第5話 レーザービーム

○○○



 俺達三人は引き続きフォグの討伐をこなしつつ、互いに少しずつ親睦を深めていった。結果は上々と言える。


 ただ気掛かりはある。ついに俺達もフォグの実体化である骨戦士や屍人グールと遭遇したり、フォグとの遭遇回数が体感できる頻度に上がったことだ。


 それでもすべきことをするという日々を過ごし、毎日が慌ただしく過ぎていった。


 そんな中でも、よくプルミーさんの夢を思い出した。その都度俺は、あれはただの夢だった、と思い込むように努めた。


 いや、実際は、そうするしかなかったというのが正しいか……。何より、この【夢】ってやつが厄介であった。


 おいそれと他人に「俺は悪夢をみたんだぜ」などと話しても、他人からすれば夢を見たからどうなんだって話だ。


 俺が『嫌な予感がするんだ』と訴えても、それが正夢であるか判明するのは全てのことが済んでからということになる。


 それに何も起きなければ俺はただの不謹慎なオカルト野郎である。

 そうだ。そもそも、夢は単なる夢である可能性の方が高いのだ。

 夢を見たからといって、それがこれから起こることの予兆である可能性がどのくらいのものか───などと、俺の脳内では、答えの出ない悩みがぐるぐると渦巻いていた。


 しかし、停滞していた事態が動き出したのはそんなある日の夜であった。



○○○



 結論から言うと、俺は再び悪夢をみた。

 内容はもちろん先日と同様のものだ。


 プルミーさんは戦線を維持するために奮闘し、退却の判断と共に殿しんがりを務め、彼女は全てを守るべく奮闘した。


 けれどやはりそれは叶うことなく───彼女は相手を道連れに、蒼い光と共に消えたのだった。

 

 プルミーさんの凄惨な終わりを二度も夢みた俺は、ついにセンセイへと相談することを決めたのだった。



○○○



「センセイ少し良いですか?」


 ここ十日間ほどフォグの討伐をこなした俺は、ちょうどその日が休息日であったことに胸を撫で下ろした。

 センセイは俺のような実働部隊ではなく、長遠距離のフォグの気配を探れるということで、アシュリーの屋敷からの指示役に徹していた。


「うん? どしたムコ殿」と答えたセンセイ。

 彼女を前にして、俺は肚をくくった。

 ここでは言えない話があるとセンセイを俺の部屋へと引き入れたのだった。 


「センセイ……これから俺が言うことは、もしかすると俺の戯言たわごとかもしれません」


 こういうのを予防線というのか───自分のみっともなさが嫌になる。

 センセイは椅子よりも楽だとベッドにどかりと腰を降ろした。彼女は黙って俺の話に耳を傾けた。


 俺はセンセイへと、二度もみるはめになった悪夢の話───プルミーさんが何らかの強敵を相手に散ったという話を伝えた。


 センセイは「うむー」と考え込み、


「我の方にも、まずはムコ殿には言わねばならんことがある」


 彼女は神妙な面持ちで語り始めた。


「会議でプルを見たとき、どことなくあやつに元気がないと思うとった。だからその夜にあやつと話したとき、近況報告なんかを手早く済ませての、我はあやつに浮かない顔の原因を問うた」


「はい」


「最初はあやつも口を噤んでおってな……けれどその表情からは葛藤が伺えた。だからあやつが口を割るまで何度も何度も問うた。そうしてやっとの思いで、理由を聞き出すことができた」


 俺に言わねばならぬ話なら、俺に関係する話なのだろう。センセイのことだから、変な話ではないと信じているが……。


「ムコ殿。何だかおかしなことになっておるぞ」


 センセイが眉をしかめた。


「どうもの、お主の功績───不倒であった迷宮攻略の実績そのものが、勇者のものになっておるようじゃ」




○○○



 そんなことは知っている。

《刃の迷宮》を攻略し、俺がパーティを抜けたあと、竜宮院によって行われたプロパガンダによって、これまで勇者によって七つもの《新造最難関迷宮》が攻略されたのだと、国民に大々的に発表された。


