繰り広げた。
しかし多勢に無勢。十分、一時間、二時間と、時を経るごとに次第に劣勢となり、気がついた頃には、ほぼ袋叩きのような状況となっていた。
そうして終いには、
騎士団長が額を手の甲で拭い、さすがにこのままじゃマズイだろうということで、いったん休憩をとろうと提案した。ならその間に回復をしましょうと、シエスタは倒れ伏した少年に近付いたのだった。
「くっそぉぉ!! 次こそは絶対に倒す!」
ボロ雑巾となった少年が吠えて、土を掴んだ。とそこで、彼は近くにいたシエスタに気がつき、一秒、二秒と急に黙りこくった。その挙げ句、少年はぐったりと倒れたままの姿勢でシエスタに尋ねた。
「何かあったんですか?」
えぇ……何かあったのは貴方の方では? と思ったもののシエスタは口にしなかった。
「俺ね、妹がいるんでわりかしそういうの気づいちゃうんすよ」と少年は語った。
えぇ……私は貴方より年上なのに妹扱い?
どう答えたらいいのかしら?
「これってもしかして兄だけに使える
彼は何故か胸を張り、謎の話を続けた。
「あー、疑ってるでしょう? いやいや、俺には分かるんですって! だってシエスタさん、何だかいつもと違いますし!」
シエスタは普段なら固く固く閉ざされた胸の内を人に語ることなんて絶対になかった。
けれど、相手がその少年だったからか、少年の人柄に引き出されたのか、そのときの少年の雰囲気が穏やかだったからか、シエスタはつい胸の内を明かしてしまっていた。
他者と己とを比べてしまい、自分のあまりの不甲斐なさに失望していること。
また、比べるなどといった
そしてどうしても───自分に自信が持てないこと。
一度話してしまえば、するすると、胸の内から言葉がこぼれ落ちた。それは自分自身でも驚くほどで、それまで目を逸らしてきた己の感情を再確認するほどだった。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、少年が乾いた笑いを浮かべた。
「いやー、俺なんかほら見てくださいよ。□□□ってのは確かに凄い職業なんでしょうが、俺の横にいた奴が△△なんですよ」
確か△△△の成長率は5倍で、□□□の成長率は3倍であった。数字を口にするのは簡単であるが、訓練を重ねる内にすぐさま決定的な違いとなって表れるだろう。
シエスタは何とか彼を慰めようとしたが、どう言葉を掛けるべきかわからなかった。
しかし少年はそれを感じ取ったのか───
「大丈夫ですよ。俺は」
そこに確固たる意思を感じた。
彼の芯に触れた気がした。
「いつでもどこでも上には上がいるし、だからと言って不貞腐れてずっと下ばかり向いてれば卑屈かよって話ですしね。
結局俺達は、手持ちのカードで勝負するしかないんですよ」
「手持ちのカード……」
シエスタが鸚鵡返しに口にすると、何かに気付いたように少年が尋ねた。
「ポーカーって知ってます?」
シエスタはこくんと頷いた。
かつて召喚された勇者がトランプと共に幾つかのカードゲームを伝えた───その内の一つがポーカーであった。
少年は「知識チートはやっぱり無理だわ」とぽつりと呟やくと、
「いつだって周りには当然のようにフラッシュやストレートを隠し持った人がいて、俺の隣にはまさにロイヤルストレートフラッシュを持っている△△△なんて職業の奴がいる。
本当『そんなバカな話があるゥ!?』って感じなんですけど」
とそこで一度区切り、彼はこほんと咳払いをした。
才や富や出自などといった自分ではどうしようもないことを彼はカードで表現したのだ。
「結局ブラフでも何でもあらゆる手を使って、手持ちのカードでやるしかないんですよね」
彼の例えには多少の不謹慎さを含んだユーモアがあった。けれど不思議なことに当時のシエスタにはストンと腑に落ちたのだった。
「まあ、全部じいちゃんの受け売りなんですけどね」
言い終わって急に恥ずかしくなったのか、彼は何かを誤魔化すように「ガハハ!」と大袈裟に笑ってみせた。
シエスタはそれが何だかおかしくてころころと笑ったのだった。
「けどよくよく考えてみると、そもそもの前提がおかしいんですって。シエスタさんは聖女様に次ぐ力量の持ち主で、教会内では大司教様と同じ階級だって聞きましたよ。まだ俺とそれほど年も違わないのに」
普段から世辞として言われ慣れていることであり、とりわけ彼女を褒める男には下心の様なものが見え隠れするので、褒められるたびに『またですか……』とうんざりしていた。
それなのに少年に言われるのは、ちっとも嫌でなかった。それどころか胸の内がじんわりと温かくなるのを感じた。
「シエスタさん、少しは良いんじゃないですか?」
何がとは聞き返さず、彼の言葉を待った。
「上を見て『頑張らなきゃ』って思うことはもちろん大事ですが、たまには下を見て『私の下にもたくさんの人がいるのよ』って自分自身に緩く優しくしてやることも必要だったりするんですよ」
「けどそれは───」
醜い行いではないですか? とは聞けなかった。彼女の言葉に先んじて、彼が人差し指を数回左右へ振ったから。
「それくらい何の問題もありません。胸の内は誰にも見えませんからね。ほら、思うだけならタダって言うじゃないですか」
少年の言葉の一つ一つが胸に染みるのを自覚した。
「上を見て、ときには下を見る───どちらかに偏りすぎてはいけないけれど、大事なのはそのバランスじゃないかと思うんですよ。
シエスタさんも頑張ると同時に『自分はスゴイんだぞ』ってもっと自分を褒めてあげてください」
彼の瞳が輝いて見えた。
「あ、これはじいちゃんの受け売りじゃなくて、俺が勝手に思ったことなんで」
少年は再び顔を赤くすると「勝ったな、ガハハ」と誤魔化すように再び笑ったのだった。
◇◇◇
あの日以来、シエスタは彼の言葉を忘れたことはない。
──────
本日2話目です。
どうぞよしなに。
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