第13話 私の勇者

○○○



 その夜、大気が震え、悪しき魔力が周囲を充たした。同時に、大地が大きく震え、地が唸り声を上げた。


 寝ていた俺はすわ何事かと飛び起きて部屋を出た。

 外には既に多くの人がいた。彼らは屋敷の外で辺りを警戒しつつ、人がある程度揃うまでケンに徹していた。


「ムコ殿」


 声の先は、既に戦闘態勢を整えたセンセイだった。彼女は俺が来るのを待っていたのだ。


「センセイ……これは?」


「以前と同じであるなら《封印迷宮》が姿を現したんじゃろう」


 センセイがおごそかに答えた。


「イチローに、オーミさん」


 集団の先頭にアノンが現れた。


「二人共、こっちだ」


 空間を悪しき魔素が満たしていた。

 彼はその根源を探るべく、気配察知スキル持ちの探索者に指示を出していた。

 俺達は元凶となる場所へと向かうこととなった。



○○○




 禍々しいという言葉以上に相応しい言葉はなかった。

 元々そこは、《是々の剣アファマティブ》がまつられていたほこらのある洞窟であった。

 大地が隆起し、大きく盛り上がり、一つの小さな山とも言えるかたまりが形成されていた。

 迷宮は───とりわけ難易度の高い迷宮は外部から見た姿と内部の構造が全くことなる。俺が経験してきたこれまでの《新造最難関迷宮》の内部構造も、そのいずれもが外観と矛盾する広大さと、嫌になるほど深い階層を持っていた。


 恐らくそれは、《封印迷宮》も例外ではないだろう。そして今、俺達の眼前にはぽっかりとした空洞があった───これこそが《封印迷宮》への入口であった。


 中からは背筋をこごえさせる瘴気が漏れ、名状しがたいうめき声が聞こえた。


 たったそれだけで、俺達の集団にいる少なくないメンバーが歯の根をカチカチと震わせ膝を着いた。

 

「もしもーし! 誰かいませんかー! もしもーし!」


 覗き込み大声を掛けたのは俺。

 もちろん返答なんぞあるわけもなく。そこにあるのはただの闇だ。それもどこまでも続く深い深い闇だ。何も見えやしない。


 誰かが喉をごくりと鳴らした。

 それは俺かもしれないし別の誰かかもしれなかった。


「おいおいおい、コイツァ───」


 バトルジャンキーサガが言葉に詰まった。

 彼の額には大粒の脂汗が浮かんでいた。

 ちょっ!? リアクションが果てしなく不穏過ぎるんですけど……!! 


「正直な話をするぜェ。俺は今ァ、コイツの中に入らなくて良かったと心底ホッとしている」


 どうしてそういうこと言うの?!

 俺ですやん! 突入するの俺ですやんか! 


 どうしてサガはそこで俺に目を向けるの?

 何なの!? その『お前なら出来る! 信頼してるぜぇ、友よ!』みたいな目は!?


 俺とお前の間にある絆は、目と目で通じ合うなんてレベルじゃなくて、もっともっとか細い百均で売ってるミサンガみたいな細さのはずだろ!!


「ロウ」


 あ───


 サガが俺の前に立ち、俺の名前を呼んだ。


 やめろ!


 すると彼は俺の両肩へと手の平を乗せた。


 やめてくれぇぇぇぇーーー!


「《旧都ビエネッタ》の真面目くんに、聖騎士の嬢ちゃんに、偏屈アノン───そしてこの俺がァ、お前の実力を認めてんだよォ! お前ならァ、踏破ァ、出来るゥー!!」


 信頼が重い!! 重くて厚い!!

 それに厚くて熱いまである!!

 

「アニキっ! アニキなら無事にこいつを踏破してくれるってオレ、信じてるから……」


 サガに引き続き、両の瞳に涙を堪えたミロが思い思いに語った。


「戻ったらオレと、ギルドで一緒に依頼でも受けましょう……」


 うう、うう、と肩を震わせたミロ。


「ロウさん、一緒にフォグの討伐をするにあたり、貴方の実力の一端は把握出来たつもりです。ですので私は心配をしていません。貴方の帰りを皆で待ってます。それから───」


 今度はディーテが俺に言葉をかけた。

 こういう、ほら、みんなが一人ずつ想いを告げるみたいなのってさ、やっぱりほら、フラグっていうの?

 ちょっとやめて欲しいなー。


「先程ミロさんが仰った話に私も加えてください。貴方が無事に戻ったときには、三人で依頼を受けましょう」


 そう言っていっつもジト目のディーテが涙を浮かべたのだった。


 これみんなどんな気持ちなの?