 それと同時に、それまで足を引っ張るだけ引っ張ってきた聖騎士は、仲間を見捨てて敵前逃亡した卑怯者の代名詞として、今なお民の間で口さがなく噂されているのだった。


 少し大き目の酒場にでも行けば、吟遊詩人が当時の竜宮院の報告した通りのストーリーを高らかに歌い上げ、それに歓声を飛ばす民の姿が見られるだろう。


 他にも、大劇場に足を運べば、勇者プレゼンツのいくつかの舞台を観ることが出来る。


 その中には、俺がミランと見たものをはじめとした複数の演目があり、そのいずれでも竜宮院は思慮深く、思いやりがあり才能あふれる青年として描かれ、逆に聖騎士は怠惰で浪費家で性にだらしない卑怯者として徹底して描かれている。


 自分で言ってて悔しいけど、こればかりはもうどうしようもない。


「そうじゃない……そうじゃないんじゃ」


 その話に対してセンセイは首を振った。


「そうじゃない?」


「うむ。正直に言うと我にも全くわからん。

 プルの言うところによれば、イチローのこれまで成した功績は全て勇者のものとなっており、勇者の侵した愚行はぬしのしたことになっておる」


 だから、それは───


「知っておる、と言いたいんじゃろ?

 けどそうではなくての、これはもっと荒唐無稽な話じゃ。

 我も話の相手がプルでなければ、信じりゃせん」


 センセイは「プルが言っていったことはの」と続けた。


ぬしの功績が勇者によって奪われたということはの、勇者が民をたばかったという上辺だけの話ではない。

ぬしの知っとる王や姫やマディソン坊をはじめとしたぬしに関わる全ての人間の記憶や認識だけでなく、書類などにいたるまでの全てのものが、そのように書き換わっておる」


「はっ?」


 言葉がうまく───


「そしてプルは二つの記憶を持っておる」


 ───理解できない。 


「聖女、魔法使い、剣聖───三人の英雄を導き七つもの未踏破の迷宮を攻略した人物は勇者竜宮院である───という記憶と、」


 センセイの言葉が雪崩れのように俺を苛む。


「それらの功績をなしたのは聖騎士イチローであるという記憶の二つじゃ」


 センセイが先程言った通りだ───彼女の話は荒唐無稽という言葉に尽きる。


「正直なところ、こんな話は初めてじゃ。

 それに情報も時間も少な過ぎて、我にも何もわかりゃせんかった。

 けれどムコ殿の見た夢といい、プルの様子といい、このままにしておいて良くないということはわかる」


 センセイは俺に頭を下げた。


「この通りじゃ。一度、プルに会ってやってはくれんか?」


 いろいろと考えるべきことはあった。

 俺は逃亡者扱いされている身なのだ。もちろんプルミーさんの前に姿を表すことにリスクだってある。

 けれど……センセイに頭を下げられて、断れるわけがないだろう。

 だから俺は、了承の意を込めて頷いた。



○○○



「まさか、会えるとは思わなかったよ」


 センセイとの話し合いをしたその夜のことだ。

 俺は彼女・・と話をすべく、映像の魔導機を借り受けたのだった。

 

「君とアンジェが《光の迷宮》を探索すべく、グリンアイズを発ったあの日以来だね」


「お久しぶりです。お元気でしたか?」


 そして俺の目の前に映し出されたのは麗しきエルフ───プルミーさんだった。

 言ってから気付いたが、眼の下にはっきりとした隈が見えた。どう見ても彼女は元気そうではない。

 

「イチローくん、久しぶりだね。こっちはまあ、ぼちぼちかな」


 彼女は弱々しい笑顔を浮かべた。

 その表情を見て、何かを言い募ろうとした俺に、


「イチローくんが、まさかしょ───オーミ様のところにいたとは。さすがオーミ様と言うべきか……。

 積もる話に花を咲かせる前に一つ、君に聞いておかなければならないことがある」


 と、彼女は続け、映像ごしではあるが、何かを覚悟したように彼女が、一度大きく息を吸ったのが察せられた。

 そうして彼女は真っ直ぐな瞳で───

  


「この世界で、今、勇者リューグーインが為したとされている功績のその全ては、聖騎士ヤマダイチロー、つまり君が為したものじゃないのか?」



 ───俺を射抜いたのだった。 

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