第9章 封印迷宮顕現

第1話 ういやつ

○○○


 ふと窓の外を見た。

 そこには水分をふんだんに溜め込んだ鈍色にびいろの曇り空があった。


「彼女達が勝手なことをしなければいいがね」


 アノンがどこか呆れたように言った。

 けれど俺は、彼女達が俺の《封印迷宮》の探索にとって懸念材料になるかどうか以上に、単純に彼女達と再会する可能性があるということの方に冷や汗が止まらなかった。


 自然と同じパーティにいたときの彼女達が俺に向けていた瞳を思い出した。

 あれは……路傍の石ころに向ける無関心の瞳だった。


 けれどそれですら俺がパーティを抜けるときに比べればマシだ。俺が怒りに任せて行動したあのとき、彼女達は俺という存在に恐怖し、震え、瞳を濡らしていた。

 あんな気持ちを味わうのはもうごめんだ。


 しかし、そんな俺の内心とは裏腹に、サガは勇者パーティの話にやけに喰いついた。


 アノンがやれやれと溜息をきつつ彼らの説明を始めた。勇者パーティどのような人物達であるのか、市井しせいの噂や上級探索者の間でまことしやかに囁かれている情報などを要点をかいつまんでの説明であった。


 しかし、喰いついたはずのサガはどうも、興味がなさそうである……内心で首を傾げていると、勇者パーティの実力に話が及ぶや、サガは瞳の奥にギロリとした眼光を輝かせた。

 要するにこの戦闘ジャンキーサガにとって大事なことは、勇者パーティは真の強者であるのか、それとも張り子の虎に過ぎないのかという一点だけであった。うーん、この脳筋。



 それに比べてなぁ……。

 映像の向こうのクロエを見てみてくれ。


 会議の始まりから一貫して冷静沈着で、余計な発言は一切せず、疑問点や改善点があればその都度、タイミングを見計らって発言するに限られていた。全く淡々としたものだった。


 アノンやセンセイやアシュがいる時点でこちらの方が情報が多いのだから、聞き手に徹した彼の態度はまさに理に適ったものである。

 さすが大手クランのトップだと俺は感心仕切りであった。


 また一つ気になったことがあった。

 アノンのことだ。彼からはどこか勇者パーティをあざけるような雰囲気を感じた。アシュに至っては彼らの話になると俯き、その表情はわからなかった。



○○○



 会議の終わりに嫌な話があったが、概ね満足のいく話し合いであった。

 

 クロエには俺から、今のところ完成している《鶴翼の導きクレイン》を急いでバーチャスやアロガンスへと貸し出しするようにお願いした。


 お互いが行き来できれば情報の伝達がスムーズになるだろうし、戦力が必要な地域に迅速に援軍を送ることだってできるようになるだろう。


「ロウ、君が申し出てくれなければこちらからお願いしようと考えてたところだったんだ。ありがとう」


 クロエの誠実さが垣間見えた。

鶴翼の導きクレイン》は彼らのものであり、特許や利用料などを考えただけでも彼らは末代まで贅沢な暮らしを出来たはずだ。


 そもそも俺だって、彼らにはこの戦いに参加してもらうこと以外に、何かを求めて助けたわけではなかった。だから彼らは適当な額の金銭を提示すれば良かったのだ。俺はその通りにそれを報酬として受け取っていただろう。にも関わらず、《鶴翼の導きクレイン》という一つの財産をあっさりと手放すことという決断を取った彼は───


「貴方は誠実で、お人好しな人ですね」


 思った言葉がするりとこぼれ落ちた。


「な、な、なんだいきなり! 君は何を言い出すんだ!」


 俺自身口にするつもりはなく、ふと、心の声がこぼれ落ちてしまったのだ。


「ロウ、やめてくれ。そういうのは、何だか、恥ずかしいよ」


 何だこれ。

 相手は美形だといえ、れっきとした男性なのだ。なのに何だか……ドギマギします!


「お、おう」などと尻切れトンボ気味に相槌を打つ俺だった。


 そんな俺達を尻目に、サガがプフゥーと長く息を吐いたあと「ケッ! ママゴトかよ。ケツの青っちろい奴らだ」と鼻を鳴らしたのだった。



○○○



 アノンの「それじゃあこれでお開きだね」という言葉を最後に、会議は終了となった。


 立ち上がりゾロゾロと部屋を出る俺達。

 俺の隣にいたセンセイが「アシュよ、しばし」とストロベリーブロンドの彼女を呼び止めた。


「オーミさん何かな?」


「いや、今晩ちょっと《連絡の宝珠》を貸して欲しいんじゃ」


「ああ、構わないよ。じゃあこれを」


 アシュは使用用途すら聞かずに二つ返事で了承し、センセイへと《連絡の宝珠》を手渡した。彼女はそれだけセンセイのことを信頼しているのだろう。


 いや、それだけが理由ではないか。

 あれだけ『下賜された』のだと大事にしていた宝珠が、あっちこっちに存在していて、《連絡の宝珠》のバーゲンセールの様な状況であった。それどころか《連絡の宝珠》をより良く用いるために映像の魔導機なるものまで開発されているではないか。

 まるでポケベルでキャッキャしてる女の子に急にハイエンドスマホを見せつけたような状況であった。

 だからアシュ自身も何が何やらで麻痺しているのだろう。悔しいけど仕方ないんだ。



○○○



「センセイ、通話の相手はどちらですか?」


 率直な疑問だった。


「なんぞ、ムコ殿。我のことが気になるのかの?」


 センセイは俺が尋ねたことに気を良くしたのか目を細めた。そして彼女は俺の頭を抱きかかえ、

いやついやつ」と俺の頭を撫で回した。

 何とか「ぷはっ」とそこから抜け出すと、


「心配せんでよい。昨日の会議での、古くからの友人がおったんで、ちょいと想い出話に花を咲かせようかと思うてのう」


「友人、ですか?」


「そうじゃ。確か今はグリンアイズの街でギルドマスターをしとると言うとったな。ふむふむ、ならばムコ殿も知っとるかもしれんな」


 もしかして、それってかつて俺がお世話になった───


「その顔。やはり知っておるか。

 そう。プルミー・エン・ダイナスト。我の友人じゃ」



 




────────────

@MayKaYm様からおすすめレビューをいただきました。ありがとうございます!

本当に嬉しかったです!


また後日近況ノートにて改めて感謝の意を述べさせてもらいます。

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