「あ、こいつ死ぬわ」とでも思ってるの?


 もちろん封印迷宮には入る!

 入るつもりはある!

 俺のその覚悟に嘘偽りはない!


 けどよ!

 バンジージャンプ待ちのうしろで涙を流すようなフラグ建築行為はやめてくれぇぇぇぇぇ!!



○○○



 迷宮が顕現した場合に想定していた通りに、朝方まで自分の部屋で準備をこなし、身体をゆっくりと休めることとなった。


 回復薬ヨシっ!

 各種アイテムヨシっ!

 食料もヨシっ!

 ポータルヨシっ!


 そして───


「セナ……」


 俺の手には彼女からもらった袋があった。

 彼女が手づからこさえてくれた袋には、彼女謹製の各種お薬や、いくつもの札があった。


「この札なんなの? 結局使い方わからんままだわ───」


 袋の中を探りつつ、説明書でもあればと思うがやはりそんなもんは存在しない。

 まあいいか。あとでセンセイに聞けば。


 それよりも、

 そんなことよりも───


 ああ、セナに会いたいなぁ。


 次に会えるのは、この件を終えたときだろう。



○○○



 そして数時間が経った後、俺達四人は封印迷宮の入り口の前に再び訪れた。


 挨拶はさっき済ませた。激励は全て受け取った。

 ギリギリの状況だった。みんなは既にフォグ討伐へと向かった。


 あとは俺が突入して、踏破するだけだ。


「誰かについていけないことを、今日ほどもどかしいと思ったことはないよ」


 そう言ったのはアノンだ。

 彼が強く拳を握りしめていた。


「心配すんなアノン。こっちには俺とセンセイに、アシュもいる。それよりさ、そっちは任せたぞ」


「ああ、安心して任せたまえ。ワタシの命に懸けてもフォグの好きにはさせない」


 アノンが、力強く言い切った。


「ロウくんのことは私に任せてくれ、アノン」


 アシュがアノンへと力強い視線を送った。

 フルメイルに身を固めたアシュはいつものおっとりとした彼女とは、まるで別人のようであった。


「アノン、死者の一人も出ていない今のこの状況は奇跡に近い。ロウくんがいなければ状況は遥かに悲惨だったはずだ。

 私にとって封印を解かれたことは、この世界の終わりと同義であり、私の全ての終わりでもあった」


 絞り出すようなアシュの言葉の内に、ひりつくような熱を感じた。


「だから勇者パーティに敗れ、封印を解かれたとき、私は一度死んだんだ。

 あのときに、肉体だけでなく、精神さえも───死んだんだよ。

 けれど私はロウくんに救われた。

 今の私の命は、彼からもらったものと言っても過言じゃないんだ。

 だからロウくんに救われた私は、アノン、君にならってここで誓おう───」


 アシュが抜き放った破邪の剣を地に刺した。


「───私の誇りと命に変えても、ロウくんは必ず護ってみせる」


 なんだか力が入り過ぎだ。

 力が入り過ぎて物騒ですらある。

 俺を護るとか護られるだとか、命に懸けてだとか、誇りに懸けてだとか───


ぬしら、しばし待たれよ」


 張り詰めた空気を裂くように、鈴を転がしたような声音が響いた。センセイだった。


「二人共、肩に余計な力が入っとるの。大丈夫だからの、我がおる」


 だから安心せい、と彼女は微笑んだ。


 彼女から、母性のような強い慈愛の精神を感じた。不思議と身を委ねてしまいたくなるような引力があった。事実、アノンからもアシュからも先程のような余計な緊張が抜けたように感じられた。


 眼の前の二人の英傑達でさえ安心させられるほどの器量を持った人物───それこそがセンセイである。


「センセイ、信頼してますよ」


 俺が告げると、


「おお、タイタニックじゃったか、大船に乗ったつもりでどっしりとしとれい」


 くっふっふ、と笑い、彼女は左手を腰に当て、右手の人差し指を上空へと突き上げたのだった。

 場違いではあるが、センセイはカッコよくてやっぱり絵になる。ただしタイタニックは沈むのだ……。


「それじゃあ、センセイ、アシュ」


 声を掛けるとセンセイが「うむ」と小さく首を縦に振り、アシュが「うん」と頷いた。


「アノン、そろそろ行ってくるわ」


 俺は、彼に告げた。

 すると彼は、


「絶対に無事で帰ってきてくれると信じてるよ───」


 どこか胸が詰まったように、


「───私の勇者」


 そう応えたのだった。

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