第6話 ズビビ

○○○



「この世界で、今、勇者リューグーインが為したとされている功績のその全ては、聖騎士ヤマダイチロー、つまり君が為したものじゃないのか?」


 センセイからある程度は聞き及んでいたものの、プルミーさんのその質問は、ど真ん中ストレートなものであった。

 それに対する俺の答えは───


「そうです。プルミーさんの言った通りです」


 隠し立てする必要は、何もない。


「七つの《新造最難関迷宮》をクリアしたのは俺です」


 彼女は俺の告白を聞くと、静かに目を閉じた。その姿は何かに思いを馳せているように思えた。彼女はやがて目を開くと、


「こんなことをお願いするのは、非常に失礼なことだと思う。何か、私にもわかる、迷宮踏破のあかしを見せてはもらえないか?」


 急に言われてもよぉ……こんなの迷っちまう。中途半端な物じゃ納得させるのは難しいだろうしさぁ。んー、何がいいのやら。

 やっぱりここはすっげぇお宝を見せるのがわかりやすいか?

 いや、それじゃプルミーさんがアイテム鑑定士でもない限り、この場で納得させるのは難しいか……ならそうだな、武芸百般に優れた彼女なら───


「プルミーさん、見ててください」


 俺はマジックバッグから適当なサイズの魔石を取り出した。そうして、彼女が頷くのを確認し、魔石を親指で宙へと弾いた。


「《瞬動アウトバーン》」


 光速に達した俺の拳が、落下した魔石を刹那で粉砕した。

 

「私の目で、追えなかった───」


 プルミーさんが戦慄わなないたのだった。



○○○ 



 何でも、プルミーさんは動体視力の優れたエルフの中でも、特に優れた人物と聞いたことがあった。

 そんな彼女をもってしても、目で追うどころか、何がどうなったのかすら全く認識出来なかったのだから、俺の《瞬動アウトバーン》は一つの証明になったはずだ。


「いや、イチローくん、凄かったよ。おもしろいものを見せてもらった。今のはあの勇者・・・・には到底真似のできない芸当だろう」


 こうして俺こそが本来の《新造最難関迷宮》の踏破者であるとプルミーさんに認識してもらうことができたのだった。


「あーよかったぁー! この技で認めてくれなかったら、とっておきのアイテムを見せなきゃいけないところでしたよ!」


 俺の溜息ためいき混じりのボヤキにプルミーさんが興味深そうに俺に問うた。


「ちなみにそのアイテムとやらはどんなものなんだい?」


 プルミーさんが、興味深そうに尋ねた。


「そうですねぇ……いろいろとありますけど……何がいいか、なぁ」


 俺は、マジックバッグに手を突っ込み、しばしガサゴソと漁ったあと、白い炎の灯ったランタンに似た容器のアイテムを取り出した。


 テテレテッテレー!!

 俺の脳内に、国民的アニメの国民的青狸が国民的ポケットから国民的道具を取り出すときの専用ファンファーレが鳴り響いた。


「これは《氷の迷宮》を攻略したときに得た《絶対零度の波紋アブソルテフリーズ》というアイテムです」


 こいつは、鑑定した上級アイテム鑑定士が思わず吐瀉したほどにヤベェ代物しろものだったりする。


 彼曰く『このアイテムを用いることで、アイテムを中心とした任意の半径の空間を絶対零度の氷獄空間と化すことが可能である』そうな。


 俺がその入手時期や場所やその効果を説明していると、


「イチローくん、ちょっと、すまない。その災害級のアイテムは何だい?! 《氷獄空間》って何?! 初めて聞いた単語なんだけど! 絶対に大地が死滅してそこにいた生命が滅びるやつじゃないか! それは絶対に封印してくれ! 絶対だぞ、絶対!」


 わかりました、わかりましたよ───と相槌を打った俺。

 しかし、プルミーさんの最後の念押しは逆に使用しろという前フリの可能性もあるな。


 いつか俺は、ボス部屋の外から、そのまま部屋に入らずにこいつを放り込んで発動させたあとで、扉を閉めてやろう、などと決意を新たにした。


 俺が《絶対零度の波紋アブソルテフリーズ》をはじめとした、その他のデッドストック状態の他のアイテムの使い道に思いを馳せていると、


 プルミーさんは、気が抜けたのか、

「ああ、それにしても、よかった……よかった」と呟いたのだった。


 そしてそのまま机に突っ伏し、動かなくなってしまった。


 俺達は彼女が再起動するのを待った。


 待ったのだが……。



 やがて、すー、すー、という空気の抜ける音が聴こえた。


 それはどう考えても寝息であった。

 

「もしもし、プルミーさん?」


「ッッ!!」


 俺の呼び掛けで彼女はバッとおもてを上げたのだった。


「寝てました?」


「寝てない」


「いや、寝てましたよね?」


「寝てないさ」


「いや、『寝てないさ』、じゃなくてですね」


「寝てたという事実はない」


「寝てたよォォォォォ! もう素直に認めろよォォォォ!」


「起き抜けに大声を出されると、頭に響く」


「やっぱり寝てたんじゃねぇか!!」


 彼女は頬を赤らめて口の端から零れ落ちそうなよだれをズビビと服の袖でぬぐったのだった。


「わかりましたよ」


 そうだ。彼女は疲れ切っている。

 ならばここは俺が大人になるべきだ。


「寝てなかったんですよね? なら仕方ありません。お互いにちょっとコーヒーでも持ち寄って、話を続けませんか?」


 俺は、そう提案したのだった。



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